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【完結】魔力最底辺の魔石研究者ですが、余裕あふれる完璧公爵様に実は溺愛されていました ~気づけば私から逆プロポーズ!?~  作者: 藤田さち


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21. 図書館で二人で会うって、デートですよね?



 王立図書館。王宮に向かって右側の大通りにある、石造りの荘厳な建物だ。

 

 国内一の蔵書を管理するため、天井まである本棚が理路整然と並ぶ静かな空間は、私に与えられている研究室と並ぶほど大好きな場所。


 今日はその図書館の地下、一番奥の部屋の鍵を、朝一番に受付で受け取って入った。ここは普段なら滅多に入れない。


 魔法灯で照らされた薄暗い室内には、かなり古い図書が保管されている。


(この格好じゃ少し肌寒かったかしら)


 一つある大きな机と椅子四脚。そのうちの一つにお目当ての本数冊を手に腰掛ける。


 ここは温湿度がきっちに管理されており、夏場でもひんやりとしている。ぶるり、と嫌に大げさに震えた二の腕を擦った。


 今日は久しぶりの休日。

 非現実的な通達はあったものの、休みなのだからいったん忘れる。だって、だって今日は、ルシアン様と会うんだから。


 朝からそわそわと準備をした。何日も考えたけど、結局若草色のシンプルなワンピース。


 髪留めが入っている小箱のぽっかり空いた場所を見やって、髪はさらりと下ろした。代わりに香油を塗って丁寧に伸ばしてある。

 


 ――だって、つまり、えーっと、これは、デート?


(ふ、二人で約束して会うってことは、そうよね?)


 古書の匂いを嗅いでやっと落ち着いたところだったのに、また変に血が巡る。頬がかっかしたり、指先がじんとしたり、心臓がドコドコしたり。


 え? こんな感じになるの? 私がおかしいの?


 ああ、データがほしい! 夜会に出ても壁の花の私には過ぎた願いだけど、多角的に今の私が変じゃないと分析したい!


(……この部屋、酸素薄くない?)


 やはり地下は良くない。換気システムが不調なのだろうか? それとも、酸素が少ないほうが本の保管には良かったりする?

 

 というか、こんな薄暗い部屋で会うってどうなの? 焦げ茶色の髪が馴染みすぎて、お化けと会ってる気分にならないといいけれど……。


 ……考えすぎね。よくないわ。どんどん不自然な自分になりそう。

 頭を軽く振った。丁寧に梳いた髪がさらりと揺れて、自分のものじゃないみたい。……やめやめ。

 

 本を汚さないように持参した手ぬぐいで手を綺麗にして、広い机に古い魔導書を開いた。


(次の研究の調べ物から。なんとなくルシアン様に見られなくないから先に読んじゃおう)


 ところどころ掠れていたり、密集した図形の魔法陣だったりするので、ルーペは必須だ。しかも暗いし。

 


 一心不乱に読んでいると、カタリと音がした。

 びっくりして顔をあげると、目の前の椅子を引いている美丈夫。類稀なる端正な顔に常のように余裕のある完璧な微笑を湛える、ルシアンさ、ま……?


「やあ。とても集中していたね。お昼は抜いていない?」

 

 パチパチとまばたきをして、なんなら目も擦る。

 リボンタイを緩くかけた白いシャツに、黒いトラウザーズ。薄手の上着。かっちりとした制服姿しか見たことないので、珍しい。


「遅くなってしまったかな」

 

 それも違和感なのだが、……前髪!

 いつも掻き上げるように整えられている前髪が、ふわっと額に降りていた。


(これが休日のルシアン様……!)


 なんだろうこの特別感。お尻がそわそわする。柔らかく細められた瞳と目があった。


「エマ嬢?」

「……」


 本を持って座ったルシアン様が、机についた片肘に頬を乗せる。

 首が傾げられて、前髪がさらりと揺れた。


 この薄暗い部屋でも淡い金髪が輝いて見えるの凄いな。瞳もなお深く澄んだ青だ。発光体かなんかですか?


