忘れもの預かり処 第13話
写真を見た瞬間、風待の顔から表情が消えた。
遥も、何度も写真を見返した。
何度見ても、そこには四人いる。幼い風待。冬香。春樹。そして、その後ろに立つ──もう一人の風待。
「……これ」
遥は写真を指差した。
「風待さん?」
「はい」
「じゃあ、ここにいる風待さんは?」
「……私ではありません」
「でも、そっくり」
「そうですね」
風待は写真を受け取った。
雨に濡れた指で、四人目の顔をなぞる。
「私には、もう一人弟がいました」
「……え?」
「双子の弟です」
冬香が振り返った。
「兄ちゃん……」
「冬香も知らなかったのか?」
「知らない」
風待は写真を見つめた。
「私も、忘れていました」
「どういうこと?」
「覚えていないんです」
風待の声が震える。
「……名前すら」
遥は言葉を失った。
「そんなこと……」
「だから、この写真が怖い」
風待は写真を裏返した。
裏には、子供の字。
──四人で、ずっと一緒。
「三人じゃなかった」
冬香が呟く。
「私たちは、最初から四人だった」
「でも……」
遥は写真を見る。
「今までの写真には、この人いなかったよね?」
「はい」
「どうして?」
「分かりません」
風待が答えた。
「でも、たぶん──」
写真の端を指す。
「この人を、誰かが消したんです」
雨が止んだのは、夜明け前だった。
三人は旅館へ戻った。風待は、古い客室に残されていたアルバムを探した。
「何か出てくるかもしれない」
冬香も手伝う。遥は写真を一枚ずつ並べた。
家族写真。誕生日。夏祭り。旅行。けれど、どの写真にも、三人しか写っていない。
「やっぱり四人目はいない」
「……」
風待が一枚の写真を手に取る。
「これ」
「何?」
「この写真だけ、変です」
古い写真。縁側に四人分の影がある。けれど、写っているのは三人。
「影だけ?」
「はい」
遥が写真を覗き込む。
確かに、三人の後ろにもう一つ。少年の影がある。
「これ、誰の影?」
「……私たちにも分かりません」
冬香が写真を裏返す。そこに小さく──“湊”と書かれていた。
「湊?」
遥が尋ねる。
風待が首を振る。
「知らない名前です」
「でも、風待さんのお兄さん?」
「たぶん」
「どうして名前を忘れてるの?」
「……」
風待は答えなかった。
その時、廊下の奥から音がした。
こつ。
こつ。
こつ。
誰かが歩いている。
「誰?」
遥が立ち上がる。一人で観に行こうとしていたのを風待が制した。
「私が先に行きます」
三人で廊下へ出る。
音は、二階から聞こえていた。
階段を上る。しかし誰もいない。ただ、廊下の突き当たりに扉が一つあった。
風待が近づく。
「この部屋は?」
「……知りません」
冬香が答える。
「昔はなかったと思う」
「でも、ありますね」
扉には鍵穴があった。
遥がポケットから、昨日の鍵を取り出し差し込む。
かちり。
開いた。
部屋の中には──一台の古い鏡があった。
それ以外には何もない。
「鏡?」
遥が近づく。鏡に三人が映っている。
風待。
冬香。
遥。
そして。
「……え?」
鏡の中には、四人いた。風待の隣に、見知らぬ少年が立っている。
遥が振り返るが誰もいない。
もう一度、鏡を見ると、少年が笑っていた。
「風待さん」
「はい」
「これ……」
風待は鏡を見た。そして、呟く。
「……湊」
初めてその名前を口にした。
少年が鏡の中で笑う。風待の目から、涙が一筋落ちた。
「思い出した。この子は──」
鏡の中の少年が、口を動かす。
遥には聞こえない。けれど風待には聞こえたらしい。
「……『兄ちゃん』」
風待が答える。
「うん」
少年はもう一度、口を動かした。今度は遥にも聞こえた。
「“やっと思い出したね“」
そう言った瞬間、鏡がひび割れた。
鏡の奥から、古い記憶が流れ込んできた。遥には、自分のものではない景色が見えた。
幼い四人が庭で遊んでいる。
風待。
冬香。
春樹。
そして湊。
「四人兄弟だったんだ……」
冬香の声が聞こえる。けれど、その記憶は途中で途切れた。
次の場面では雨が降っていた。泣いている冬香。怒っている風待。怯えている春樹。そして湊。
湊が誰かに向かって叫んでいる。
──“「兄ちゃん、約束を破ったの?」”
画面が暗くなる。次の瞬間、旅館で誰かが倒れている映像が見えた。それは少年だった。
──湊。
そして、風待がその前に立っている。
「……!」
遥は息を呑んだ。
風待も同じものを見ていた。
「私が……」
風待が呟く。
「何をしたの?」
冬香が震える声で尋ねる。風待は首を振る。
「分からない」
「思い出して!」
「思い出せない!」
その瞬間、鏡の中の湊が、こちらを見た。そして笑う。
「兄ちゃん」
風待が顔を上げる。
「僕を忘れたのは、兄ちゃんじゃないよ」
「……」
「忘れたのは──」
湊が鏡に手をつく。
「“冬香なんだよ“」
冬香が凍りつく。
「……私?」
湊は頷いた。
「冬香が、僕のことを忘れた」
冬香の顔から血の気が引いた。
そして、鏡のひび割れの奥から、別の景色が現れる。
二十二年前の旅館。
雨の夜。冬香が、誰かに向かって言っている。
「ごめんね、湊……ごめん」
遥には、その声だけが聞こえた。
「“春樹として生きて”」
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