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18/31

18. 気づけば告白していました!?



 眼下に南の森の木々が見えてくると、ブラン様は高度を下げて速度をゆったりしたものに戻した。

 ルシアン様はパチンと指を鳴らして空気の膜を消す。途端にふわっと風が吹き抜けて、身体が浮くような感覚がした。


「あの先、木々がひらけてところに湖があるよ」


 身体の横を通り越して、彼の長い人差し指が進行方向を指差す。


 あのですね、風の音がするとはいえ、耳元でささやかないでください。気遣いが変な方向に言っていますよ、鈍感さん。

 ……私の耳、まさか赤くなってないよね?

  

「よく見ていて」


 指差す方向を見ていないことがバレている。……この方、鈍感なのか敏感なのかよくわかりませんね。


 ブラン様が進む先をまっすぐに見ていると、木々を抜けた先、湖が顔を出した。


「――わあ!」


 ――青い。


 朝の光を受けて真っ青に澄む、見事なサファイアブルーだ。


(だから、ラクリマ湖……!)


 日中は灰色でどうして『女神の涙』なんて、大層な名前がついているのかと疑問だったが、こういうことだったのね。


「ルシアン様、ルシアン様っ! 凄く綺麗ですね! 私、こんな綺麗な湖初めてみました! 色が変わる湖なのですか? どんな仕組みでしょう……? 湖畔に降りて見てみたいです。 ブラン様にお願いして頂いてもいいですか?」


「落ち着いて。今、降りるから」


「はいっ!」


 ブラン様は音もなく降り立った。地上から見ても真っ青だ。ルシアン様のエスコートを受けて地面に足をつけると、お礼もそこそこに湖畔へ駆け出す。


 しゃがみ込んで、両手で水を掬ってみた。


「透明……!」


 バシャバシャと何度か掬ったあと、指先を湖につけて鑑定をかけた。


「うーん、一般的な湖と比べて魔力の濃度がかなり濃い?」


 魔力は目には見えないけれど、自然に干渉することは稀にある。これもその一つなのだろうか。

 また、くすり、と空気を揺らす笑い声。


 ルシアン様はいつの間にか隣に来て、座り込んだ。


「そうみたいだね。そのおかげで、太陽の角度によって色が違って見えるらしい」


 ほお。なるほどなるほど。

 魔力が太陽光の反射の仕方を変えるのね。


「魔力は見えないのに、ここにあるんですね! 不思議! 神秘だわ」


(わー!)


 飽きもせず、青い湖を眺めては、透明な水をすくい取って遊ぶ。あんなに青いのに、本当は色がついてないってなんか変。……飲んだら味、するのかしら?


 気になるけどやめて私、発想が子どもと同じよ。


 ――隣から、とうとう堪えきれなかったような、くすくす笑いがする。


(私ったら本当に子ども!!)


 連れてきてくれたルシアン様そっちのけにして楽しんじゃって、本当にもう!


 もしかしたらここに来て初めてちゃんとルシアン様を見る。


「すみません、私、夢中になってしまって」

「ううん、いいよ。楽しんでもらえたみたいでよかった。気分転換になればと思ったんだよね」


 こちらを優しく見つめる青い瞳。その澄んだ深い青は、眼前に広がる湖と同じだ。


 彼の瞳が『海のように青い』と称されているのは知っていたけど、海を知らない私は、『海ってそんなにいいものかな』とずっと思っていた。

 けれど、この湖の青のように美しいと称えるなら、納得できる。


「……そんなにじっと見つめてどうしたの?」


 見つめてる? 違うわ、目が離せないだけ。


「瞳が……、きれいだなって」

「……そうかな?」


 青の瞳は瞼に薄く覆われて、彼の指先が涙袋を撫でる。眉尻を下げて、照れたような顔。


 ――その顔、見たことがある。

 茜さす図書室で、卒業のとき……。あれも困ったのではなくて、照れていたの?


