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19. 浮かれきっても、研究はします



「……今度こそ上手くいく気がするわ!」


 徹夜明けでバキバキとした目が熱い。


 魔石同士を通信させるために在所陣とテレパシーの魔法陣を散々こねくり回したのだが、誤動作で私に情報が集約された時の煩さと言ったら! わなわな震える手でペンを叩き折った。

 

 悔しくて魔導書を読みふけり、陣の接続個所のミスを見つけた瞬間、喜びのあまり羊皮紙を放り投げるところだった。


(つい没頭して夜通し作業するなんて、悪い癖ね)


 ごく小さい魔石数個と、少し大きめの魔石一個。陣を転写するだけでどれだけ時間がかかったことか。

 

 祈るように震える指先で大きい方の魔石を起動すると、ふわりと地図が浮かび上がり、赤い点が小さい魔石を示す。


「――っ! で、できた! ついに……っ!」


 ――魔石が魔石の位置を管理する、魔石管理陣を転写した魔石(管理魔石)が完成した


(我ながら天才では……!?)

 

「うふふふふふふ!」


 シンプルに考えるって素晴らしい。


 完全に魔法陣製作あるあるだと思うけれど、方針を考えるうちに色々やりたくなって機能がゴテゴテしてきちゃうのよね。

 

 思えばあの時の私は、国家プロジェクトへの意気込みとか、自分の存在証明とか、彼に格好悪いところは見せたくない、とかなり欲張りになっていた。それに気付かせてくれた恋のショック療法の威力たるや。

 

 残魔力は計算で予測すればいいし、摩耗状況は定期点検に行けばいいじゃない。仕事を作ることになるし、一石二鳥ってことで!

 

 管理側の魔石が順番に情報を要求した時にだけ、各所の魔石が反応するような工夫もきっちり入っている。一斉でないところが味噌だ。おかげで魔力消費が抑えられて、小さく安価な魔石でもうまく機能できるようになった。


(我ながらいい出来!)


 これはびっくりしてくれるんじゃないだろうか。

 口角が上がるのを抑えられない。


 魔石を両掌で包むように持って、腕を掲げてくるりと一回転する。


(おっととと)


 明らかに睡眠が足りていない脳が、ぐらりと揺れた。ふわふわと覚束ない足元は、ブラン様で飛んでいるときのよう。


 

 ラクリマ湖に出かけてから、早いことで……、もう三週間?

 

 弟に、『姉上って魔石以外に会う人いないの?』と聞かれるほどには研究室に居た。失礼な、言ってなかったけど私にだって連絡を取る友人の一人や二人はいるのよ。  

 

 ルシアン様とは一度も会っていない。

 でもそれでいいのよ!

 

 びっくりしすぎて記憶が曖昧だけど、去り際に「暫く会えないかもしれない」と言われた気がする。


(つまりそれって、私と会ってくれるってことよね!?)


 気づいたときには椅子からひっくり返った。


 せっかくサラの不審な目つきが落ち着いてきたところだったのに。


 あんなことをしでかして、最初の三日はまるで使い物にならなかった。

 

 お風呂に入っているときに好きって反芻してあわや溺れかけたり、青い色をみて目を覆ったり、研究中のひと休憩で用意した紅茶に顔が映し出された気がして一気飲みしたり……。今もたまにやるな。

 

 つまり全然普通じゃない。サラが戸惑うわけだな。 


 研究室に散乱する羊皮紙には、魔法陣。――だけじゃない。


 不自然にインクが滲んだもの。字とも言えないガタガタした線で単語が書き連ねられたもの。

 好き 恋 友人 ルシアン様は私を……


(ぎゃ――――――! 片付けなくちゃ!)


  誰かに見られでもしたら憤死ものでしかない。……今一人でみても恥ずかしすぎて手が震える。羞恥にうぐうぐ喘ぎながら羊皮紙を掻き集めた。


 寝ても覚めても、なんなら魔石に話しかけるほどには考えすぎて、「もういいや! 仕事してやる!」と若干やけになったのは否めない。

 

 それでも過去最高に挙動不審、乙女脳の私だったが、三日で仕事に没入できたのは、偉くないか? 私の集中力も捨てたものじゃない。


 公私混同? それで結構! 成果がでたのだから誰にも文句は言わせない。



 ――あの時、彼に仕事が舞い込まなかったらどうなっていたんだろう?


 あんな心を震わせるような美しい景色の中で、ふたりきりだった。

 

 ――手、繋いだりとかしたかな?

 あの低く穏やかに空気を揺らす声で、もっと情熱的に好きって言ってもらえたかな。……み、耳が潰れそう。私もしかしなくても、彼の声、とっても好きだったのかも。

 

 あとは、あの広い胸で抱きしめてくれたり……したかな。ああ、考えたら駄目に決まってる。前に感じた温かい香りに包まれたら、発狂するかも。


(私、そういうことして欲しいってこと!?)


 恐ろしい事実に気づいて、膝がガクガクしてきた。

 心に大事に秘めておこうとか、雲の上の存在とか思っていたはずなのに、こうなるの!?  


 机に上半身をべたりとつける。

 どんな顔をして会えばいいのやら。


(――ひとまず、所長に成果報告っと)


 すくっと身体をおこして鳥の置物から連絡を送る。そうしたら、確認しに来るだろう。来週あたりかしら?


(……これでやっと、会えるわ)


 どうしよう、どうしよう。

 

 このきつい顔をすこしでも可愛いって思ってもらえるようにお化粧を頑張る? ……急に顔が変わったら引くわよね。なし。


 おしゃれ……は、仕事だしな。せめて仕事着の中でも綺麗なものを着よう。


 普通に振る舞うの? それともちょっと、プライベートな話をしてみる? そもそも私、ちゃんと目を見れるかしら。だってあの澄んだ青い瞳……、うう、心臓痛い……。醜態をさらさないように会った時のシミュレーションはしておくべきだわ。


 ふふっ、足に羽根が生えたようだわ。スキップしちゃおう。心臓は二つに増えたくらいの勢いで稼働してる。


 ふう、と息をついて机の鍵のついた引き出しを開ける。所長に複雑怪奇と言われた守護魔石の陣より、数段大きく、目がチカチカするほど図形や古代文字が密集する魔法陣。


 学生時代から、魔導書を読みあさっては構想し直し、改善箇所を解消しては丁寧に描き直して、大切に大切に育ててきた。あと一歩のところまできている。


 これこそ自己満足。きっと彼に見せることはない。こんなもの必要としていないもの。それでも過去の幼い彼を抱きしめるように、そっと撫でた。




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