まほろば便利屋 第3話
「朝七時ぃ……?」
真琴は死んだ目で呟いた。
現在、朝六時四十分。潮見町の港は、すでに活気に満ちていた。
漁船のエンジン音。飛び交うカモメ。潮の匂い。
そして。
「眠い……」
高校生には早すぎる時間である。
「おはよー真琴」
ひよりは妙に元気だった。しかも片手に焼き芋を持っている。
「何で朝から焼き芋食ってんの」
「コンビニで売ってた」
「自由か」
一方の蒼士は、防寒ジャケット姿で缶コーヒーを飲んでいた。
「新人、社会は朝が早い」
「便利屋に社会語られたくない」
「失礼な。俺は割と常識人だぞ」
その瞬間。
蒼士のスマホが鳴った。
『家賃のお支払い確認が──』
「…………」
「どこが?」
真琴は即座にツッコんだ。蒼士は聞かなかったことにした。
「依頼人来たぞ」
近づいてきたのは、日に焼けた大柄な男だった。
六十代くらい。タオルを首に巻き、腕は丸太みたいに太い。
「九条ぁ! 朝っぱらから悪ぃな!」
「久しぶりです、源蔵さん」
どうやら顔見知りらしい。
源蔵と呼ばれた漁師は、真琴たちを見る。
「お、新入りか?」
「朝倉真琴です……」
「若ぇなぁ! よし、魚運べるな!」
「え?」
「え?」
嫌な予感しかしない。
五分後。
「重っっっ!?」
真琴は発泡スチロール箱を抱えて絶叫した。
魚がぎっしり入っている。腕がちぎれそうだ。
「頑張れ若者ー」
蒼士は軽いノリで言うだけ。
「手伝えぇ!」
「俺腰痛持ち」
「絶対うそだろ!」
ひよりは笑いながら写真を撮っていた。
「いいね、“初バイトでマグロ運ばされる男子高校生”」
「タイトル付けるな!」
どうやら今回の依頼は、港の荷運び手伝いらしい。
人手不足で困っていたところ、蒼士に声が掛かったそうだ。
「便利屋って何でも屋だな……」
「実際そう」
汗だくになりながら働く。だが不思議と嫌ではなかった。港の人たちは皆気さくだ。
「兄ちゃん頑張れー!」
「腰落とせ腰!」
「魚より顔白いぞ!」
好き放題言われている。
そして二時間後。真琴は完全に燃え尽きていた。
「……死ぬ」
「お疲れ」
蒼士が缶ジュースを投げてよこす。真琴は受け取って一気に飲んだ。冷たさが身体に染みる。
「うま……」
「労働後の炭酸は正義だからな」
源蔵が豪快に笑った。
「兄ちゃん根性あるじゃねえか!」
「いやもう腕が……」
「飯食ってけ!」
連れて行かれたのは、港近くの小さな食堂だった。
朝獲れ定食。刺身。焼き魚。味噌汁。
そして山盛りご飯。
「……豪華」
真琴は目を丸くする。
「働いた分の飯は美味いぞ」
源蔵はニカッと笑った。
一口食べる。
「……うまっ!?」
魚が全然違う。
ふわっと柔らかくて、脂が甘い。
「だろ?」
ひよりはすでに二杯目に突入していた。
「食べるの早っ」
「育ち盛りだから」
「俺のセリフ!」
食堂の窓からは海が見える。朝日が水面にきらきら反射していた。
真琴はぼんやり思う。
少し前まで、自分は何となく毎日を過ごしていた。学校行って、帰って、寝るだけ。でも今は違う。毎日知らない場所へ行って、知らない人と会って、知らない景色を見る。
「……悪くないな」
「ん?」
蒼士が聞き返す。
「いや、何でもない」
真琴は味噌汁を飲み干した。
その時、食堂のテレビからニュースが流れる。
『最近、潮見町周辺で“夜光列車”の目撃情報が──』
画面には、海沿いの線路が映っていた。
「夜光列車?」
真琴が首を傾げる。
だが、その瞬間だけ、蒼士の表情が固まった。
ほんの一瞬。笑顔が消えたのを、真琴は見逃さなかった。
「……知ってるのか?」
真琴が聞くと、蒼士はすぐにいつもの顔へ戻った。
「いや、別に」
「絶対なんかある反応だったけど」
「気のせい気のせい」
棒読みだった。だがそれ以上は話す気がないらしい。
ひよりがテレビを見ながら言う。
「夜光列車って、最近ちょっと有名だよね」
「そうなのか?」
「深夜に海沿い走ってる“存在しない列車”」
「怖っ」
ニュースキャスターが説明を続ける。
『目撃者によると、青白く光る列車が午前零時ごろ旧海鳴線を通過──』
画面には古びた線路。今は廃線になっているらしい。
「廃線なのに列車?」
「だから怪談なんだろ」
蒼士は箸で焼き魚をほぐしながら言った。だが、どこか上の空だった。
その日の夕方。便利屋事務所へ戻った真琴は、ソファに倒れ込んだ。
「筋肉痛やばい……」
「若いのに情けない」
蒼士はこたつでみかんを食べている。
「誰のせいだと思ってる」
「漁師町の未来を支えた誇りを持て」
「言い方だけは格好いいな」
ひよりが冷蔵庫を開けた。
「あ、プリンある」
「それ俺の」
「いただきます」
「待て」
平和だった。
だがその時、事務所の電話が鳴る。
リンリン、と古い呼び出し音。
蒼士が受話器を取った。
「はい、まほろば便利屋」
『……九条さんですか』
電話越しの声は震えていた。
女性だ。
『お願いです。助けてください』
蒼士の空気が変わる。
「何がありました?」
『弟が……帰ってこないんです』
事務所が静かになった。
「詳しく」
『昨日、“夜光列車を見に行く”って出て行って……それっきりで』
真琴とひよりが顔を見合わせる。
蒼士は数秒黙ったあと、低く言った。
「場所は?」
『旧海鳴駅です』
電話が切れる。
しばらく沈黙。
「……行くのか?」
真琴が聞く。
蒼士は窓の外を見た。夕焼けが町を赤く染めている。
「行く」
短い返事だった。
ひよりが珍しく真面目な顔をする。
「夜光列車、ただの噂じゃないの?」
「さあな」
蒼士は立ち上がった。
「でも、行方不明者が出てるなら放っとけない」
一時間後。三人は海沿いの道を歩いていた。
潮風が強い。
空はすっかり暗くなっている。遠くに見える古い駅舎。看板には薄く書かれていた。
『海鳴駅』
「……雰囲気あるな」
真琴は思わず呟いた。
駅は廃墟同然だった。窓ガラスは割れ、ホームには雑草が伸びていて、線路も錆びついていた。
「ここ、本当に列車走るのか?」
「普通は走らん」
蒼士は懐中電灯を点ける。その光が、闇を切り裂いた。
「まずは弟さんの痕跡探すぞ」
三人はホームを歩き始める。波の音だけが聞こえる。
すると。
「あれ」
ひよりがしゃがみ込んだ。地面に、スマホが落ちている。画面は割れていた。
「これ……」
真琴が拾い上げる。
待ち受け画面には、依頼人と似た顔の少年が映っていた。
「弟さんのか」
その時だった。
──カン、カン。
遠くで踏切の音が鳴った。
三人が同時に顔を上げる。
この路線の踏切は、とっくに止まっているはずだった。
なのに。
海の向こう。真っ暗な線路の先に、青白い光が見えた。
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