まほろば便利屋 最終話
数十分後、神社の境内は、妙なことになっていた。
「何でこうなった……」
真琴は紙コップを並べながら呟く。
境内の端では、ひよりがカセットコンロを持ち込み、鍋を作っていた。
しかも妙に手際がいい。
「料理できたのかお前」
「写真部は野外活動多いからね」
「万能か」
ぐつぐつ煮える鍋。湯気。温かい匂い。
それだけで空気が少し変わる。迷子たちの表情も、わずかに落ち着いていた。
星乃は子供たちへ毛布を配っている。しろは何故かみかん係になっていた。
「ありがたく食べるのじゃ!」
「お前が配る側なんだよ」
くろ兄は当然みたいに鍋の前を陣取っている。
「こら勝手に食うな!」
巨大黒狐は無視した。
蒼士は苦笑しながら札を境内へ貼って回っている。
「結界か?」
「簡易的にな」
「そんな片手間みたいに」
「実際片手間だし」
真琴は呆れる。
だが、不思議だった。さっきまであんなに不気味だった神社が、今は少しだけ普通の場所に戻っている。
温かい灯り。湯気。人の声。それだけで、“帰る場所”っぽくなる。
その時、ゆうたが、鍋を食べながら小さく呟いた。
「……おいしい」
真琴は少し笑う。
「そりゃよかった」
「お兄ちゃん」
「ん?」
「ここ、おうちみたい」
その言葉に、真琴は少しだけ目を見開いた。
蒼士が聞こえないふりをして笑っている。
「何だよその顔」
「いや別に」
「絶対ニヤニヤしてるだろ!」
ひよりも笑った。
「真琴、向いてるね」
「何が」
「便利屋」
真琴は思わず黙る。
最初は巻き込まれただけだった。怪異なんて嫌だった。怖かった。でも今、帰れない人たちが、少し安心した顔をしている。その光景を見ていると、不思議と悪くないと思ってしまう。
その時だった。ゴォォォ……。低い列車音が、再び夜空へ響く。
全員の動きが止まる。
神社の鳥居の奥で霧が大きく揺れた。
そして、無数の灯りが見える。
真琴は息を呑む。
「……おい」
夜光列車だ。
しかも今度は一両や二両じゃない。大量の列車が、霧の向こうを走っている。まるで終わらない列車群。
ひよりが青ざめる。
「え、ちょっと待って。多すぎない?」
蒼士の表情が険しくなる。
「……境界が完全に開く」
「何それ」
星乃が静かに呟いた。
「“終点”が来る」
その瞬間、神社の奥にある古い鳥居が、ゆっくり軋み始めた。
ミシ、ミシ、と古い鳥居が悲鳴みたいな音を立てる。
境内の空気が震えていた。
真琴は思わず後退る。
「壊れる!?」
「いや──」
蒼士は鳥居を睨んだまま低く言う。
「開く」
次の瞬間、鳥居の奥の霧が、真っ二つに裂けた。冷たい風が境内を吹き抜けけ、雪が舞い上がる。
そして、その向こうに、“駅”が見えた。
真琴は息を呑む。
「……またかよ」
存在しない駅。だが今までと違う。ホームが異様に広い。線路が無数に伸びている。
そしてそこへ──。大量の夜光列車が集まっていた。
黒い車体。青白い灯り。終わりのない列車群。まるで“帰れないもの”全部が、そこへ集まっているみたいだった。
迷子たちが不安そうにざわめく。
『あそこだ』
『帰らなきゃ』
『乗らないと』
ふらふらと鳥居へ近づいていく。
真琴は慌てた。
「待て待て待て!」
腕を掴む。だが迷子たちの目は虚ろだった。列車に引っ張られている。
星乃が静かに言う。
「終点に呼ばれてる」
「だから何なんだよその終点って!」
蒼士は苦い顔をした。
「居場所をなくしたものが流れ着く場所だ」
真琴は息を呑む。
「じゃあ……あいつら」
「このままだと帰って来れない」
その時、駅の奥から、ゆっくり案内人が現れた。
古い駅員服。無表情な顔。だがその姿は、前より少しだけ歪んで見える。ノイズみたいに揺らいでいた。
案内人は静かに境内を見る。
「乗車時間です」
「断る」
蒼士が即答した。
案内人は小さく首を傾げる。
「帰る場所がない者は、終点へ向かう」
「だったら作る」
蒼士の声は強かった。
真琴は目を見開く。
蒼士は迷子たちを見る。
しろ。くろ兄。星乃。ひより。そして、潮見町。
「帰る場所がなくなるなら、残すしかない」
