まほろば便利屋 第24話
背後に、誰かいる。真琴の全身が硬直した。
冷たい気配。息遣い。すぐ後ろだ。
「ま、ままま、待ってくれ蒼士──」
「騒ぐな。耳が壊れるだろ」
「無理だろ!?」
ホームは真っ暗だった。照明が全部落ちている。見えるのは夜光列車の窓灯りだけ。ぼんやり青白い光が、駅を照らしていた。
真琴は恐る恐る振り返る。
そこにいたのは──小さな男の子だった。
七、八歳くらいで、古い学生帽を被っている。だが身体が少し透けていた。
真琴は息を呑む。
「幽霊……?」
男の子は不安そうに周囲を見回している。
「おうち、どこ……?」
その声は震えていた。
真琴は言葉に詰まる。
すると、周囲にも次々と人影が現れ始めた。買い物袋を持った女性。会社帰りの男性。制服姿の学生。みんな、ぼんやりした顔で立っている。
『ここどこ?』
『帰り道が分からない』
『駅を出たのに、外に出られない』
迷子たちだった。
ひよりが小さく息を呑む。
「……町で消えてる人たち?」
蒼士が頷く。
「完全には向こう側へ行ってない。境界に引っかかってる」
「そんな改札を出られなかった人みたいに言うな!」
だが状況は笑えなかった。案内人は静かに迷子たちを見ている。
「居場所を失った者は、列車へ集まる」
「だからって乗せっぱなしにするなよ! 少しづつでいいから帰してやれよ!」
真琴が叫ぶ。すると案内人は、少しだけ沈黙した。
「……降ろしても、帰れない」
その声が妙に寂しかった。
星乃が一歩前へ出る。
「この町が迷ってるから……」
彼女は駅の外を見る。
「場所が消えるたび、道がずれる」
再開発で取り壊し。人に忘れられていく場所。そのせいで、町そのものの境界が歪み始めている。
真琴は頭を抱えた。
「規模デカすぎだろ……」
その時、迷子の男の子が、真琴の服を掴く。
「お兄ちゃん」
「ひゃい!?」
「おうち帰りたい……」
真琴は言葉を失う。
怖い。でも放っておけない。それが、この町の怪異のずるいところだった。
ひよりがしゃがみ込む。
「僕、名前わかる?」
「……ゆうた」
「家の方向は?」
男の子は困った顔をする。
「わかんない……」
蒼士が駅構内を見回した。
「まずいな」
「何が」
「このままだと、迷子が増え続ける」
その瞬間だった。ホームの奥から、また列車の音が響く
ゴォォォ……。
真琴が凍りつく。
「まだ来るのか!?」
霧の向こう。
二本目の夜光列車が、ゆっくり現れ始めていた。
「ちょっと待てぇぇ!?」
真琴の叫びがホームへ響く。
二本目の夜光列車。黒い車体が霧の中から現れ、ゆっくり線路へ滑り込んでくる。
しかも。車両数が、一本目より多い。
「増えてる増えてる!!」
「完全に溢れてるな」
蒼士が嫌そうに呟く。
ひよりは真顔だった。
「電車で“溢れてる”って聞くと通勤ラッシュ感あるのに、全然嬉しくない」
「比較対象おかしいだろ!」
列車の窓には、無数の人影。
ぼんやりこちらを見ている。迷子たちだ。
帰れなくなった人。居場所をなくしたもの。そして。ホームへいる幽霊たちも、少しずつ列車の方へ引き寄せられ始めていた。
男の子──ゆうたが不安そうに真琴の袖を掴む。
「やだ……」
真琴は咄嗟にその手を握った。
「大丈夫だ」
自分でも驚くくらい自然に言葉が出た。
蒼士がちらりと真琴を見る。少しだけ笑った。
「成長したな」
「今それ言う!?」
だが真琴自身も分かっていた。
最初なら逃げていた。でも今は、放っておけない。
星乃が静かに列車を見つめる。
「……列車も帰りたいんだ」
真琴は眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
「役目が終われない」
星乃の瞳が、夜みたいに淡く光る。
「ずっと“帰れないもの”を運び続けてる」
案内人は何も言わない。だが否定もしなかった。
蒼士が帽子の男を見る。
「終点がなくなったか」
「町が変わりすぎた」
案内人は低く答える。
「帰る場所が消えていく」
その言葉に、真琴の胸がざわつく。
商店街も、神社も、雪町の郵便局、も消えていく場所たち。この町は今、“帰る場所”そのものを失い始めている。
その時だったらホームのスピーカーから、またノイズ混じりのアナウンスが流れる。
『──終点、未定』
ブツ、ブツ、と音が切れる。
『帰る場所を──確認できません』
駅全体が揺れた。
真琴は思わず手すりを掴む。
「うおっ!?」
次の瞬間、ホームの先が、ぐにゃりと歪んで、線路が伸びる。霧の向こうへ、あり得ないほど長く。
そしてその先に──古い駅が見えた。
真琴は息を呑む。
「……あれ」
見覚えがある。前に夜行列車で辿り着いた、“存在しない駅”。
だが今回は違う。駅の周囲に、無数の景色が混ざっていた。
商店街も、海辺の街も、雪町の風景も、展望台も。潮見町の“消えかけた場所”が全部、向こう側へ引っ張られている。
ひよりが青ざめる。
「ちょっと待って、町ごと飲まれかけてない?」
「そういうことだな」
「軽く言うな!!」
その時、しろの声が、真琴の頭へ響いた。
『真琴ー!!』
「しろ!?」
『神社が変なのじゃ! 鳥居の向こうが繋がっておる!』
蒼士の顔色が変わる。
「始まったか……」
「何が!?」
蒼士は静かに夜光列車を見る。
「潮見町の境界崩壊だ」
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