まほろば便利屋 第8話
夜九時。福ノ守神社の祭りは、まだ賑わっていた。
射的。金魚すくい。焼きそば。
そして境内の端では、巨大黒狐がいなり寿司を食べ続けている。
「光景がシュールすぎる」
真琴は着ぐるみの頭を外しながら言った。
汗で前髪がぐしゃぐしゃだ。
「生き返った……」
「お疲れ、たぬき」
ひよりがスポーツドリンクを渡してくる。
「その呼び方定着させるな」
蒼士は社務所前で会計をしていた。
町内会のおばちゃんたちと普通に馴染んでいる。
「九条くーん、焼きそば追加ねー!」
「はーい」
「便利屋って何なんだろうな……」
真琴は遠い目をした。
その時、しろが小走りでやって来る。
「真琴さん!」
「ん?」
「これ、ありがとうございます」
差し出されたのは、小さな飴玉だった。
透明で、星みたいにきらきらしている。
「神社の飴です」
「神社に専用飴とかあるの?」
「今作りました」
「万能か」
真琴は笑って受け取った。
飴はほんのり甘くて、どこか懐かしい味がした。
「うま」
「えへへ」
しろは嬉しそうだった。そこへ、黒狐がのそっと近づいてくる。
圧が強い。
「人間」
「うおっ」
「焼きとうもろこしも食いたい」
「普通に祭り楽しんでる!?」
蒼士が横から口を挟む。
「自分で買え」
「金はない」
「神様って経済力ゼロなの?」
黒狐は真顔だった。
「供え物文化に依存している」
「言い方」
結局、ひよりが焼きとうもろこしを渡していた。
「甘やかすなよ」
「可愛いから」
「どこが!?」
だが黒狐は嬉しそうに尻尾を揺らしている。
……大型犬っぽい。
真琴は少し笑った。気づけば祭りは大成功だった。
境内には人が集まり、神社には笑い声が響いている。
しろも、どこか前より元気そうだった。
「……よかったな」
真琴が言うと、しろはこくりと頷いた。
「はい。久しぶりに、こんなに賑やかでした」
その声は、本当に嬉しそうだった。
だが、ふと蒼士が空を見る。
「……ん?」
「どうした?」
「いや」
夜空に、流れ星が走った。
一瞬だけ、青白い光。真琴はどきりとする。
夜光列車を思い出したからだ。だが蒼士は何も言わない。ただ静かに空を見つめていた。
そして祭りの終了後。三人は事務所へ戻っていた。
全員ぐったりである。
「疲れた……」
真琴は床へ倒れ込む。
ひよりもソファで伸びていた。
「足痛い……」
蒼士だけは平然とお茶を飲んでいる。
「若いのに体力ないなあ」
「元凶が言うな」
その時。
コンコン、と窓が鳴った。
「?」
見ると、窓の外にしろがいた。ひらひら手を振っている。その隣には黒狐。
でかい。
「何しに来たんだあいつ」
窓を開けると、しろが笑った。
「今日はありがとうございました!」
「おう」
「また遊びに来てもいいですか?」
真琴は少し驚く。
でも自然に答えていた。
「……まあ、別に」
しろの顔がぱっと明るくなった。
黒狐も頷く。
「次はいなり寿司を増やせ」
「図々しい!」
ひよりが笑い転げた。
夜風が部屋へ流れ込む。商店街の灯りは、まだ少し残っていた。
真琴はぼんやり思う。
この町には、不思議なものがいる。
神様も、幽霊列車も、巨大狐も。でも、どれも少しだけ、人間くさい。だから案外、怖くないのかもしれない。
その時、蒼士の机の上で、古い電話が鳴った。
リン──。
夜の事務所に響く音。蒼士が受話器を取る。
「はい、まほろば便利屋」
数秒後。
蒼士の顔から笑みが消えた。
「……分かりました」
受話器を置く。
真琴が起き上がった。
「何だ?」
蒼士は静かに言った。
「次の依頼だ」
「どんな?」
蒼士は少し間を置く。
「“幽霊が出る旅館を閉鎖してほしい”だってさ」
真琴は思った──また厄介そうなの来たな。
潮見町から車で一時間。
海沿いの小さな温泉街へ、真琴たちは来ていた。
「……遠い」
真琴は助手席でぐったりしていた。
朝八時出発。
眠い。
ちなみに運転は蒼士。
そして助手席の背もたれは壊れていた。
「この車いつ爆発する?」
「失礼な。まだ現役だぞ」
蒼士がハンドルを叩く。
すると車体がギシッと鳴った。
「不安になる音!」
後部座席では、ひよりが海を眺めている。
「おー、夏っぽい」
窓の外には青い海。白い砂浜。
夏休み前の平日だからか、人は少ない。だが今日の目的地は観光ではない。
山道を抜けた先。古びた木造旅館が見えてきた。
『汐風館』
かすれた看板。閉まった雨戸。
人の気配がない。
「……めちゃくちゃ出そう」
真琴が正直な感想を漏らす。
「雰囲気百点だね」
ひよりは妙に楽しそうだった。
旅館の前には、五十代くらいの女性が立っていた。
「九条さんですか?」
「どうも」
依頼人らしい。
女将の名は水城加奈。この旅館を一人で管理しているという。
「本当に困ってるんです」
加奈は疲れた顔をしていた。
「夜になると、二階から足音がするんです」
「定番だな」
「誰もいない客室の電気も点いて……」
「王道だ」
「しかも」
加奈は声を潜めた。
「女の子の声が聞こえるんです。“帰りたい”って……」
「うわぁ」
真琴は顔をしかめた。
普通に怖い。
蒼士は旅館を見上げる。
「いつ頃から?」
「去年の夏くらいからです」
「何か心当たりは?」
加奈は少し迷ったあと、小さく答えた。
「……昔、この旅館で事故があったんです」
空気が重くなる。
「十年くらい前、海で女の子が行方不明になって……」
ひよりの表情が変わった。
「その子、旅館の宿泊客?」
「はい」
波の音だけが聞こえる。真琴は無意識に旅館を見上げた。
二階の窓。カーテンの隙間が、少しだけ揺れた気がした。
「……今、誰かいた?」
「え?」
ひよりが振り返る。
だが窓には何もない。
「気のせいか」
その時。
ギィィ……。
旅館の玄関扉が、ひとりでに開いた。
「…………」
「…………」
加奈が青ざめる。
「こ、こういうことが起きるんです!」
真琴は蒼士を見る。
「なあ」
「ん?」
「今から帰るって選択肢ある?」
「ない」
即答だった。
旅館の中は薄暗かった。古い木の匂い。軋む床。止まった時計。
ロビーには誰もいないのに、どこか生活感が残っている。
「……怖い」
「真琴、ホラー苦手?」
ひよりが聞く。
「得意な高校生いる?」
その瞬間、二階から。
トン、トン、トン──。
と、足音が響いた。
「うわぁぁぁ!?」
真琴が飛び跳ねる。
蒼士は懐中電灯を点けた。
「行くぞ」
「軽い軽い軽い!」
だが足音は止まらない。
誰かが二階の廊下をゆっくり歩いている。
真琴は嫌な汗をかきながら階段を見上げた。そして階段の上に、白いワンピース姿の少女が立っていた。
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