まほろば便利屋 第11話
潮見町は海の町だ。けれど、少し車を走らせれば、今度は深い山が広がっている。
「で、何で俺は山道を延々揺られてるんだ……」
真琴は助手席でぐったりしながら言った。
軽ワゴンを運転している蒼士は、片手でハンドルを回しつつ気楽そうに答える。
「依頼が来たからな」
「その説明が雑なんだよ毎回!」
後部座席では、ひよりがスマホを窓に向けていた。
「見て見て真琴。霧すごい。めっちゃ雰囲気ある」
「ホラー映画の導入みたいって言いたいんだろそれ」
「正解」
嬉しそうに言うな。
車窓の外では、山霧が白く漂っている。ガードレールの向こうは深い森で、昼なのに薄暗い。
今回の依頼は、山の上にあるペンション『星見荘』からだった。
──展望台に、“星が落ちた”。
電話口でそう聞いた瞬間、真琴は「意味分からん」と思った。
今も思っている。
「落石じゃなくて?」
「いや、“星”らしい」
「ふわっとしてんなぁ……」
蒼士はコンビニの肉まんを食べながら続けた。
「あと、記憶喪失の少女を保護してるそうだ」
「情報量が急カーブなんだよ」
「ちなみに夜になると光る」
「帰っていい?」
「駄目」
即答だった。
ひよりがくすくす笑う。
「真琴、最近逃げなくなったよね」
「慣れただけだよ……悪い意味で……」
そんな話をしているうちに、山道の先に古い洋館風の建物が見えてきた。
木造二階建てのペンション。看板には、少し掠れた文字で『星見荘』と書かれている。その奥には、有名らしい展望台があった。
昔から“星が近く見える山”として知られているらしい。
「おー、いい感じ」
ひよりが先に降りる。
空気はひんやりしていて、町よりずっと涼しかった。
入口から、五十代くらいの女性が慌てて出てくる。
「あ、まほろば便利屋さん!?」
「どうも。九条です」
蒼士はいつもの調子で軽く会釈した。
女性──星見荘の女将、倉田和葉は、明らかに疲れた顔をしていた。
「本当に来てくれて助かりました……もう宿泊客も怖がってしまって……」
「とりあえず状況確認からで」
蒼士がそう言うと、和葉は小さく頷いた。
「三日前の夜でした。展望台の上に、光るものが落ちたんです」
「隕石?」
「私も最初はそう思いました。でも次の日、あの子が……」
和葉が視線を向ける。ロビーの奥、ソファに、一人の少女が座っていた。
真琴は思わず言葉を失う。白に近い銀髪。夜空みたいな深い瞳。年齢は、自分たちと同じくらいだろうか。少女は静かにこちらを見ていた。
不思議なくらい、存在感が薄い。そこにいるのに、現実感がない。
「……その子が?」
「山道で倒れていたんです。怪我はありませんでした。でも、自分の名前も覚えてなくて……」
少女が小さく口を開く。
「……ごめんなさい」
声まで妙に透き通っていた。
ひよりは遠慮なく近づく。
「ねえねえ、ほんとに何も覚えてないの?」
少女は少し考えてから、首を横に振った。
「……空を、見てた気がする」
「ふむ」
蒼士が珍しく真面目な顔になる。
その視線を見て、真琴は気づいた。
──蒼士、この子を知ってる?
