まほろば便利屋 第15話
星乃の身体が、夜空みたいに輝いていた。
白銀の光が展望台へ溢れ、周囲の星喰いたちがざわめく。
空の裂け目の向こうでは、“何か”がこちらを覗いている。巨大すぎて輪郭も分からない。ただ、見られているだけで寒気がした。
真琴は半泣きで叫ぶ。
「もう嫌だぁ!!」
「元気だな」
「どこが!?」
蒼士は札を構えたまま空を睨んでいる。だが、珍しく余裕が薄かった。
「……さすがにアレはまずい」
「初めてまともな危機感見せたな!?」
ひよりが小声で言う。
「どうするの?」
蒼士は短く答えた。
「門を閉じる」
「簡単に言うなぁ!」
「星乃ちゃんが鍵になってる」
真琴は顔をしかめる。
「それってつまり……」
「星乃ちゃんを帰せば閉じる可能性が高い」
空気が静かになる。
星乃が小さく俯いた。
真琴は言葉に詰まった。
帰れば、この異常は終わる。でも、それってつまり別れだ。
ひよりも珍しく黙っている。
星乃はぽつりと呟いた。
「……やっぱり、帰らないと駄目だよね」
その声が、妙に寂しくて、真琴は頭を掻いた。
「いや、その……」
うまく言葉が出ない。
数日前まで他人だった。怪異かもしれない。でも、一緒に飯食って、話して、山登って、気づけば普通に隣にいた。
そんな相手に、「じゃあ帰れ」と簡単には言えなかった。
その時、蒼士が静かに口を開く。
「無理に帰る必要はない」
真琴が振り向く。
「え?」
蒼士は星乃を見る。
「居たい場所があるなら、そっちを選べ」
星乃が目を見開いた。
「でも……門が」
「閉じればいい」
「簡単に言うな!」
「何とかする」
「その台詞信用ならねぇ!」
しかし蒼士の目は本気だった。
真琴はふと気づく。
この人、最初から星乃を“怪異”として見ていない。まるで──昔から知っている誰かみたいに。
星乃が震える声で聞く。
「……どうして、そんなこと言うの?」
蒼士は少しだけ困ったように笑った。
「昔、俺も拾われたからな」
真琴が固まる。
「は?」
ひよりも「おぉ」と声を漏らした。
蒼士は空を見上げる。
「帰る場所がなくても、生きてていいって言われたことがある」
その横顔は、いつもよりずっと大人びて見えた。
「だから今度は、俺が言う番だ」
星乃の瞳が揺れる。
次の瞬間、空の“何か”が、大きく脈打った。
ゴォォォン──。
低い音が山全体へ響き、裂け目がさらに広がる。
「うわ! また悪化してる!!!」
星喰いたちが暴れ始めた。
白い光が吹雪みたいに舞い、展望台を覆う。巨大怪異も苦しそうに吠える。
蒼士が札を構えた。
「真琴! 展望台中央の石碑見えるか!」
「え!? あの古いやつ!?」
展望台の中央には、小さな石碑が立っていた星降り伝説でも書かれていそうな古びた碑。
「そこが門の核だ!」
「急にゲームみたいなこと言うな!」
「札貼ってこい!」
「俺!?」
「頑張れ」
「雑ぅ!!」
だがやるしかない。
真琴は札を引っ掴み、白い光の中へ飛び出した。
星喰いたちが周囲を旋回する。冷たい。怖い。でも──。
「うおぉぉぉっ!!」
半泣きで石碑へ札を叩きつける。
その瞬間、展望台全体へ白い紋様みたいな光が走った。
空気が震え、空の裂け目が、一瞬だけ止まった。
そして、星乃が、静かに前へ出る。まるで星空の中心に立つみたいに、展望台の中央で、星乃が静かに空を見上げていた。
白銀の光が髪を揺らす。まるで夜空そのものが、人の形になったみたいだった。
空の裂け目はまだ開いている。その向こうの“何か”は、じっとこちらを見下ろしていた。けれど、さっきより動きが鈍い。
真琴が石碑へ張り付いたまま叫ぶ。
「これで合ってんのか蒼士ぃ!?」
「たぶんな!」
「その“たぶん”やめろ!」
札から伸びる白い紋様が、展望台全体へ広がっていく。
地面に古い文字みたいな光が浮かび上がった。
ひよりが感心した声を出す。
「わ、魔法陣っぽい」
「雰囲気で言うな!」
蒼士は星乃へ視線を向ける。
「星乃ちゃん」
星乃が振り返る。
「門を閉じるには、お前が“ここに居る”って決めろ」
「……ここに?」
「帰る場所は、自分で決めていい」
静かな声だった。
星乃は少し戸惑ったように目を伏せる。
「でも、私は……人間じゃないかもしれない」
「今さらだろ」
真琴が思わず言った。
全員の視線が集まる。
「……あ」
勢いで言ってしまった。
でももう止まらなかった。
「幽霊も神様も狐も見たし、今さら星くらいで驚かねぇよ」
ひよりが吹き出す。
「雑なくくり」
「でも実際そうだろ!」
真琴は星乃を見る。
「星乃が何だろうと、もう知り合いだし」
星乃の瞳が揺れた。
真琴は照れ隠しみたいに続ける。
「それに、お前放っとくと危なっかしいんだよ」
「……私?」
「記憶ないまま山ふらつくし!」
「それは確かに」
ひよりも頷く。
「あと放っとくとすぐ迷子になりそう」
「なりそう……」
星乃が少ししょんぼりした。
