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キャラ文芸短編集  作者: 倉木元貴


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まほろば便利屋 第13話

 夜の山道は、昼間とは別世界だった。

 懐中電灯の光がなければ、一歩先すらまともに見えない。

 木々の隙間から白い霧が流れ、風が吹くたび枝がざわざわ鳴る。


「……帰りたい」


 真琴は率直に言った。


「まだ五分しか歩いてないぞ」


「十分頑張っただろもう!」


 先頭を歩く蒼士は、片手に懐中電灯、もう片手に札の束という妙な格好をしている。

 その後ろをひよりが軽い足取りでついていき、最後尾を星乃が静かに歩いていた。

 和葉は危険ということで星見荘へ残してきた。


 もちろん真琴も残りたかった。が、却下された。


「しかしすごいねー」


 ひよりが空を見上げる。

 山の上だけあって、星がやたら近い。夜空いっぱいに散った光が、手を伸ばせば届きそうだった。


 真琴もつられて見上げる。


「……うわ」


 思わず声が漏れる。

 潮見町では見えない星の数だ。空そのものが光っているみたいだった。


 すると隣で、星乃がぽつりと呟く。


「……綺麗」


 その横顔は、どこか懐かしそうだった。

 真琴は少し気になって聞く。


「星乃って、星見るの好きなのか?」


 星乃は少し考えてから頷いた。


「たぶん」


「たぶんなんだ」


「でも、安心する」


 夜風が吹く。

 銀色の髪が揺れ、その先が淡く光った。

 やっぱり普通じゃない。でも不思議と怖さは薄れていた。

 最初に会った時より、ずっと人間らしい顔をするようになっている。


 ひよりがにやにやしながら真琴を見る。


「真琴、距離縮まってる?」


「何が」


「青春?」


「違うわ!」


 蒼士が前を向いたまま言う。


「ちなみに怪異相手でもフラグは立つぞ」


「何の話!?」


「便利屋は出会いが多いからな」


「嫌な種類の出会いしかないだろ!」


 そんなやり取りをしていると。

 ふいに、星乃が立ち止まった。


「……いる」


 空気が変わる。

 真琴も思わず息を止めた。

 森の奥。木々の間に、白い光が浮かんでいる。


 一つじゃない。二つ、三つ、十──無数。


「うわぁ……」


 しかも今度は近い。かなり近い。

 光たちは静かに木々の間を漂いながら、こちらを見ていた。


 蒼士が低く言う。


「囲まれたな」


「軽く言うなぁ……」


 白い光の群れは、音もなく近づいてくる。

 その姿はやはりどこか魚の群れみたいだった。

 夜空を泳ぐ生き物。けれど中心の黒い“目”だけが異様に不気味だ。


 ひよりがスマホを向ける。


「写真撮れるかな」


「今!?」


「心霊写真ってバズるよ?」


「その発想やめろ!」


 すると、光の一匹が、すっと星乃へ近づいた。

 真琴は身構える。だが襲わない。その代わり、子犬みたいに星乃の周りをくるくる回った。


「……あれ?」


 星乃がそっと手を伸ばす。白い光は逃げなかった。むしろ甘えるみたいに手へ寄っていく。


 ひよりが目を丸くする。


「懐いてる?」


「そんな犬みたいに言うなよ……」


 蒼士はじっとその様子を見ていた。


「星喰いは本来、人を襲う怪異じゃない」


「え?」


「正確には、“光へ還ろうとするもの”だ」


 真琴は顔をしかめる。


「難しい言い方すんな」


「寂しいものほど、光へ集まるってことだよ」


 一瞬。真琴は幽霊列車の海を思い出した。

 独りだった怪異。帰れなかった幽霊。この町の怪異は、どうしてこうも寂しそうなのか。


 その時だった。


 ドォォン──。


