まほろば便利屋 第25話
「境界崩壊って何だよ!?」
真琴のツッコミがホームへ響く。だが今回は、蒼士もすぐには軽口を返さなかった。
その表情は本気で険しい。夜光列車のライトが、白く駅を照らしている。
霧の向こうでは、“存在しない駅”がぼんやり揺れていた。現実と向こう側が、混ざり始めている。
蒼士は低く言う。
「まったく。この町、“境目”が多いんだよ」
「境目?」
「海と山。町と田舎。人と怪異。昔から色んなもんが混ざりやすい」
ひよりが顔をしかめる。
「そこへ再開発で場所が消えてるから……」
「居場所をなくしたものが溢れてる」
星乃が続けた。
真琴は頭を抱えたくなる。
つまり、怪異だけじゃない。町そのものが迷子になっている。
その時、しろの声が、また頭へ響く。
『早く来るのじゃー! 鳥居が増えておるー!』
「増えるなそんなもん!」
真琴が叫ぶ。するとホームの端から、ガタン、と音がした。
振り向くと、そこには──赤い鳥居が立っていた。
「は?」
それも、駅ホームのど真ん中。あり得ない場所に、古びた鳥居が現れていた。
しかも一つじゃない。霧の向こうに、ずらりと並んでいた。
ひよりが真顔になる。
「完全に嫌なやつ」
鳥居の奥は暗い。だが、その先に何かいる。ざわざわと気配が動く。
案内人が小さく呟いた。
「道が繋がった」
「どこにだよ……」
蒼士は札を構える。
「神社だ」
次の瞬間、鳥居の向こうから、冷たい風が吹き抜けた。
視界が白く染まる。
真琴は反射的に目を閉じる。
そして、気づけば。
「……え?」
神社の石段前に立っていた。
真琴は呆然とする。
「は!? 移動した!?」
「近道だな」
「便利な言い方すんな!」
夜の神社だった。雪が薄く積もっている。
だが様子がおかしい。境内に、無数の鳥居が並んでいた。本来一つしかないはずなのに。しかも鳥居の奥が全部、暗い霧へ繋がっている。
しろが半泣きで駆け寄ってきた。
「遅いのじゃー!」
「うわっ」
真琴へ飛びつく。
珍しく本気で怯えていた。くろ兄も巨大な黒い毛並みを逆立てながら、神社の前で唸っている。
蒼士が周囲を見回した。
「かなり侵食されてるな……」
その時、鳥居の奥から、人影が現れる。
真琴は身構えた。
だが出てきたのは、スーツ姿のサラリーマンだった。ぼんやりした顔。疲れ切った目。
「……帰れない」
その後ろからも、次々と人影が出てくる。学生に、老人、子供。
みんな迷った顔をしている。
まるで町中の“帰れない人”が集まってきているみたいだった。
星乃が静かに空を見上げる。
「……夜光列車だけじゃない」
「え?」
「町全体が……“終点”へ近づいてる」
真琴の背筋に、ぞわりと寒気が走った。
神社の境内は、異様な光景になっていた。雪の積もる夜。無数の鳥居。
そして、“帰れない人”たち。
迷子みたいに立ち尽くす人々を見て、真琴は顔を引きつらせる。
「……これどうすんだよ」
「何とかする」
蒼士が即答した。
「雑!」
だが、その横顔は真剣だった。
しろは真琴の服を掴んだまま震えている。
「神社が飲まれるのじゃ……」
くろ兄も落ち着かない。
鳥居を睨みながら低く唸っていた。
その時。迷子の一人──中年男性が、ふらふら前へ出る。
「家に帰りたいんだ……」
掠れた声だった。
「でも道が分からない」
その言葉に、周囲の人たちもざわつく。
『帰れない』
『駅が消えた』
『家が見つからない』
不安が広がると、空気まで歪み始める。
鳥居の向こうの霧が濃くなった。
真琴は焦る。
「おい、まずいって!」
「分かってる」
蒼士は静かに周囲を見回した。
そして。
「……真琴」
「え?」
「お前、こいつら覚えてるか」
真琴は迷子たちを見る。
誰も知らない……はずだった。だが──
「あ」
商店街の八百屋のおじさん。駅前でよく見かける女子高生。通っているコンビニ店員。
見覚えのある顔が混ざっている。潮見町の人たちだ。
真琴は息を呑む。
「町の人……」
「“居場所”ってのは、場所だけじゃない」
蒼士は言う。
「覚えてる誰かがいるだけでも、人は帰って来れる」
その瞬間、真琴の中で、何かが繋がった。
夜光列車。雪町郵便局。しろの神社。
全部同じだった。
帰れないもの。忘れられそうなもの。居場所をなくしかけたもの。まほろば便利屋は、そういうものを拾ってきた。
蒼士が静かに笑う。
「便利屋の仕事だ」
真琴は少しだけ呆れた顔になる。
「……無茶苦茶だな、お前」
「今さら?」
その時、ひよりが急に声を上げた。
「ねえ!」
「今度は何だ!?」
「炊き出ししよう」
全員が固まる。
「……は?」
ひよりは真顔だった。
「迷子って、不安になると余計迷うじゃん」
「それはそうだが……」
「だから一回落ち着かせる」
そして当然みたいに続ける。
「あと寒いし」
「理由が生活感!」
だが、蒼士は少し笑った。
「悪くない」
「マジで?」
「帰る場所ってのは、案外そういうもんだ」
真琴はしばらく呆然としていたが、やがて、大きくため息を吐く。
「……分かったよ」
そして迷子たちを見る。
不安そうな顔。帰れない人たち。
真琴は腹を括った。
「とりあえず、あったかいもん食わせるぞ!」
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