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キャラ文芸短編集  作者: 倉木元貴


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まほろば便利屋 第21話

 透が消えたあとも、雪は静かに降り続いていた。

 真琴たちはしばらく、その場から動けなかった。

 桜の木。白い夜。そして、手紙を抱きしめる澄江。まるで時間だけが置いていかれたみたいだった。


 やがて澄江は、小さく息を吐く。


「……ほんとに、遅いんだから」


 その声は怒っているようで、どこか優しかった。

 真琴は少し視線を逸らす。

 何十年も前の手紙。届かなかった想い。でも、ちゃんと届いた。それだけで救われることもあるのだと、少し分かった気がした。


 澄江は便箋を大事そうに畳む。


「ありがとうねぇ」


 彼女は真琴たちへ頭を下げた。


「届けてくれて」


「いや、俺らはほとんど何も……」


「そんなことないよ」


 澄江は笑った。


「待ってるだけじゃ、届かないものもあるから」


 その言葉に、蒼士が少しだけ目を細める。だが何も言わなかった。

 風が吹く、すると、周囲に浮かんでいた町の幻が、少しずつ薄れていく。

 昔の家並み。人影。灯り。全部が静かに夜へ溶けていった。


 ひよりが小さく呟く。


「……終わったんだ」


 星乃は空を見上げる。


「寂しい?」


「少しな」


 蒼士が答えた。その声は静かだった。

 やがて澄江は帰っていく。雪道をゆっくり、ゆっくりと。その背中を見送ってから、真琴たちも坂を下り始めた。

 帰り道。雪町は来た時より静かだった。だが不思議と、寒さは少しだけ柔らかい。


 真琴はふと聞く。


「……郵便局、どうなるんだろうな」


「役目終わったなら消えるかもな」


 蒼士が言う。


「そういうもんなのか」


「怪異ってのは案外そんなもんだ」


 少し寂しそうな言い方だった。

 やがて。旧雪町郵便局へ戻ってくる。古いレンガ造りの建物。ぼんやり点いていた灯りは、もう消えていた。

 真琴は入口を開ける。

 ギィ、と古い音。

 中は静まり返っていた。机も、椅子も、仕分け棚も、全部がただの古い廃墟へ戻っている。まるで最初から誰もいなかったみたいに。

 だが。カウンターの上に、一枚だけ紙が置かれていた。


 真琴は近づく。

 古い配達票だった。


『最終配達 完了』


 その下には、小さな文字。


『ありがとうございました』


 ひよりが少し笑う。


「真面目だなぁ、透さん」


 真琴も思わず笑ってしまう。


「最後まで郵便屋だったな」


 星乃はカウンターへ触れながら呟く。


「……ちゃんと届いてよかった」


「ああ」


 真琴は頷く。

 外へ出る。その瞬間、空から、ふわりと雪が舞い降りた。

 今夜一番の、本格的な雪だった。

 白く染まっていく町を見ながら、蒼士が小さく言う。


「帰るか」


 真琴は息を吐く。

 冷たい空気。でも、胸の奥は少し温かかった。

 そして四人は、雪の降る潮見町へ歩き出す。灯りのある場所へ。帰る場所へ。


 翌日。まほろば便利屋。


「寒ぅ……」


 真琴は事務所へ入った瞬間、こたつへ飛び込んだ。

 もう駄目だった。外が寒すぎる。

 昨日の雪で潮見町はすっかり冬景色になっていた。


 ひよりがみかんを投げてよこす。


「おかえり」


「雑!」


 だが普通に受け取る。完全に馴染んでいた。

 こたつの向こうでは、星乃が丸くなっている。ここが定位置だった。


「……あったかい」


「お前もうここから動かないだろ」


 蒼士はソファでカップ麺を食べていた。


「昼飯いるか?」


「またラーメンかよ……」


「冬はうまいぞ」


「否定はしない」


 事務所には、いつもの空気が戻っていた。

 雪町郵便局の件は終わった。透も、もういない。けれど不思議と、悲しいだけではなかった。ちゃんと届いたからだろう。


 真琴はぼんやり天井を見る。


「……なあ」


「ん?」


 蒼士が振り向く。


「お前、“帰れなかったやつがいた”って言ってたよな」


 一瞬、空気が静かになった。

 蒼士は数秒黙り、やがて苦笑する。


「覚えてたか」


「そりゃ気になるだろ」


 蒼士はカップ麺を置く。窓の外では、雪がちらついていた。


「昔の話だ」


「便利屋始める前?」


「もっと前」


 それ以上は、また話さなかった。

 真琴はむっとする。


「毎回それだな」


「ミステリアス担当だからな」


「自分で言うな」


 ひよりが笑う。


「でも蒼士さん、ちょっとだけ喋るようになったよね」


「そうか?」


「前はもっと胡散臭かった」


「今も十分胡散臭いだろ」


「否定できない」


 蒼士は肩を竦める。

 その時、事務所のドアが開いた。冷たい風と一緒に、小さな白い影が飛び込んでくる。


「しろだー!」


 ひよりが即座に抱き上げた。白い着物姿の小さな土地神。しろは不満そうにじたばたする。


「寒いのじゃ!」


「神様なのに?」


「神も寒いものは寒い!」


 その後ろから、巨大黒狐──くろ兄も入ってきた。

 当然みたいにこたつへ直行する。


「おい勝手に入るな!」


 くろ兄は無視して油揚げを咥えた。


「どこから持ってきた!?」


 事務所が一気に騒がしくなる。

 星乃は少し笑っていた。その顔を見て、真琴は何となく思う。

 透が言っていたこと。


 “待ってる人がいるなら届けたい”。


 きっと、居場所も同じなのだ。誰かが待っている場所は、ちゃんと帰る場所になる。

 こたつへ潜り込みながら、真琴はため息を吐く。


「……平和だなぁ」


 すると、事務所の電話が鳴った。

 全員が止まる。嫌な沈黙。


 蒼士だけが笑った。


「次の依頼だな」


「嫌な予感しかしねぇ!!」


 雪の降る潮見町。今日もきっと、この町のどこかで、少し不思議なものたちが、誰かを待っている。

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