 山の上から、低い音が響いた。空気そのものが揺れる。同時に、夜空が一瞬だけ白く瞬いた。


 真琴が顔を上げる。


「……何だ?」


 山頂。展望台のある方向。そこだけ空が歪んでいた。まるで、夜空に穴が開いているみたいに、山頂の空が、ゆっくり歪んでいた。


 夜空に滲みが広がるみたいに。


 星の光がそこへ吸い込まれ、逆に何かが落ちてきそうな気配がある。


「……いやいやいや」


 真琴は思わず後退した。


「あれ完全にヤバい現象だろ」


「うん、ヤバいな」


「軽い!」


 蒼士は目を細め、山頂を見上げている。

 いつもの飄々とした空気が薄い。本気で警戒している顔だった。


 ひよりもさすがに笑っていない。


「空、割れてない?」


「比喩であってほしかったんだけどな……」


 星乃は苦しそうに胸元を押さえていた。その身体から漏れる光が、さっきより強い。

 周囲を漂っていた星喰いたちも、ざわざわと空へ向かって動き始めている。まるで“呼ばれている”みたいだった。


 蒼士が静かに言う。


「急ぐぞ」


 山道を駆け上がる。砂利を踏む音。荒い息。木々の隙間から、歪んだ夜空がちらちら見えた。


 真琴は走りながら叫ぶ。


「ていうか何なんだよあれ! 説明!」


「昔、この山には“星降り”の伝承がある」


「今!?」


「百年に一度、空の門が開いて、“迷った星”が落ちてくる」


「メルヘンなのかホラーなのか統一しろ!」


「その落ちた星を、山の神が拾うんだと」


「聞けって!」


 しかし蒼士は珍しく続けた。


「……昔、この山で似たような怪異を見たことがある」


 真琴が目を瞬く。


「え?」


「かなり昔にな」


 その横顔は妙に静かだった。

 星乃がはっと顔を上げる。


「……知ってるの?」


 蒼士は少しだけ視線を逸らした。


「たぶんな」


「おい」


 真琴が立ち止まりそうになる。


「何で隠してた」


「確証がなかった」


「絶対他にも知ってるだろ!」


 だがそれ以上を聞く前に、視界が開けた。

 山頂だった。古びた展望台。丸い石畳。柵の向こうには、潮見町の夜景と海が見える。


 そして──空。


 展望台の真上だけ、夜空が渦巻いていた。

 黒い穴。その周囲を星みたいな光が回っている。空間そのものが裂けているみたいだった。


「……っ」


 真琴は息を呑む。


 怖い。


 本能的にそう思った。見てはいけないものを見ている感覚。その下で、巨大な怪異が待っていた。

 白い光を無数にまとった、四足の獣。近くで見ると、さらに異様だった。身体の輪郭が曖昧で、夜霧と星明かりでできているみたいに見える。

 黒い顔だけがぽっかり空洞になっていた。


 怪異は星乃を見る。そして、悲しそうに低く鳴いた。

 星乃が一歩前へ出る。


「……あなた」


 蒼士がすぐ腕を掴んだ。


「近づくな」


「でも」


「あいつは腹を空かせすぎてる」


 巨大怪異が再び吠える。

 同時に、空の裂け目が大きく脈打った。


 ぞわり、と風が吹く。


 白い光が空から降り始める。流れ星みたいだった。

 けれど、その一つ一つに“目”があった。


「うわぁぁもう増えた!!」


 真琴が叫ぶ。


 星喰いたちが次々と展望台へ集まってくる。空から。森から。地面を埋めるように。


 ひよりが珍しく引いた顔をした。


「さすがに数多いなぁ」


「感想そこ!?」


 蒼士は札を構えたまま、空を睨む。


「門が開きかけてる」


「だからその門って何なんだよ!」


「“向こう側”だ」


「説明が雑!」


 その時、星乃がぽつりと呟いた。


「……帰らなきゃ」


 真琴は振り向く。

 星乃の瞳は、あの裂けた空を映していた。


「私、あそこから来たんだ」

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