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キャラ文芸短編集  作者: 倉木元貴


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まほろば便利屋 第12話

 ぶつん、と音を立てるみたいに、星見荘の照明が全部落ちた。


「うわっ!?」


 真っ暗闇になり、真琴は反射的に声を上げた。

 窓の外だけがぼんやり白く、森に浮かぶ無数の光が、逆に建物の輪郭を浮かび上がらせている。


「停電!?」


「いや」


 蒼士の声は妙に落ち着いていた。


「食われたな」


「何を!?」


「電気」


「意味分かんねえよ!」


 直後、ギギ……と、建物のどこかで軋む音がした。

 和葉が小さく悲鳴を漏らす。


「ま、窓が……!」


 白い光の一つが、窓ガラスの隙間からじわりと入り込んできていた。

 液体みたいに形を変えながら、床を這う。


 近くで見ると、それは光というより“薄い生き物”だった。


 中心には黒い穴みたいなものがある。目だ。しかもこっちを見ている。


「ぅおぉ怖っ!」


 真琴は思わずソファの後ろへ下がった。

 ひよりはスマホのライトを点けながらしゃがみ込む。


「なんかクラゲみたい」


「その感想出るの、お前だけだからな!?」


 すると、その光がぴたりと動きを止めた。

 スマホのライトへ吸い寄せられるように、ふわりと浮かぶ。


「あ、寄ってきた」


「ライト消せひより!」


「えー」


 言いながらも消す。

 途端に光は迷うように空中を漂った。


 蒼士が低く呟く。


「星喰いは強い光を追う。灯りでも、人でも、怪異でもな」


「便利な説明ありがとう! 今それどころじゃないけど!」


 蒼士は札を指先で挟む。


「まあ、雑魚は払える」


 ぱんっ。


 軽い音と一緒に札が燃え、白い光が霧のように消えた。

 だが次の瞬間。


 ドンッ!!


 建物全体が大きく揺れた。


「うおぉっ!?」


 真琴は壁へしがみつく。

 二階から何か落ちる音まで聞こえた。

 外にいる巨大な影が、ゆっくり星見荘へ近づいてきている。

 窓越しでも分かる。でかい。あまりにも、でかい。


「アレ入ってきたら終わりじゃない!?」


「まあ建物は壊れるかもな」


「人命の心配をしろ!」


 しかし蒼士の視線は、その怪異ではなく星乃へ向いていた。

 星乃は胸元を押さえ、苦しそうに息をしている。

 淡い光が身体から漏れていた。


「……苦しい」


「星乃?」


「呼ばれてる……」


 真琴は顔をしかめる。


「呼ばれてるって、あいつに?」


 星乃はゆっくり頷いた。


「……あの子、ずっと独りだったから」


 外の巨大な怪異が、低く鳴いた。遠吠えにも似た、不思議な音。怒っているというより――寂しそうだった。


 真琴は少しだけ眉をひそめる。


「……またそういうパターンかよ」


 今まで出会った怪異たちも、大体そんな感じだった。

 忘れられたもの。帰れないもの。独りぼっちなもの。

 蒼士が小さく息を吐く。


「潮見町周辺は昔から“星の山”って呼ばれててな。この辺には妙な民話が多い」


「今語る!?」


「昔、空から落ちた星を山の神が拾ったって話だ」


「聞けよ俺のツッコミ!」


 ひよりが「へぇー」と感心した声を出す。


「じゃあ星乃ちゃんって、ほんとに星だったり?」


「そんなメルヘンな」


 言いかけた真琴の前で、星乃の髪が、さらりと淡く光った。

 夜空みたいな瞳が、静かに揺れる。


「……わからない」


 その声は、少し泣きそうだった。


「でも私、帰る場所を思い出せない」


 一瞬、部屋の空気が静かになる。

 真琴は頭を掻いた。

 こういう顔されると弱い。


「……まあ、その」


 言葉を探していると。


 ガシャンッ!!