 節くれだった長い指先は惑って、肩に乗った毛玉のブラン様へ移る。


 その指先や掌には、硬い豆があることを知っていた。魔法剣で戦う騎士の鍛錬の跡、勤勉にペンを握る努力の跡。


 森の賢者と呼ばれるシロフクロウを、指先で柔らかく撫でている。

 それが、本の文字を辿り、静かにページをめくる姿と重なった。


 学生時代、雲の上の遠い存在である彼の、本を大切に扱うところだけは、素直に好きだなと思っていた。


「こら、恥ずかしいから、もう見たらだめ」


 彼は時折する困ったような顔より、数段わかりやすく相貌を崩した。湖のように濃くきらきらと光る青い瞳はとろりと細まり、上品な薄い唇が耐えられないとばかりに柔らかく弧を描く。

 

(ふにゃっとした顔だな)


 そんな無防備で等身大の青年ような顔、初めて見た。いつも穏やかで、同い年とは思えないほど大人びてて、立派な人だったから。


 身分差とか、自分のちっぽけなコンプレックスとか、彼を遠い遠い人だと思ったりとか、それこそ不毛だったのではないかな。


 きっともっとシンプルでいいんだ。シンプルに抱えて、大事に愛すのよ。そうして何十年後かにこの恋を思い返したときの景色が、今日この日ならとっても素敵な幕引きなんじゃないかな。


 そうだ。私は、彼の、努力家で、誰よりも頼もしくて、私を認めてくれて、本を大切に扱うところがとても、とても……


「――好き」


(あ、れ……?)


 あれ!? 待って待って待って!?

 今、声に出てた!?

 ううん、まだ希望を捨ててはいけない、もしかしたら聞こえてないかもしれな……

 

 あっ! めっちゃこっち見てる!

 さっきまで毛玉だったブラン様までまん丸な目で見てる! お二人とも目が零れ落ちそう、しまって、しまって!


 四つの目の圧に耐えられなくて、視線を顔ごと湖に戻す。


 心臓がドクドクドクドク忙しない。血が逆流して、頬どころか眼球も頭のてっぺんまでも熱い。耳をドクドクとか、ごうごうとか、心音か血の音が騒がしくして、周りの音が遠い。

 

 あー、湖綺麗だなあ、心癒されるなあ。まるでルシアン様の瞳……、げほげほ、その例えは状況を変えないから意味がない。


 あ゙ーーーー! 私盛大にやらかしてる!

 ど、どどど、どうする!?

  

 ……ご、誤魔化してみる?

 それともなかったフリ?

 あーーー、誰か正解を教えて!!


「ねえ、こっちを向いて」


 無理ですけど!?

 鬼ですか!?


「ねえ」


 頬に硬い指先がぽつりと触れる。なんだろう、震えているような……?


 一点の温もりに促されて、そろりと彼を見る。

 普段の麗らかな微笑はどこへやら、表情をごっそりと落とした、呆然としたような相貌だ。


「僕も……、好きだよ」



 ――――――――――――なんて???



 途端、ブラン様がギャーギャーとけたたましく鳴いた。フクロウってホーって鳴くんじゃないんですね?

 というか、激しい……っ、うるさ!


「――うん、わかった」


 え? 何が?


 ルシアン様は、片耳を押さえている。

 ブラン様の鳴き声に驚いた様子はなく、眉を寄せた厳しい顔だ。


「これから向かう。準備しておいて、テオドール」


 ……なるほど、騎士間の通信魔法ですね?


「本当に申し訳ないのだけれど、急な呼び出しだ。今すぐ戻るよ。ブランに乗ってくれる?」


 それは緊急事態だ。慌てて立ち上がると、言われるがままにブラン様に乗りこみ、飛び立った。

 ――ブラン様、行きの速度が最速ではなかったのですね?


 シロフクロウは一体時速何キロ出るのでしょうか。

 ルシアン様は、後ろで何やら忙しく指示を飛ばしていた。仕事のできる人感が凄い。


 降り立ったのは、王宮の裏、騎士の隊舎の脇だった。

 彼は何度も謝って私を研究所へ送り出すと、ほとんど駆け足で去っていった。



 いつもの、私の研究室。

 今日思ったのは、シンプルに行こうってことだったよね?

 そうね、確かに一元管理の術式について、あれもこれもと欲張って、たくさん機能を盛り込もうとしていた。

 これは取捨選択が必要だ。整理しがいがある。


 私は、新しい羊皮紙を取り出し、ペンを握る。

 さてと。………………


  

 ――――好き!? 好きって言った??


 私の今の状況こそ、整理が必要である。

 しばらく頭を抱えたまま、羊皮紙にペン先がつくことはなかった。 

 


 

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