だが本人は何も言わない。代わりに、少女へ穏やかに尋ねた。
「仮の名前、必要だな」
「名前……」
「星乃とかどうだ?」
少女の瞳が少し揺れる。
「……ほしの」
「嫌じゃなければ、それで」
少女は静かに頷いた。
「……星乃」
ひよりが笑う。
「可愛い名前じゃん」
その瞬間だった。
ぱち、と。
ロビーの照明が一瞬だけ明滅する。真琴は反射的に天井を見上げた。
次の瞬間、窓の外──森の奥に、無数の小さな光が浮かんでいた。
まるで蛍みたいに。
けれど。
「あれ……こっち来てないか?」
光はゆっくりと、星見荘へ近づいていた。
蒼士が低く呟く。
「……星喰いか」
その声は、今までになく警戒していた。
窓の外を漂う光は、ゆらゆらと森の奥から近づいてきていた。
蛍に似ている。けれど、蛍より白く、冷たい。
真琴は嫌な予感しかしなかった。
「なあ蒼士。あれ、“綺麗ですね”で済むやつ?」
「済まない寄りだな」
「やっぱりか!」
和葉は青ざめた顔で窓を見つめている。
「あれが……ここ数日ずっと出るんです。夜になると増えて……宿泊客が見た翌日に熱を出したり、変な夢を見たりして……」
「変な夢?」
「“空へ連れて行かれる夢”だそうです」
真琴は全力で聞きたくなかった。ひよりだけが妙に楽しそうである。
「へえー。怪異としてはロマン系だね」
「分類するな」
その間にも、白い光はじわじわと近づいてくる。
すると、ソファに座っていた星乃が小さく呟いた。
「……来る」
全員の視線が向く。
星乃は窓の外を見つめたまま、かすかに眉を寄せていた。
「私を……探してる」
空気が止まった。
真琴は思わず聞き返す。
「え?」
しかし星乃自身も混乱しているようだった。
「わからない。でも……あれ、私を見てる」
その瞬間。
コツン。
窓ガラスに、白い光がぶつかった。
真琴は思わず飛び上がる。
「うわっ!?」
光は虫のように窓へ張り付き、じわじわと形を変えていく。
丸い。黒い穴みたいな中心。
まるで、“目”だった。
「…………」
無言で見つめてくる。
怖い。めちゃくちゃ怖い。
「ひぃっ……!」
真琴が後退した瞬間、蒼士が札を一枚投げた。
パンッ!!
乾いた音と共に光が霧散する。
同時に、外の光たちがざわつくように揺れた。
「おー、今日は数が多いな」
蒼士は面倒そうに頭を掻く。
「星喰いは“光”へ寄ってくる怪異だ。特に、強い光にな」
ひよりが首を傾げた。
「街灯とか?」
「命とか、魂とか、そういう類の光だよ」
さらっと怖いことを言う。
真琴は嫌そうな顔になった。
「つまり?」
「星乃ちゃん、めちゃくちゃ狙われてる」
「嫌な言い方すんな!」
だが、星乃は不思議そうに自分の手を見ていた。その指先が、ほんのり淡く発光している。月明かりみたいな、柔らかな光。
和葉が怯えた声を漏らす。
「や、やっぱりあの子……人間じゃ……」
「和葉さん」
蒼士の声が静かに遮った。
「今はまだ、決めつけない方がいい」
珍しく真面目な口調だった。
和葉ははっとして口を閉じる。
その時だった。
──ゴン。
建物全体が揺れた。
真琴が固まる。
「今度何!?」
「外壁かな」
「かな、じゃねえよ!」
再び。
ゴン、ゴン。
まるで何か巨大なものが、建物へ体当たりしているような音。
ひよりが窓から外を覗き込む。
「あ」
「何だよその“あ”!」
「大きいのいる」
見たくなかった。でも見てしまった。
森の奥。木々の隙間に、“巨大な影”がいた。白い光を無数にまとった、獣みたいな輪郭。四足で、異様に長い首。そして、空洞みたいな黒い顔。
そいつは展望台の方角から、ゆっくりこちらを見下ろしていた。
真琴の背筋が凍る。
「……冗談だろ」
蒼士はその影を見て、小さく目を細めた。
「親玉か」
「親玉で済ませるサイズじゃないだろあれ!」
星乃がふらりと立ち上がる。
その瞳は、どこか悲しそうだった。
「……あの子、お腹が空いてる」
「は?」
「ずっと、空っぽで……苦しいんだ」
巨大な影が、低く唸ると、空気が震えた。それと同時に、星乃の身体が強く発光した。
白銀の光。まるで夜空の欠片みたいに。
そして森の怪異たちが、一斉にざわめく。
蒼士が舌打ちした。
「まずいな」
「何が!?」
「完全に目を付けられた」
次の瞬間。星見荘の全ての灯りが、一斉に消えた。
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