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キャラ文芸短編集  作者: 倉木元貴


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まほろば便利屋 第18話

 初雪は、静かだった。

 街灯の光をゆっくり横切りながら、白い粒が夜の町へ降っていく。


「……うわ」


 真琴は思わず空を見上げた。

 本当に降るとは思わなかった。吐く息も白い。手が冷たい。

 その前を、透が静かに歩いている。古い郵便鞄。紺色の制服。雪の夜道が妙に似合っていた。


 ひよりが手を伸ばす。


「積もるかな」


「テンション上がるの小学生なんだよなぁ」


「真琴だってちょっと嬉しそう」


「……否定はしない」


 星乃は降ってくる雪を不思議そうに見ていた。


「空の欠片みたい」


 その言葉に、真琴は少し笑う。


「星乃らしい感想だな」


「……変?」


「いや、嫌いじゃない」


 星乃が少しだけ目を丸くした。その横で、蒼士がぼそっと言う。


「青春だな」


「違うからな!?」


 雪町の夜道を進む。

 不思議なことに、人の姿はほとんどない。店も閉まっている。町そのものが眠っているみたいだった。


 透が小さく言う。


「夜の配達は、静かな方が好きです」


「何で?」


 真琴が聞くと、透は少し考える。


「……手紙の声が聞こえるので」


「怖い言い方やめろ」


「比喩です」


「だろうな!?」


 だが透の表情は真面目だった。


「嬉しい手紙と、悲しい手紙は、少し違うんです」


 そう言って、鞄を軽く叩く。


「長く配ってると、分かるようになります」


 真琴は少し黙る。この幽霊、本当に郵便屋なんだなと思った。

 やがて透は、古いアパートの前で立ち止まった。

 二階建ての年季の入った建物。明かりは一室だけ点いている。


 透は鞄から封筒を取り出した。


「ここです」


「普通に配るんだな……」


 透は階段を上がる。だが足音がしない。幽霊だからだろう。何かそれが妙に寂しかった。


 二〇三号室。


 透は静かに郵便受けへ手紙を入れた。


 その瞬間、部屋の中で、誰かが息を呑む気配がした。

 真琴たちは思わず顔を見合わせる。

 すると、ゆっくり扉が開き、出てきたのは、年配の男性だった。


 眠そうな顔。


 だが郵便受けの手紙を見た瞬間、その表情が変わる。


「……え」


 震える手で封筒を開く。

 中身を読んで、男性は長い間動かなかった。


 そして、小さく笑う。


「馬鹿だなぁ……あいつ」


 その声は泣きそうだった。

 真琴はそっと透を見るが透は何も言わない。ただ静かに帽子へ触れ、軽く会釈した。

 でも男性には見えていない。


 そのまま透は歩き出す。真琴は慌てて追いかけた。


「……なあ」


「はい?」


「今の、誰からの手紙だったんだ?」


 透は少し空を見上げる。


「昔の友人からです」


「昔?」


「十五年前に亡くなった人です」


「……っ」


 真琴は息を止める。

 透は穏やかに続けた。


「謝りたかったみたいですよ」


 雪が降る。町は静かだった。


 ひよりがぽつりと呟く。


「……届くんだね」


「はい」


 透は少し笑う。


「遅くなっても、届く時は届きます」


 その横顔を見て真琴は、透自身の手紙のことを思い出していた。まだ届けられていない、たった一通の手紙を。

 雪は、少しずつ強くなっていた。白い粒が街灯の周りをくるくる回る。

 真琴たちは透の後ろを歩きながら、静かな雪町を進んでいた。


 時刻はもう深夜だ。普通なら、とっくに寝ている時間だった。


「……俺、何でこんな時間に幽霊の配達見学してるんだろ」


「人生には勢いが必要だからな」


 蒼士が言う。


「便利屋に誘った張本人がそれ言う!?」


 ひよりは自販機を見つけて立ち止まった。


「あ、ココア」


「自由だなお前」


 結局、全員分買う。

 星乃は温かい缶を両手で抱えていた。


「……あったかい」


「猫か」


 その時、透がふと足を止めた。

 古い住宅街。一軒家の前だった。

 灯りは消えている。静かな家だ。

 透は鞄の中から、一通の封筒を取り出す。


 少し色褪せた紙。だが、赤い文字だけはやけに目立っていた。


『合格通知』


 真琴が目を瞬く。


「……大学?」


「三十二年前のものです」


「うわ長っ」


 透は門の前へ立つ。

 けれど、すぐには入らなかった。何故か少し迷うように、その封筒を見つめている。


 ひよりが小声で聞く。


「届けてないの?」


「……この家の人、もう受け取れないので」


「え?」


 透は静かに続けた。


「受験した本人は、通知が届く前に亡くなりました」


 風が吹く。雪が、さらさら舞った。

 真琴は言葉を失う。


 透は封筒を見下ろしたまま、小さく言う。


「だから、ずっと残ってたんです」


 星乃がそっと聞いた。


「……じゃあ、どうするの?」


 透は少し考える。

 それから、門柱の横へしゃがみ込んだ。

 古い表札。雪の積もった玄関。


 透はその前へ、そっと封筒を置く。


「家族には、届くかもしれないので」


 その声は静かだった。

 ちょうどその時、家の中で灯りが点いた。


 真琴たちは反射的に隠れる。


「何で俺らコソコソしてんの!?」


「深夜訪問だからな」


「お前が言うな!」


 玄関が開く。

 出てきたのは、高齢の女性だった。

 眠そうに辺りを見回し──足元の封筒に気づく。


「あら……?」


 女性は震える手で拾い上げた。そして、封筒の文字を見た瞬間、固まる。

 長い沈黙。やがて女性は、小さく笑った。


「……今さら、届くの」


 泣きそうな声だった。

 真琴は胸の奥が少し痛くなる。


 女性は封筒を抱きしめる。


「お父さん、喜ぶわねぇ……」


 ぽつりと、そう呟いた。

 透は静かに帽子へ触れる。その顔は少し安心したみたいだった。

 やがて女性が家へ戻ると、透はまた歩き出した。

 真琴はしばらく黙っていたが、やがて小さく聞く。


「……全部、届けるつもりなのか?」


「はい」


「終わるのか、それ」


 透は少し困った顔で笑う。


「終わらないかもしれません」


「じゃあ何で」


 透は前を向いたまま答える。


「待ってる人がいるなら、届けたいので」


 その言葉は、雪の夜みたいに静かだった。

 真琴は何となく、隣を歩く蒼士を見る。蒼士は珍しく何も言わない、ただ、静かな目で透を見ていた。

 その横顔が少しだけ寂しそうに見えて、真琴は、ふいに口を開いた。


「……なあ蒼士」


「ん?」


「お前さ」


 冷たい夜風が白い雪を舞い散らせる。

 真琴は前を向いたまま聞く。


「何で便利屋なんかやってるんだ?」

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