その言葉に、真琴の胸が熱くなる。
最初は巻き込まれただけだった。でも今は違う。この町が消えていくのは嫌だ。しろの神社も。商店街も。便利屋も。なくなってほしくない。
真琴は大きく息を吸う。そして叫んだ。
「ここは、帰る場所だろ!!」
声が夜へ響く。
その瞬間だった。神社の灯りが、一斉に点いた。提灯。境内の街灯。本殿の明かり。暖かな光が、雪の夜を照らす。
迷子たちが顔を上げる。鍋の湯気。人の声。温かい匂い。その景色を見た瞬間。虚ろだった目に、少しずつ色が戻っていく。
『……あれ』
『家』
『帰れる』
案内人が、初めて驚いたように目を細めた。
そして、遠くで、夜光列車の警笛が鳴る。
今までよりずっと静かで、どこか、安心したみたいな音だった。
夜光列車の警笛が、静かに夜空へ溶けていく。
雪はまだ降っていた。だがさっきまでの冷たさは、もうない。
神社の灯りが、境内を暖かく照らしている。
迷子たちは立ち止まり、周囲を見回していた。
鍋の湯気。みかん。人の声。小さな笑い声。その全部が、“帰る場所”の匂いをしていた。
案内人は鳥居の前で静かに立っている。霧の向こうには、無数の夜光列車。だが、その車内の人影たちも、少しずつ消え始めていた。帰る場所を思い出したみたいに。
真琴はその光景を見つめながら、小さく息を吐く。
「……終わるのか?」
蒼士は夜光列車を見る。
「役目が終わればな」
案内人はしばらく黙っていた。
やがて。
「……終点を確認」
低い声が響く。
その瞬間、霧の向こうの駅が、少しずつ崩れ始めた。
線路が消え、ホームが薄れていく。無数の列車が、静かに夜へ溶けていく。まるで長い夢の終わりだった。
真琴はふと蒼士を見る。
「お前、“帰れなかったやつ”いるって言ってたよな」
蒼士は少し黙った。そして、夜光列車へ視線を向ける。
「昔、一人置いてきた」
その声は静かだった。
「助けられなかった」
真琴は何も言えない。だが蒼士は、小さく笑った。
「だから便利屋始めた」
怪異を倒すためじゃない。帰れないものを、帰すため。居場所をなくしたものへ、場所を作るため。
真琴はようやく分かった気がした。まほろば便利屋が、何なのか。
その時、案内人が蒼士を見る。
「今回は、間に合ったな」
「ああ」
蒼士は頷く。
案内人は小さく帽子へ触れた。それはまるで、駅員の敬礼みたいだった。
次の瞬間、その姿は霧と一緒に消えていく。夜光列車も、存在しない駅も。全部、静かに夜へ溶けた。あとに残ったのは、雪の降る神社だけだった。
しろが真琴へ飛びつく。
「助かったのじゃー!」
「うおっ」
くろ兄は安心したみたいに寝転がる。
ひよりは笑いながらスマホを向けた。
「最後すごかったね」
「写真撮る余裕あったのかよ……」
星乃は空を見上げている。
白い息。静かな夜空。そして、少しだけ笑った。
「……ここ、好き」
真琴は、その横顔を見る。
最初は変な町だと思った。怪異ばかりで、厄介ごとだらけで。でも今は、この騒がしい場所が、少しだけ心地いい。
蒼士が肩を竦める。
「さて」
「何だよ」
「片付けるぞ」
「現実!!」
ひよりが笑う。
しろが鍋を抱えて逃げる。くろ兄が油揚げを盗む。真琴がそれを追いかける。
雪の降る神社に、騒がしい声が響いた。
♢♢♢
──数ヶ月後の春。まほろば便利屋。
「何で依頼が“夜中に笑う自販機”なんだよ……」
真琴が頭を抱える。
蒼士はソファでラーメンを食べていた。
「便利屋だからな」
「万能ワードにするな!」
ひよりは新作スイーツを持ち込み、しろは勝手にくつろぎ、くろ兄は油揚げを狙い、
星乃は窓際で空を見上げている。
相変わらず、騒がしい。でも、悪くない日常だった。
真琴はため息を吐きながら笑う。
「……ま、いっか」
窓の外では、潮見町の風が静かに吹いている。
古いものも、新しいものも。
人も、怪異も。
全部混ざって、この町はできている。
〝この町には、不思議なものがいる〟
でもきっと、それでいい。
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