23. 養女なんてお断り
「お嬢様、手紙がきていましたよ」
帰宅するとサラが手紙の束を持ってきた。
うんざりした気持ちで眺め、一枚開封してみる。
「今度は後妻!? ふざっけんじゃないわよ!」
おっと口が悪い。サラの手前、申し訳程度に咳払いをする。
あ、でも手紙が握り潰されている。
一応伸ばして封筒に戻した。
青筋をなでつけるようにこめかみに触れる。
「昨日もね、研究所にメンティス侯爵がいらしたの」
研究所には応接室があって、面会許可を取れば外部の人と話し合うことができる。
「メンティス領は魔石が採掘されるから、仕事の話だと思ったのに」
昨日は、資料とメモ用の羊皮紙を持ってうきうきと応接室に向かった。
(これからの研究のタネになるかも!)
ほとんど白髪になった茶色の髪を撫でつけ、口ひげを蓄えた魅力的なおじ様がすでに悠然と座っていた。
(穏やかな面持ちが誰かに似ているような……?)
彼は、机に既に魔法印が押された契約書を置いて、開口一番こう告げた。
「養女にならないか?」
(またそういったお話ですか……)
失礼と思いつつ、魔法印に触れて鑑定をかけた。
(本物のようだわ)
はあ。一気にやる気が失せた。
メンティス侯爵は、そんな私を気にせず、ニコリと笑った。
「慎重なのはいいことだ。今後の豊かな生活を約束しよう。その代わり、私の意図する研究もしてほしい。
――君も、大きな力を持つものが牛耳るこの社会の在り方に、不満があるだろう?」
「一体なんのお話ですか?」
あやしすぎる……。訝しげに眉を寄せてしまう。
彼は、私が彼に同調すると疑わない様子で、恍惚と語る。
「ルードゥスや魔力暴走は魔力の高いものほど起こすことは知っているだろう。本当に困ったものだ。彼らは害悪となんら変わらない。国の中心にいるのは不遜だ」
(何を言っているの……?)
だとしても、成長とともにルードゥスは収まるものだし、魔力暴走を起こすほど魔力を有する人もそういない。
聖女様やルシアン様だって、現状、魔力で人を傷つけたなんて話は聞かない。彼らは、豊富な魔力をその努力で制御している。
(害悪だなんてあり得ない。その思想のほうがよっぽど悪だわ)
胃がムカムカする。務めて毅然として言い放った。
「お引き取りください」
「きちんと考えてからものを言いなさい」
「考えるまでもありませんわ。それに、たとえ魔力の大きい子供がルードゥスを起こす事実があったとしても、近い将来、問題にならなくなります。私の魔石がそうさせます」
今の研究が形になれば、夢ではない。子どもたちがもうルードゥスで困らないようにしてみせる。
守秘義務で詳しくは口にできないのがもどかしいわ。そうでなければ、完膚なきまでに論破してやるのに。
メンティス侯爵は、はあ、と大きなため息をついた。顔には、でかでかと失望を浮かべている。
高位貴族を怒らせるのはさすがに心臓がひやっとする。けれど、自分の納得できないことはしたくない。
「残念だよ」
彼はそういって去っていった。
思い出して、頭をフルフルと振った。
「サラ、抱きついてもいい?」
「珍しいこともありますね。もちろん、喜んで」
柔らかくて安心する。
髪を撫でられてほう、と息をついた。
「他にもお嬢様を悲しませるようなことがありましたか?」
「……ううん」
ちらりとよぎる映像がある。美しい庭園で、抱き合う影。
「ううん、ないよ。大丈夫」
サラの胸に顔を埋めた。そうしたって、映像は消えていかない。じりじりと瞼の裏にこびりついて、胸がしくしくと痛む。
(明日は騎士団へ行かないと)
心はいつまでも鬱々と沈み込んでいくようだ。
それでも、昔から馴染んだ掌にトントンと背が叩かれて、ほんの少しモヤモヤが溶かされた気がした。




