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キャラ文芸短編集  作者: 倉木元貴


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まほろば便利屋 第16話

 潮見町にも、冬の匂いが降りてきていた。

 海風は冷たくなり、商店街では鍋の素と肉まんが幅を利かせ始める季節である。


「寒っ……」


 真琴は制服の襟を押さえながら、自転車を漕いでいた。


 吐く息が白い。


 空はどんより曇っていて、今にも雪が降りそうだった。

 そして目の前には、いつもの雑居ビル。二階にある『まほろば便利屋』の看板は、今日も微妙に胡散臭い。


「おはよーございまーす……」


 事務所へ入った瞬間。


「真琴、コンビニ寄った?」


 蒼士が当然みたいに言った。


「第一声それ!?」


「肉まんある?」


「パシリ扱いが自然すぎるんだよ!」


 ひよりがソファで笑っている。


「蒼士さん、朝から三個食べてたよ」


「育ち盛りだからな」


「何歳だよ!」


 その隣では、星乃がこたつに埋まっていた。

 完全に丸くなっている。


「……動けない」


「お前そんなキャラだったの!?」


 どうやら寒いのが苦手らしい。

 白い髪がこたつ布団へ広がっている。


 ひよりがみかんを渡す。


「ほら」


「……ありがとう」


 完全に冬眠する猫だった。

 真琴が呆れていると、事務所の電話が鳴った。

 全員が見る。嫌な予感しかしない。


 蒼士が受話器を取った。


「はい、まほろば便利屋」


 数秒後。


「あー……なるほど」


 その顔で分かる。ろくでもない依頼だ。


 真琴は先に釘を刺す。


「俺帰っていい?」


「駄目」


 即答だった。

 蒼士は電話を切り、机へメモを置く。


「依頼だ。“夜だけ開く郵便局”らしい」


「また始まったよ」


 真琴は頭を抱えた。

 ひよりは興味津々で身を乗り出す。


「何それ面白そう」


「その感想やめろって」


 蒼士はメモを読み上げる。


「雪町の旧郵便局。もう廃業してる建物なんだが、夜になると誰もいないはずのポストへ手紙が届くらしい」


「怖っ」


「しかも差出人不明」


「怖っ!」


「さらに、建物の中で配達員を見たって証言あり」


「帰る!!」


 だが蒼士は気にしない。


「ちなみに取り壊し予定」


「嫌な予感のフルコースだな!?」


 星乃がこたつから顔だけ出した。


「……郵便局?」


「知ってるのか?」


「わからない。でも、“届く”って素敵」


 真琴は少し黙る。

 星乃は時々、妙に真っ直ぐなことを言う。


 蒼士が立ち上がった。


「まあ行ってみるか」


「軽い!」


「便利屋だからな」


「その言葉万能じゃないから!」


 結局、数時間後、真琴たちは町外れへ来ていた。

 雪町地区。昔は栄えていたらしいが、今はかなり寂れている。

 古い住宅。閉まった商店。人通りの少ない坂道。その奥に、目的の建物はあった。


「……うわ」


 真琴は思わず声を漏らす。

 旧・雪町郵便局。赤レンガ造りの古い建物だった。

 窓ガラスは曇り、看板の文字も掠れている。入口には、『解体工事予定』の貼り紙。

 完全に“出る”雰囲気だった。


 ひよりがスマホを構える。


「雰囲気いいなー」


「ホラー好きの感性なんだよお前!」


 すると、星乃がふいに建物を見つめた。


「……誰かいる」


 真琴が固まる。


「え?」


 次の瞬間。


 カラン──。


 郵便局の奥で、鈴みたいな音が鳴った。閉まっているはずの建物の中。ぼんやりと、灯りが点いていた。

 しかも、さっきまで確実に暗かった。


「……見間違いじゃないよな?」


 真琴は恐る恐る確認する。

 ひよりはあっさり頷いた。


「点いたね」


「軽いな!?」


 古びた窓の向こうで、橙色の灯りがぼんやり揺れている。

 人の気配まであった。

 カタン、という机を動かすような音。紙をめくる音。


 真琴は嫌そうな顔になる。


「営業中じゃないよな……?」


「廃業して十年以上らしいぞ」


 蒼士がスマホを見ながら言った。


「やめろその追加情報!」


 星乃は静かに建物を見つめている。


「……寂しい音がする」


「音で感情分かるの?」


「なんとなく」


 便利な感覚である。

 蒼士は入口へ近づいた。古い木製扉。鍵は閉まっている……はずだった。

 だが。


 ギィ、と。


 蒼士が押した瞬間、普通に開いた。


「開くんかい!」


「ごめんくださーい」


 蒼士が軽く言う。


「コンビニ感覚で入るな!」


 中は古い郵便局そのままだった。

 受付窓口。木の長椅子。色褪せたポスター。止まった時計。けれど不思議と埃っぽくない。まるで今でも営業しているみたいだった。

 そして。


 カタ、カタ……。


 奥から、誰かが手紙を仕分ける音が聞こえてくる。

 真琴は蒼士の服を掴んだ。


「なあ、帰らない?」


「もう入ったし」


「それが怖いんだよ!」


 奥の作業室を覗く。

 そこにいたのは、一人の青年だった。

 紺色の古い制服に肩掛け鞄。少し長めの黒髪。年齢は二十代くらいだろうか。

 青年は、大量の手紙を机へ並べていた。


 だが──足元が少し透けている。


「うわ本物だ!?」


 青年は、ゆっくりこちらを振り向いた。

 驚いたように目を瞬く。


「……客?」


「便利屋です」


 蒼士が平然と答える。


「便利屋……?」


 青年は少し困った顔をした。


「郵便局に便利屋って必要ですか」


「最近は何でもありなんだよ」


「世知辛いですね」


 普通に会話した。

 真琴は頭を抱える。


「何で成立してんだよ……」


 青年はぺこりと頭を下げる。


「冬川透です。元配達員でした」


「“元”っていうか現在幽霊だよな?」


「まあ……はい」


 認めた。

 透は少し気まずそうに視線を逸らす。

 敵意はない。むしろ妙に真面目そうだった。


 ひよりが机の上を覗き込む。


「手紙いっぱい」


 机には大量の封筒が積まれていた。

 古いものばかりだ。黄ばんだ封筒、滲んだ文字、宛先のない手紙まである。


 真琴は一枚を見て眉をひそめる。


「……昭和?」


「届かなかった手紙です」


 透は静かに言った。


「届けられなかった想いが、ここへ来るんです」


 郵便局の灯りが、少し揺れる。

 外では冷たい風の音。その空気が妙に静かで、真琴は、少しだけ胸がざわついた。

 透は手紙を撫でるみたいに整えながら続ける。


「喧嘩したまま渡せなかった手紙とか。書いたけど出せなかった手紙とか」


 その声は、とても優しかった。


「だから僕が配るんです」


 真琴が小さく聞く。


「……ずっと?」


「はい」


「一人で?」


 透は少し笑った。


「郵便屋ですから」


 その言葉が、妙に寂しかった。

 すると、星乃が一通の封筒を見つめていた。


「……これ」


 真琴も覗き込む。

 古い白封筒。宛名は薄れてほとんど見えない。けれど差出人欄だけは読めた。


『冬川透』


「え?」


 真琴が顔を上げる。

 透は、一瞬だけ動きを止めた。

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