まほろば便利屋 第22話
年が明ける頃には、潮見町の空気は、少しだけ変わっていた。
「……何これ」
真琴は駅前の張り紙を見上げる。大きな工事計画図。
『潮見町再開発事業』
駅前商店街。旧住宅地。空き地。古い倉庫街。色々な場所へ赤線が引かれている。
しかも。
「うわ、雪町も入ってる」
ひよりが地図を覗き込んだ。
「かなり広いね」
「嫌な予感しかしない……」
真琴は眉をひそめる。
最近、町の古い場所がどんどん消えている。雪町郵便局もそうだった。ああいう“忘れられたもの”は、この町では怪異と強く結びついている。
つまり、絶対に何か起きる。その予感だけはあった。
真琴はため息を吐きながら、まほろば便利屋の扉を開ける。
「おはよー……」
瞬間。
「大変なのじゃー!」
しろが突っ込んできた。
「うわっ!?」
勢いのまま腹へタックルされる。
軽いけど痛い。
「何だ何だ!?」
「神社が消えるのじゃ!!」
真琴は固まる。
事務所の中では、蒼士が珍しく真面目な顔で新聞を読んでいた。
ひよりも表情が硬い。
星乃だけが、窓の外を見ている。
「……やっぱり始まった」
その呟きに、真琴の嫌な予感がさらに強くなる。
蒼士は新聞を机へ置いた。
見出しには、『潮見町大型再開発 本格始動』と書かれている。
「しろの神社、移転対象だ」
「マジかよ……」
しろは涙目で机を叩く。
「移転とか嫌なのじゃ! あそこじゃないと駄目なのじゃ!」
くろ兄も珍しく落ち着きがない。尻尾を苛立たしげに揺らしている。
蒼士が静かに言う。
「土地神は“場所”と結びつきが強い。神社ごと消えると、存在が不安定になる」
真琴は息を呑む。
しろが元気だったのは、神社が戻ったからだ。それがまた消えたら──。
「……消えるのか?」
しろは答えない。代わりに、ぎゅっと真琴の服を掴んだ。その小さな手が震えていて、真琴は、胸の奥が妙にざわつく。
その時、ガタン、と窓が鳴った。
全員が振り向く。窓の外で、昼間なのに、一瞬だけ、線路みたいな影が見えた。
「……今の」
真琴が呟く。
星乃が静かに目を細めた。
「夜光列車」
空気が凍る。
少し前に遭遇した、“存在しない駅へ向かう列車”。
あれが、また現れ始めている。
蒼士の表情が険しくなった。
「早すぎるな……」
「何が」
「町の境界が崩れ始めてる」
「また説明不足!」
ひよりが窓を見る。
「最近、変な噂も増えてるよ」
「噂?」
「“帰れない人”」
真琴は眉をひそめる。
「何それ」
「家に帰ろうとしたのに、知らない駅へ出たとか。何時間歩いても同じ道だったとか」
その話を聞いた瞬間、真琴の背筋に寒気が走る。
夜光列車だ。あれと同じ気配。
蒼士は静かに立ち上がった。
「……動くぞ」
「どこへ?」
蒼士は窓の外を見る。
冬の曇り空。その向こうを、何かが走った気がした。
「町が“迷い始めてる”」
その声は、今までになく真剣だった。
潮見町の空は、重たい灰色だった。雪こそ降っていないが、海風が冷たい。
真琴たちは駅前商店街を歩いていた。
「……で、何すればいいんだよ」
「聞き込み」
蒼士が即答する。
「探偵みたいなこと始まった」
「便利屋だからな」
「その言葉万能じゃないから!」
商店街はいつもより静かだった。閉まった店も増えている。
工事予定の貼り紙。移転セール。“長年ありがとうございました”の文字。
町の景色が少しずつ変わっている。
真琴はそれを見ながら、妙に落ち着かない気分になっていた。
ひよりがスマホを見せてくる。
「噂、結構広がってる」
「どれ」
『終電で知らない駅に着いた』
『海沿いの道がループした』
『帰宅途中に鳥居だらけの場所へ出た』
「うわぁ……」
完全に怪異案件だった。
星乃は静かに周囲を見ている。
「……町の音が変」
「音?」
「迷ってる感じ」
抽象的すぎる。だが今の潮見町には、確かに妙な違和感があった。
人はいる。店も動いている。なのに、どこか“輪郭”が曖昧だ。
すると。
「あの、すみません……!」
突然、若い女性が声をかけてきた。
二十代くらいだろうか。顔色が悪く、かなり焦っている。
蒼士が振り向く。
「どうしました?」
「その……変なこと言うんですけど」
「慣れてるので大丈夫です」
「便利屋って何?」
真琴が小声で突っ込む。
女性は少し迷ってから話し始めた。
「弟が、昨日から帰ってなくて……」
空気が変わる。
「警察には?」
「相談しました。でも、携帯も繋がらなくて」
「最後にどこにいたか分かるか?」
蒼士が聞く。
女性は小さく頷いた。
「駅です」
真琴の胸がざわつく。
「終電に乗るって連絡が来て、そのあと……」
女性は震える声で続けた。
「“変な駅に着いた”ってメッセージだけ届いて」
ひよりがスマホ画面を見せてもらう。
そこには短い文が残っていた。
『帰れない』
真琴の背筋が冷える。
夜行列車と同じだ。
蒼士は静かに聞く。
「どこの駅だ?」
「それが……分からないんです」
女性はスマホ写真を見せた。
暗いホーム。古い駅名標。だが文字が滲んで読めない。ただ一つだけ見える。白い光。夜霧みたいなもの。
そして、ホームの奥に立つ、人影。
真琴は息を呑む。
「……あれ」
その影には見覚えがあった。
帽子を被った、駅員みたいな格好。顔は見えない。でも、間違いない。夜行列車で見た、“存在しない駅”の案内人だ。
蒼士の目が鋭くなる。
「夜光列車、もう動いてるな」
「おい待て、早くないか!?」
「町が崩れてるからだ」
蒼士は空を見上げる。
「居場所をなくしたもんが増えると、“向こう側”との境界が近くなる」
真琴は言葉を失う。
再開発で消えていく町。忘れられる場所。それが全部、怪異へ繋がっている。
女性が不安そうに聞く。
「弟、戻ってきますよね……?」
真琴は答えられなかった。
だが蒼士は静かに頷く。
「連れて帰る」
その声だけは、妙に強かった。
そして、遠くで電車の警笛が鳴る。
昼間なのに、まるで夜の列車みたいな、不気味に長い音だった。
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