 目の前で大きな手が振られた。……私、固まってたな?

  

「す、すみません。えっと、お昼? お昼は…………明日食べます。時間は……あんまり関係ないです。来てくださって、その、嬉しいです」  


 舌が上滑りする。我ながら理路整然としない謎な回答だな。彼の柳眉が困ったように下がる。


「……今度は一緒に食事に行こうね」


 いかん、食事もできない困った子と思われている。確かに本を読み始めると時間感覚も空腹も忘れがちだが、今日は古書だし、そわそわの反動なので特別だ。


「結構です。いつもはちゃんと食べに行くんですよ」

「……」


 あれ、もっと困った顔になった。


「そうじゃなくて。……まあ、いずれね」


 苦笑混じりに声がひそめられて、鼓膜を小さく震わせる。むき出しの二の腕がざわめいた。

 やっぱり薄着だったかしら。


 ルシアン様は、椅子の背もたれに体重を預け、組んだ長い脚のうえに真新しい魔導書を開いた。最近出版された新しい学説かしら? 私も今度読もう。


 長い指先が時折そっと文字をなぞり、丁寧にページをめくる。いつまでも眺めていられる。

 

 パラリ、パラリ、規則的な音。すんなり理解して読み進めているのね。


 魔法灯の淡い光を受けて輪郭ができた、柔らかく波打つ金髪。青い瞳は理知的な光を宿し、通った鼻筋に薄い唇。白皙のかんばせは、なお白く……。んん? 暗いからか本当に白い。 


「――どうしたの? 君の研究対象になった気分だ」


 くぅ、不躾すぎた。つうっと、視線を横に流す。くすくす笑って、度量が広すぎるのでは?

 あ、違うか。見られ慣れてるのね。「社交界の華」ですものね。


「こういうかなり古い本も読むんだね」 

 

 広げられた古書のすぐ傍らに、彼の人差し指が添えられた。綺麗なだけじゃない、彼の研鑽を物語る節くれだった硬い指先。

 

 扱いの難しい古書に不用意に触れないところも好ましい。


 ――学生時代から変わらず、彼の好きなところ。


 トクリトクリと心臓が泡立つ。薄暗くて良かった。だって今頬が赤いって、絶対に変よね。「何があったの?」って感じよね。


「これは……、あっ」


 これはなんとなく見られたくなかった方の本!


 そそくさと、もちろん丁寧に閉じて、別の本を開く。


「そうですね、魔法陣が盛んに作られた頃のものですし、発想の仕方が参考になったりするので。……どちらかというと趣味寄りで恥ずかしいですが」


 次の研究の魔法陣も、『今では無用の長物!? 古代魔法陣五十選』などとふざけた名前の本を読んで、目に止まった古代魔法陣から発想を得ている。


(今の纏められた本もいいけど、当時の本そのものを読むほうが、介在する人の思想がなくていいわ)


「……本当に魔法が好きだよね」


 こんな暗い部屋の中、まぶしげに目が細められる。


(そうそう! そうなのです!)


 勢いあまってがたり、と椅子がなった。


「はいっ!」


 魔力最底辺の私が魔法に関する本を読むと、哀れまれるのが腹立たしかったけど、彼はそう思わないのね。


 にこり、と効果音がつきそうなほど、彼の笑みが深まった。うう、罪深いです。


 ルシアン様が空間を指で撫でる。その掌に乗ったものを見て、心が躍った。


「バレッタの魔石、十分魔力が戻ったよ。確認してみて」

 

 差し出された彼の掌で、小さな魔石が魔法灯の光を吸い込んで、とろりと微睡むような輝きを放っていた。

 

 彼の手から自分の手へと移る瞬間、指先がふわりと触れ合う。私の一等好きな指先。


「大切にしてくれてありがとう」

  

 かろうじて、コクリと頷いた。

 私はまた明日から、髪を結うのだろうな。


 胸元に垂れる髪を見やる。私はいつからかこの髪を悔しい思いだけで見なくなったのかしら。


 バレッタは大切に鞄にしまった。 


 すると、コトリ、と軽い音。

 発生源は机の上、細長い小箱だ。


「それと、これはお祝い」


 ――おいわい?

