まほろば便利屋 第14話
展望台に冷たい風が吹き抜ける。
空の裂け目は、ゆっくり脈打っていた。まるで巨大な生き物の傷口みたいに。
真琴は頭を押さえる。
「いや待て待て待て」
情報量が多すぎる。
「つまり星乃は、空から来たってことか?」
星乃は不安そうに頷いた。
「……たぶん」
「“たぶん”便利だな!?」
だが責められる空気でもなかった。
星乃自身、本当に分かっていないのだろう。
蒼士が静かに空を見上げる。
「門が開く時、“向こう側”から時々落ちてくるんだよ」
「だから向こう側って何!」
「昔は“星の海”とか呼ばれてたらしい」
「ふわっとしすぎだろ!」
ひよりが小さく手を挙げた。
「質問です」
「はい」
「蒼士さん、何でそんな詳しいんですか」
ぴたり、と空気が止まる。
真琴も気になっていた。
蒼士は少し困ったように笑う。
「昔、この山で似たようなのを拾った」
「…………は?」
「いや、正確には拾われた側かもな」
「待て待て待て!」
真琴が即座にツッコむ。
「何それ!?」
「長い話だ」
「今しろよ!」
しかし蒼士は答えず、星乃を見る。
その視線はどこか優しかった。
「お前、一人で落ちてきたのか」
星乃は空を見つめる。裂けた夜空。そこから落ちてくる白い星喰いたち。
そして、小さく呟いた。
「……誰かいた気がする」
「誰か?」
「思い出せない。でも、ずっと一緒だった」
その瞬間、巨大怪異が大きく吠えた。
空気が震え、星喰いたちが一斉に空を舞い始めた。
「うおっ!?」
白い光の群れが渦になる。展望台全体を包み込むように。しかも、その中心へ星乃の光が引っ張られていた。
星乃が苦しそうによろめく。
「っ……!」
蒼士がすぐ支える。
「星乃!」
「呼ばれてる……」
星乃の身体がさらに明るく光る。まるで星そのものみたいに。
真琴は歯を食いしばった。
「おい、これヤバいんじゃないのか!?」
「かなりな」
「だから軽いんだよ!!」
蒼士は札を数枚取り出す。
だが視線は空へ向いたままだ。
「門が完全に開いたら、この辺一帯が“向こう側”に引っ張られる」
「はい?」
「星喰いも増える」
「はい!?」
「たぶん潮見町まで降りる」
「最悪じゃねぇか!!」
ひよりが「うわー」と引いた声を出した。
「商店街終わるじゃん」
「被害規模そこ!?」
その時だった、巨大怪異が、ゆっくり星乃へ近づく。
一歩。また一歩。
地面が震える。だが不思議と敵意は薄かった。
黒い空洞みたいな顔が、静かに星乃を見下ろしている。
星乃は震えながら手を伸ばした。
「……あなた、独りなの?」
怪異が悲しそうに低く鳴く。
その声を聞いた瞬間、星乃の瞳から、涙が零れた。
「……あ」
記憶の欠片みたいに、何かを思い出した顔だった。
「この子……待ってたんだ」
「何を?」
星乃は震える声で言う。
「落ちてきた“星”を、帰すために」
展望台に、風が渦巻いていた。
空の裂け目から降る白い光、地面を覆う星喰いたち、その中心で、巨大な怪異は静かに星乃を見つめている。
敵意はなかった。
むしろ──ずっと待っていたような目だった。
真琴は混乱したまま頭を抱える。
「えっと、整理していいか?」
「無理だと思うぞ」
「諦めるな蒼士!」
蒼士は肩を竦める。
「つまりあいつは、“落ちた星を帰す番人”みたいなもんだ」
真琴は巨大怪異を見る。
黒い顔。星明かりでできた身体。怖い見た目なのに、不思議と寂しそうだった。
「……じゃあ何で襲ってきたんだよ」
「腹減って暴走したんだろ」
「獣か!」
「似たようなもんだ」
星乃が怪異へ近づく。
巨大な頭が、ゆっくり下がった。まるで叱られた犬みたいだった。
ひよりが小声で言う。
「ちょっと可愛く見えてきた」
「気のせいであってくれ」
星乃はその黒い顔へそっと触れる。その瞬間、白い光がふわりと広がった。
星喰いたちが静かになる。夜空のざわめきが、少しだけ落ち着いた。
そして星乃は、ぽつりと呟く。
「……思い出した」
蒼士が目を細める。
「何を?」
「私、“落ちた”んじゃない」
星乃は空を見上げた。
裂けた夜空。その向こうに、どこまでも広がる星の海が見える気がした。
「逃げてきたんだ」
真琴が息を呑む。
「逃げた?」
「向こうで、“門”が壊れ始めてた」
空の裂け目が脈打つ。不安定に歪む光。
星乃は苦しそうに続けた。
「星がいっぱい落ちて、みんな消えて……怖くて……」
その声は、年相応の少女みたいに震えていた。
「気づいたら、ここにいたの」
静かな沈黙。
真琴は頭を掻く。
「……じゃあ帰りたいのか?」
星乃は答えなかった。代わりに、潮見町の夜景を見る。
海。灯り。人の暮らし。
それを見つめる瞳は、どこか寂しそうだった。
ひよりがそっと聞く。
「星見荘、嫌だった?」
星乃は慌てて首を振る。
「違う」
「便利屋は?」
「……好き」
真琴は少しだけ目を丸くした。
星乃は俯いたまま、小さく言う。
「ご飯、おいしかったし」
「そこなんだ」
「あと、みんな優しかった」
真琴は思わず視線を逸らした。
こういう真っ直ぐなことを言われると弱い。だが、その空気を壊すように、空の裂け目が大きく震えた。
ズズズ……と、嫌な音が響く。
蒼士の顔色が変わる。
「まずいな」
「今度は何!?」
「門が不安定化してる」
「だから説明!!」
次の瞬間、裂けた空の奥から、“何か”が覗いた。
巨大だった。星喰いより、さらに大きい。目の数すら分からない。夜空そのものが生きているみたいな存在。
真琴の本能が警鐘を鳴らす。
──見ちゃ駄目だ。
「…………っ」
息が詰まる。
ただそこにいるだけで、頭がおかしくなりそうだった。
ひよりですら顔を強張らせる。
「……あれは、ちょっと無理かも」
蒼士が低く呟く。
「“向こう側”の本流が来る」
「日本語で頼む!」
「星乃を連れて帰りに来た」
空の奥の“何か”が、ゆっくりこちらを見た。
その瞬間、星乃の身体が強く光り始める。まるで呼応するみたいに。
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