 ロビーの窓ガラスが砕け散った。


「うわぁぁぁっ!?」


 白い光の群れが、一斉に室内へ雪崩れ込んでくる。

 しかもその奥、森の闇の中で、巨大な怪異が、ゆっくりと頭を持ち上げていた。まるで、星を呑み込むみたいに。

 砕けた窓から、白い光が次々と流れ込んでくる。まるで冷たい魚の群れだった。


「うわうわうわ来た来た来た!!」


 真琴はソファを盾みたいに押しながら後退する。しかし光たちは家具の隙間をすり抜け、天井近くを漂い始めた。


 ひよりが少し目を輝かせる。


「なんか幻想的」


「感性どうなってんだお前!?」


 直後に、一つの光が真琴の肩へ飛びついた。


「ぎゃっ!?」


 ぞわり、と体温が抜ける感覚。

 真琴は慌てて振り払う。


「冷たっ……!」


「生命力吸われてるな」


 蒼士がさらっと言った。


「さらっと怖い説明すんな!」


 蒼士は札を数枚取り出し、指で挟む。


「ひより、和葉さん連れて奥へ。真琴はこっち」


「雑!」


「頑張れ」


「説明を!!」


 ぱんっ、ぱんっ、と札が弾ける。

 白い光が次々霧散した。だが数が多すぎる。しかも窓の外では、巨大な怪異がじわじわ近づいてきていた。

 床が震える。建物そのものが怯えているみたいだった。


 和葉が涙目で震える。


「ど、どうすれば……!」


 その時、星乃が静かに外を見つめた。


「……展望台」


 蒼士が反応する。


「何か分かるのか?」


「たぶん……あそこ」


 星乃は苦しそうに胸元を押さえた。


「私、あそこから落ちた」


 真琴が目を瞬かせる。


「落ちた?」


「空から」


「いや待て待て待て」


 情報が追いつかない。

 だが蒼士は妙に納得した顔をしていた。


「やっぱりか」


「何が“やっぱり”なんだよ!」


 蒼士は窓の外を見る。

 巨大な怪異。白い群れ。そして光る星乃。


「星喰いは“落ちた星”を探してるんだろうな」


「つまり?」


「星乃ちゃんが餌扱いされてる」


「言い方ぁ!」


 星乃が少ししょんぼりした。


「あ、ごめん」


「今のは蒼士が悪い」


「すまんすまん」


 全然反省してない顔だった。

 その瞬間。


 ドゴォンッ!!


 建物の横壁が大きく揺れた。悲鳴みたいな音を立てて木材が軋む。


 ひよりが窓の外を見て言う。


「わ、近っ」


 巨大怪異の顔が、森の向こうから覗いていた。

 黒い空洞みたいな顔。そこに、星みたいな白い粒が無数に瞬いている。


 真琴は背筋が冷えた。


「……あれ絶対入ってきちゃ駄目なやつだろ」


「だな」


「軽いな!?」


 蒼士は少し考え込むように顎へ手を当てる。

 それから、ぽんと手を打った。


「展望台行くか」


「は?」


「原因があるなら、あそこだろ」


「いや外あれいるぞ!?」


「でもここにいてもそのうち壊れる」


「正論なのが嫌だ!」


 和葉が青ざめる。


「そ、そんな……夜の山ですよ!?」


「大丈夫大丈夫」


 蒼士は気軽に言った。


「俺たち便利屋だから」


「便利屋って何でも屋じゃねぇんだぞ!?」


 ひよりはもう行く気満々だった。


「探検イベントだ」


「遠足みたいに言うな!」


 その時だった。星乃がふらりと立ち上がる。窓の外を見つめる瞳が、淡く光っていた。


「……急がないと」


「何が?」


「“門”が開く」


 一瞬、空気が冷えた。

 真琴は嫌な予感しかしない。


「その門って何ですか星乃さん」


「わからない。でも……開いたら、いっぱい落ちてくる」


「何が!?」


 星乃は静かに呟く。


「星が」


 真琴は頭を抱えた。


「情報が全部ふわっとしてる……!」


 だが蒼士だけは、珍しく笑っていなかった。

 その横顔を見て、真琴は少しだけ息を呑む。


 蒼士は知っている。たぶん、この怪異のことを。そして――星乃のことも。


 外では、巨大な怪異が再び低く鳴いた。

 星見荘の窓ガラスがびりびり震える。


 蒼士は静かに札を握った。


「……行くぞ。展望台へ」

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