 褒章の件しか思い当たらない。


「い、頂けません! ただでさえ成果を評価されたものではないのに」


 あれは挑戦状。私はまだやり遂げていないのだもの。


 鼻息荒くメラメラと闘志を抱いていると、くすくすと笑われた。

 何故に!? からかわれるいわれはない。


「そう息巻いているんじゃないかなと思ってた」

「…………」


 バレている。


「仕方ないではないですか。私は、正当に評価されたいです」


 彼は瞬きをひとつゆっくりすると、真摯な瞳で言いきった。


「正当だよ」

「え?」


「これまで成果でしか評価してこなかったのは、技術的な損失だ。『未来』に投資することがこの国の発展には必要だと、やっと判断されたんだよ」


 長かった……。

 と呟く姿は、いやに実感が籠もっている。


(技術的発展か……)


 確かに、褒章を与えることで王室はこの研究を後押しするというアピールになるし、きっと支援もしやすくなる。


 技術者は、実績を得る前に栄誉を得たり、支援を受けられるので、モチベーションも上がることだろう。


「君の研究を見て、王太子殿下が革新してくださった。君は、守護魔石という聖女、騎士、民を豊かにする研究をしただけではなく、王室と研究者の在り方にもいい風を吹かせたんだよ」


 とろりと和らぐ青い瞳。

 なんだろう、どこか、自慢気に見える。


「君はただ、誇って、胸を張っていればいい」


 その言葉は、どこかいつも頑なな心に、驚くほどすんなりと染み込んでいった。

 所長に言われたときと違う。もっと、甘くて、全身がじんじんと温まるような。


(……これだから、敵わない。反論も、したくない)


 このプレゼントを素直に受け取りたい。


 小箱をするりとなぞる。


「……開けても、いいのですか?」

「もちろん」


 ゆっくりと開くと、ペンダント。トップには涙の形をした深く澄んだ青い……。


「ま、魔石!?」


 うっかり背中が仰け反った。


 そ、そうだった。この人は公爵様。

 魔石なんて端金で買える。

 ――だとしても、過去の学友で、一介の研究者にこれを渡す!?


「ははっ。今度は、すぐに気づいたね」 


「これは気づきますよ! 大体バレッタだって、なんで魔石だったんですか!」 


 あれに助けられたのは事実でしかないけど、物申したかったのだった。


 ルシアン様は、笑みの顔を作る。

 

(目が……笑ってない!? なになに? 気の所為?)


「バレッタもこれも、僕の自己満足。魔石だと気づいたら身につけてくれるかなと思ったし、僕の魔力がいつか君の助けになればどんなにいいかと思った。……ほら、この魔石も僕の魔力が込められているでしょう?」


「し、知りません!」


(鑑定したくない……!)


 ところでこの人は補填が苦手じゃなかった? ということは、自然に魔力が取り込まれるほど、身近に置いていたということ……? それってどういうこと……??


(な、なんか知りたくない……!!)


 というか、バレッタも……?


「君のために用意したんだ。身につけてくれるよね?」


 春の日差しのような麗らかな、いつもの余裕のある笑みだ。


(なんで私は圧を感じているの……?) 


「は、はい」


 ……頷く以外に選択肢があったら教えて欲しい。


 観念して顔を上げると、ルシアン様はそれはそれは満足気な顔をしていた。


 彼は椅子から立ち上がると、大きな手が私の手の中の小箱に伸びてくる。


(――え?)


 私は逃げ場のない地下室で、彼を呆然と見上げるしかできなかった。

 


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