表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キャラ文芸短編集  作者: 倉木元貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/36

まほろば便利屋 第17話

 部屋の空気が、しんと静かになる。

 真琴は封筒と透を交互に見た。


「……これ、お前の?」


 透は少し困ったように笑った。


「みたいですね」


「他人事みたいに言うなよ」


 星乃がそっと封筒を持ち上げる。

 古い紙だった。けれど、不思議と破れそうな感じはない。大事に残され続けたものみたいだった。


 ひよりが首を傾げる。


「透さん、自分の手紙届けてないの?」


 透は少し黙る。

 それから静かに答えた。


「……最後まで、届けられなかったので」


 真琴は眉をひそめた。


「最後?」


 外で風が鳴る。

 郵便局の古い窓ガラスが、かたんと揺れた。


 透は机の手紙を整えながら言う。


「雪の日でした」


 その声は穏やかだった。


「配達の途中で、事故に遭ったんです」


 真琴は息を止める。

 透はもう死んでいる。それを、あまりにも自然に話すから。


「だから、途中で止まっちゃったんです」


 透は少し笑った。諦めたみたいな笑い方だった。


 ひよりが小さく聞く。


「その手紙、大事なやつ?」


 透は少し考える。それから頷いた。


「たぶん」


「たぶん?」


「中、読んでないので」


「えぇ……」


 真琴が呆れた声を出す。


「自分の手紙だろ?」


「配達員が勝手に開けるわけにはいきませんから」


「真面目か!」


「真面目です」


 即答だった。

 星乃が封筒を見つめる。


「……届けたいの?」


 透は、静かに目を伏せた。


「届けたかった、ですね」


 過去形だった。

 真琴はそれが少し引っかかる。


 その時、カタン、と音がした。


 郵便受けだ。

 全員が振り向く。誰もいない入口。

 なのに、赤いポストへ一通の封筒が落ちていた。


「うわっ」


 真琴は思わず肩を跳ねさせる。


「今誰もいなかったよな!?」


「届いたね」


 ひよりが普通に言う。


「慣れるな!」


 透は慣れた手つきでポストを開ける。

 取り出した封筒を見て、少し困った顔になった。


「またですか……」


「何だ?」


 真琴が覗き込む。

 宛先欄には、何も書かれていなかった。真っ白だ。差出人もない。ただ、封筒だけがそこにある。


 透は小さくため息をつく。


「最近増えてるんです。“帰れない手紙”が」


 その言い方に、真琴は少し嫌な予感を覚えた。


「帰れない?」


「届け先が消えた手紙です」


 郵便局の灯りが、また揺れる。

 透は静かに続けた。


「町が変わると、行き場をなくすものがあるんです」


 その瞬間、真琴は、解体予定の貼り紙を思い出した。

 古い建物。消えていく場所。誰にも読まれないままの想い。この郵便局自体が、そういうものを集めている気がした。


 蒼士が壁の古い掲示板を見上げる。


「雪町地区、かなり再開発進んでるな」


「はい」


 透は頷く。


「昔より、人も減りました」


 その声は静かだった。

 寂しいとか悲しいとか、そういう感情を飲み込んだ声。


 すると、蒼士が何気なく聞いた。


「何でそこまでして配る?」


 透は少し驚いた顔をした。だが、すぐに小さく笑う。


「……届かなかったままだと、寂しいでしょう」


 真琴は言葉に詰まる。

 透は本当に、それだけなのだ。恨みも怒りもない。ただ、“届けたかった”。

 その時だった。郵便局の奥。閉じていたはずの古い仕分け棚から、ばさりと大量の手紙が落ちた。


「うわっ!?」


 真琴が飛び退く。

 散らばった封筒の中、一通だけ、真新しい手紙が混ざっていた。

 白い封筒。そこに書かれていた宛名を見て。


 真琴は、思わず固まる。


『九条蒼士様』


 空気が止まった。

 真琴は封筒と蒼士を交互に見る。


「……は?」


 白い封筒だった。新しい。今の時代の紙だ。

 黄ばんだ古い手紙の中で、それだけ妙に浮いている。


 しかも。


『九条蒼士 様』


 はっきりそう書かれていた。

 ひよりが目を丸くする。


「蒼士さん宛て?」


 星乃も不思議そうに首を傾げる。

 透だけが静かにその封筒を見ていた。


「珍しいですね」


「何が?」


「“生きてる人”宛ては」


「さらっと怖いこと言うな」


 真琴は思わず後退した。

 蒼士は数秒黙っていたが、やがて封筒を拾い上げる。

 その表情はいつも通り……に見えた。でも長い付き合いじゃない真琴でも分かる。


 少しだけ、顔色が違う。


「差出人は?」


 透が確認する。

 だが封筒には何も書かれていなかった。真っ白だ。

 蒼士はしばらく見つめたあと、小さく息を吐く。


「……開けるか」


「いや待て待て」


 真琴が慌てて止める。


「危なくない!?」


「手紙だぞ」


「この郵便局基準で言うな!」


 しかし蒼士は普通に封を切った。

 中には、一枚だけ紙が入っている。短い文章だった。

 蒼士はそれを読んで、ぴたりと動きを止めた。


 真琴が気になる。


「何て?」


 蒼士は少し黙ったあと、紙を折り畳む。


「……ただの古い知り合いだ」


「絶対嘘だろその間!」


 ひよりもじとっとした目になる。


「怪しい」


「便利屋に怪しくない人間いないだろ」


「それはそう」


 納得するな。

 真琴は腕を組む。


「で、何て書いてあったんだよ」


 蒼士は少し困った顔をした。


「“まだ帰れてない”って」


 一瞬、郵便局の空気が冷えた気がした。


 真琴は眉をひそめる。


「帰れてない?」


「……さあな」


 蒼士は珍しく、それ以上話そうとしない。

 その横顔を見て、真琴は少しだけ胸がざわついた。


 まただ。あの時と同じ。

 蒼士は何か知っている。でも、全部は話さない。

 その時、透が静かに立ち上がった。


「そろそろ配達の時間です」


「え?」


 見ると、壁時計が夜十一時を指している。

 止まっていたはずなのに、カチ、カチ、と動いていた。

 透は古い鞄へ手紙を入れていく。その手つきは慣れていて、丁寧だった。


 ひよりが興味津々で聞く。


「配達って、今から?」


「はい。夜しか届かないので」


「めちゃくちゃブラック勤務だな」


「幽霊に労基はないからな」


「嫌な世界」


 透は少し笑った。


「……よければ、来ますか?」


 真琴が固まる。


「どこに」


「配達です」


「嫌な予感しかしない!」


 だが蒼士はもう立ち上がっていた。


「行くか」


「即決!?」


 星乃も静かに頷く。


「……行きたい」


 ひよりも当然みたいに言う。


「面白そう」


「お前ら好奇心どうなってんの!?」


 結局、数分後。真琴たちは、透を先頭に夜の雪町を歩いていた。

 古い郵便鞄を揺らしながら、幽霊の配達員が進んでいく。

 町は静かだった。街灯の灯り。閉まった店。人気のない坂道。冷たい風。

 そして空から──。


「あ」


 星乃が空を見上げる。

 白いものが、ひらりと落ちてきた。


 初雪だった。

おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