まほろば便利屋 第23話
その日の夜。
潮見町駅は、やけに静かだった。
終電間際だというのに、人が少ない。冷たい風がホームを吹き抜ける。
真琴はマフラーへ顔を埋めながら震えていた。
「寒い……」
「冬だからな」
蒼士が当然みたいに言う。
「知ってるよ!」
ひよりは缶ココアを飲みながらホーム端を眺めている。
「なんか今日、暗くない?」
言われてみればそうだった。駅の照明は点いている。でも、光が届いていない感じがする。まるで夜そのものが濃い。
星乃は線路を見つめていた。
「……近い」
「何が?」
「向こう側」
真琴は聞かなかったことにしたかった。
蒼士はホームの古い時計を見上げる。
十一時四十七分。
「そろそろだな」
「何が来るんだよ……」
答えは、すぐに現れた。
──ゴォォォ……。
遠くから、低い走行音が聞こえてくる。普通の電車とは違う。もっと重い、もっと古い音。
真琴の背筋に寒気が走る。
「来るぞ」
蒼士が低く言う。
次の瞬間、ホームの照明が、一斉に明滅した。
パチ、パチ、と白く瞬く。
空気が変わる。冷たさが、一段深くなる。
そして、霧の向こうから、列車が現れた。
「……っ」
真琴は息を呑む。
黒い車体。古い形。窓の奥にはぼんやり灯りが点いている。
夜光列車だった。前に見たものと同じ。
だが今回は違う。車両が増えている。しかも、窓の向こうに、大勢の人影が見えた。
座席に座る人、立ち尽くす人。ぼんやり窓の外を見ている人。全員、どこか“帰れなくなった”顔をしている。
ひよりが小さく呟く。
「……増えてる」
蒼士の表情が険しい。
「ああ。かなりまずい」
「説明!」
「町ごと飲まれ始めてる」
「規模デカくなってない!?」
列車は音もなく停車した。ホームには、誰も降りてこない。
だが、ガタン、と。一番後ろの車両の扉だけが開く。
暗い車内、その奥から、誰かの声がした。
「……姉ちゃん」
女性が息を呑む。
昼間に相談へ来た、あの人だ。蒼士は彼女も連れて来ていた。
そして、車両の奥から、青年がふらふら出てくる。
「お、おい……」
真琴は目を見開く。
生きている。だが顔色が異様に悪い。
青年は怯えた目で周囲を見回した。
「帰れないんだよ……」
震える声だった。
「何回降りても、またここに戻るんだ」
列車の中を振り返る。
その目には、完全に恐怖が浮かんでいた。
「ずっと乗ってる人がいるんだ……」
ホームへ冷たい風が吹く。
その瞬間、列車の窓の奥で、無数の人影が、一斉にこちらを向いた。
真琴の全身に鳥肌が立つ。
「うわぁ……!」
蒼士が前へ出る。
「真琴、ひより。青年連れて下がれ」
「え?」
「星乃、境界押さえろ」
星乃が静かに頷く。
真琴は慌てる。
「おい蒼士、お前何すんだ!?」
蒼士は列車を睨んだまま、小さく息を吐いた。
「迎えが来た」
夜光列車の扉の奥。
暗い車内から、ゆっくり人影が現れる。
カツ、カツ、と硬い靴音。
古い制帽に黒い駅員服。顔は影に隠れて見えない。だが真琴は覚えていた。
前に見た、“存在しない駅”の案内人。
ホームの空気が一気に冷える。
青年は悲鳴みたいな声を漏らした。
「そいつだ……!」
案内人は何も言わない。ただ静かにホームへ降り立つ。
その瞬間、カチ、と音を立てて駅の時計が全部止まった。
十一時五十八分。
世界ごと止まったみたいな静けさ。
ひよりが小声で呟く。
「うわ、めちゃくちゃ嫌な演出」
「感想が軽いな!?」
だが真琴も同じ気持ちだった。
怖い。でもどこか、“寂しい”。
案内人はゆっくり蒼士を見る。
そして。
「……また来たのか」
低い声だった。
真琴は目を見開く。
「喋った!?」
「喋るだろ、駅員だし」
「そういう問題じゃない!」
蒼士は前へ出る。
「今回は乗客返してもらうぞ」
「帰る場所がない」
案内人は淡々と言う。
「だから列車が拾う」
その言葉に、真琴は息を呑む。
帰れない人。居場所を失ったもの。夜光列車は、そういう存在を集めている。
蒼士が静かに睨む。
「拾いすぎだ」
「町が崩れている」
案内人はホームの向こうを見る。
「境界が薄い。迷う者が増える」
その声に感情はない。
ただ事実を告げているだけだ。
星乃がぽつりと呟く。
「……列車も困ってる」
真琴は振り向く。
「は?」
「この列車、悪意だけじゃない」
星乃は夜光列車を見つめる。
窓の奥でぼんやり揺れる人影たち。
「帰れないものを集めてる」
「それの何が問題なんだよ」
「帰る場所がないまま乗せ続けてる」
静かな声だった。
蒼士が小さく息を吐く。
「だから限界が来てる」
その瞬間、列車の中から、無数の声が聞こえ始めた。
『帰りたい』
『家はどこだ』
『降りられない』
『まだ着かないのか』
真琴の頭がくらりとする。
「っ……!」
車内の窓へ、人影が次々張り付く。
老人。子供。サラリーマン。学生。みんな疲れ切った顔をしていた。
ひよりが真顔になる。
「これ、かなりヤバいやつでは」
「かなりヤバいやつだな」
蒼士は札を取り出す。
だが、案内人は静かに首を振った。
「壊しても意味はない」
「分かってる」
蒼士は低く答える。
「だから方法探してる」
真琴は混乱していた。
「おい待て。これどうすんだよ」
その時、駅構内アナウンスが、突然ノイズ混じりに鳴り始めた。
『──まもなく、終点──』
雑音が混じり、ブツブツ途切れる声。
『帰れない方は──お乗り換えください』
ホームの照明が、一斉に落ちた。
「うわぁぁ!?」
真っ暗闇になった。
次の瞬間。真琴は、自分の背後に誰かの気配を感じた。
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