その空気が少しだけ可笑しくて、緊迫していた展望台に、小さな笑いが戻る。
蒼士がふっと笑った。
「ほら、居場所できたじゃないか」
星乃は、しばらく何も言わなかった。
夜風が吹く。潮見町の灯りが遠くに見える。星見荘。便利屋。一緒に歩いた山道。騒がしい声。温かいご飯。
思い出はまだ少ない。でも、確かにそこに“居た”。
星乃はゆっくり目を閉じる。そして、小さく呟いた。
「……帰りたくない」
その瞬間、展望台の光が強く脈打った。
空の裂け目が大きく揺れる。
空の奥の“何か”が、静かに目を細めた気がした。怒ってはいない。ただ──確かめている。
星乃は顔を上げる。
「私、ここに居たい」
白銀の光が溢れ出す。
星喰いたちが一斉に空へ舞い上がった。巨大怪異が、長く低く鳴く。まるで祝福みたいな声だった。
次の瞬間、展望台の石碑から、無数の光が空へ伸びた。裂け目を縫い合わせるみたいに、夜空が、ゆっくり閉じていく。
ゴォォォ……という低い音。
風。星の光。そして最後に、空の奥の“何か”が、静かにこちらを見た。
真琴は何故か分かった。
あれは迎えではない。見送っている。
そんな気がした。
やがて、裂け目は完全に閉じた。
夜空には、いつもの星だけが残る。風だけが吹いていた。
真琴はへなへなと座り込む。
「……終わった?」
「たぶんな」
「だからその言い方!」
ひよりが笑いながら空を見上げる。
「でも、綺麗だね」
展望台の上には、満天の星空が広がっていた。
その隣で、星乃が小さく笑った。
♢♢♢
翌朝。真琴は知らない天井を見ていた。
「……あれ」
数秒考える。そして思い出した。
「展望台……」
起き上がった瞬間、全身に筋肉痛が走った。
「痛っ!?」
昨日、夜の山を全力疾走したせいだった。
札を貼って転びかけて、星喰いに追い回されて、最後は気絶みたいに寝落ちした記憶がある。
真琴は顔をしかめながら部屋を出る。星見荘の廊下には、朝の光が差し込んでいた。
昨夜の騒ぎが嘘みたいに静かだ。
ロビーへ降りると、いい匂いがした。
「お、起きたか」
蒼士が新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。
その姿がいつも通りすぎて腹が立つ。
「何でそんな平然としてんだよ……」
「よく寝たからな」
「俺は全身バキバキなんだけど!?」
ひよりはテーブルで朝食を食べていた。
「真琴おはよー」
「おはよう……」
「顔死んでる」
「誰のせいだと思ってんだ」
テーブルには焼き魚と味噌汁、それに卵焼きが並んでいる。
和葉が申し訳なさそうに頭を下げた。
「昨夜は本当にありがとうございました……!」
「いやもう色々ありすぎて……」
真琴は遠い目になった。
結局、星見荘自体には大きな被害は出なかったらしい。窓は割れたけど、それくらいで済んだのが奇跡である。
すると厨房の方から、小さな足音が聞こえた。
「……おはよう」
星乃だった。
昨日と同じ白い髪。でも今日は、少しだけ表情が柔らかい。
和葉が嬉しそうに言う。
「朝から手伝ってくれてたんですよ」
「え?」
真琴が見ると、星乃はエプロンを着けていた。
妙に似合っている。
ひよりが笑う。
「卵焼き担当らしいよ」
「へぇ」
真琴は席につきながら星乃を見る。
「……もう光ったりしないのか?」
星乃は自分の手を見る。昨夜みたいな強い光はない。でもよく見ると、指先がほんの少しだけ淡く光っていた。
「少しだけ」
「少しならもう驚かねぇな……」
慣れって怖い。
星乃は真琴の前へ味噌汁を置く。
「どうぞ」
「あ、ありがと」
その時、蒼士が何気なく言った。
「で、今後どうする?」
「何が」
「星乃ちゃん」
ぴたり、と空気が止まる。
星乃は少し不安そうな顔になった。
確かに問題だった。戸籍もないし家族も分からない。そもそも人間かどうか怪しい。かなり詰んでいる。
真琴が頭を抱える。
「現実問題が急に重い……」
ひよりはあっさり言った。
「便利屋で預かれば?」
「犬猫みたいに言うな」
「でも蒼士さんなら普通にやりそう」
「まあ何とかなるだろ」
「出たよその精神!」
すると星乃が、おそるおそる聞いた。
「……駄目?」
真琴は思わず黙る。
その顔で言われると弱い。
蒼士はあっさり頷いた。
「いいぞ」
「軽っ!?」
「部屋余ってるし」
「そういう問題か!?」
ひよりが拍手する。
「新メンバーだ」
「いやまだ決定じゃ」
「よろしく」
星乃がぺこりと頭を下げた。
真琴は抗議しかけて──諦めた。
どうせもう手遅れだ。
蒼士が笑いながら立ち上がる。
「じゃ、帰るか。潮見町へ」
窓の外には、澄み切った青空が広がっていた。夜の怪異なんて最初からなかったみたいに。
けれど真琴は知っている。この町には、今日もきっと。
少し不思議なものたちが、普通みたいに息をしているのだと。
おもしろかったら評価、ブックマークよろしくお願いします




