26. 褒章授与式と、私の本当の望み
丁寧に結い上げた髪には、銀色の髪飾り。
首元までぴっちりと詰まったスタンドカラーのアメリカンスリーブ。紺色のドレスはクラシカルで品があるけれど、腕や肩はむき出しなのは頂けない。
(だけど流行りのデコルテを全部出すドレスよりはましね。そもそも似合わないから着ないけど。……主に胸元が)
残念ながら強調する谷間がないので。
スカートはパニエで膨らませず、ストンと足元で波打っている。
宝飾品は指輪一つ。実はこれは所長からの借りものの魔石だ。私の身を守る守護魔法が刻まれている。もう攫われるなんて醜態はさらさないためだ。
……まあ、それはいい。
「サラ、すごいわ。別人みたいね」
研究室に籠る、質素なドレスばかりのいつもの自分とは大違い。
「お嬢様がお美しいのですよ」
「はいはい、いつもそう言ってくれてありがとう」
満更でもない気分で、鏡を前に一回転。
うん、悪くない。
(褒章を貰うのだもの。少しくらい見栄えが良くないとね)
「ペンダントは、本当に服の下に隠してしまうのですか?」
「うん」
我ながら、未練がましいなんてものじゃない。
あれから三日、着けるかどうか散々迷った。今日になっても何度か着けたり外したりしてサラを困らせたけど。これをもらったときの喜びは、何があっても褪せないんだもの。
(それに、この夜会でつけて欲しいって言った)
それを免罪符にするのもどうかと思うけど。
でも、今日だけ。今日だけ着けて、あとは見ないから。
「結婚かあ……」
「け、結婚!?」
げ、声に出てた。サラがすごい顔している。
「その、ペンダントをくださった方とですか!?」
「う、ううん、違うよ。……ほら、最近そういう手紙がよくきていたでしょ? ちょっと考えただけ」
うーん、誤魔化し六十点くらい? サラが訝しんだ顔してる。
(好きな人からの求婚を断るなんて馬鹿だと言われるかしら)
貴族なんて大方政略結婚なんだから、彼の考えを気にするだけ損なのかもしれない。
……「うん」って言ってたらどうなったんだろう。
結婚願望なんてなかったはずなのに、今になって何度も何度もその先を考えてる。
(でも、あの人が幸せにならないなんて、それこそあり得ない)
だけどほら、何度考えたって、私の結論は変わらない。だから、私は間違ってない。
「お嬢様は素敵ですよ」
「……ありがとう、サラ」
そうだったらどんなによかったことか。
◆◆◆
王宮の大広間。
贅を尽くしたシャンデリアは、チカチカと眩い。着飾った貴族たちが各々談笑する傍ら、ぽつりと一人立つ。
正直、賛辞が送られるのか、罵倒されるのか分からなすぎたので、両親の付き添いは断った。
(ただでさえ好きにさせてもらっているのに、無駄に心労は増やしたくないからね)
……とはいえ、視線を感じるな。
褒章の影響力、すさまじい。
ところで、美女がどうとか、すごく聞こえてくる。
夜会は着飾って出席するもの。美人なんてそこここにいるのに、今日に限ってなんなんだ。
まあ、私には関係無い。気にせず胸を張った。
高位貴族に見下されてなるものかと、知識、マナー、ダンスは叩き込み済みだ。
ま、常に壁の花の私には披露する機会もないけど。
広間の正面には赤い絨毯が敷かれた階段があり、その先に豪華な衣装の椅子が三つ並ぶ。陛下、王妃陛下、王太子殿下が今日ご列席されるのだろう。
バクン、と心音。
きゅ、急に緊張してきた……。
「あ、ルシアン様とオフィーリア様よ。お美しい」
階段のすぐ下に、注目が集まっている。
(本当にお似合いだな)
オフィーリア様のプラチナブロンドは、シャンデリアの光を受けて、更に輝いている。
長いまつげに覆われた、紫色の高貴な瞳はぱちりと大きい。小柄な肢体は柔らかな曲線美を描いて、まさに美貌を体現している。しかも侯爵家の家紋付きだ。
(私とは正反対)
ぼうっと眺めていると、オフィーリア様の後ろに控えたルシアン様とパチリと目が合った。
ドキ、と高鳴る心臓をなんとかしたい。心と身体がちぐはぐで気持ち悪いったらありゃしない。
ルシアン様はじっと私を眺めると、眉をギュッと寄せた。
ああほら、今度は心臓がヒヤッとした。
(私は彼にとって、求婚を一蹴した失礼な女でしかないものね)
その時、喧騒がピタリと止んだ。王族が入場したのだ。
「では、褒章授与の儀を始める。エマ・フォード子爵令嬢、前へ」
顎を上げて、背筋を伸ばす。
優雅に見えるように運んだ足が床を踏む度、こつり、こつり、とヒールの音が鳴る。
学術会のときは、ただねっとりと値踏みするような視線が重たかった。
けれど、今日は違う。驚愕、称賛、好奇心。
少なくとも、プラスの感情が見える。
(陛下に認められただけで、変なの)
陛下の前に悠然と跪いた。
「守護魔石の研究について、よくやってくれた。これまで未踏の分野を切り開く胆力、見事だ。その慧眼を高く評価しよう。これからの活躍を期待している」
「稚拙な身に過分なお言葉、痛み入ります。魔石が齎す新たな可能性を御身にご覧いれましょう。此度の名誉に恥じぬよう、精進いたします」
「うむ。面を上げよ」
恭しく陛下を見る。赤いベルベットの盆に、金色のバッチがかがやいている。
差し出されたそれを、震える手で取り上げた。
ドレスの胸元へ着ける。ずしりと重い。これからも成果を上げなければならないという重責かしら。
――うん、思った通り、紺のドレスによく映える。
「報奨金と、望みを一つ叶えよう。申してみよ」
「王宮、王立図書館の禁書庫への入室許可を」
「まったく、無欲なことだ。恙無く叶えよう」
「ありがたき幸せに御座います」
陛下に促されて立ち上がり、広間を見渡した。
「我が国に、また一人偉人が誕生した。今宵、盛大に祝おう。アンセリアに未来永劫、光あらんことを」
陛下がそう締めくくると、広間が、わあっと湧いた。
拍手が空気を揺らす。
――この光景を覚えていよう。
魔力なしの私は、確かに存在している。
心が震える。目の前がチカチカとまぶしくて、瞬きを繰り返した。
階段を降りると、私を眩しげに見つめる青い瞳があった。
(本当に、呆れ果てるわ)
私は、研究で認められたかったはずだ。
――なのにあなたには、私を見て欲しい、だなんて。




