第六十一話 船室
レブレント王国行きの船が停まっている港に到着した俺達は、立て看板に張り出された時刻表を確認する。
「あと一時間ほどだね」
桃髪少女は呟く。
「ああ、俺達もさっさと船に乗ろうぜ」
船に視線を向けると、続々と乗り込んでいく乗客が。
彼らのあとに続こうと提案したのだ。
しかし、彼女は首を横に振った。
「その前に、お兄さんそんな薄着でレブレントに行こうとしてるの?」
「そうだけど」
既に冬本番。
雪こそ積もってはいないが、水たまりなどはものの数時間で芯まで凍ってしまうほどの気温。
少女が心配するのは俺の格好が原因だろう。
良くも悪くもない麻服の上にテレシア師匠から貰った紺青のローブを羽織っただけの格好。
当然、このままでは寒すぎるのだが。
人間を辞め竜人となったせいか寒くなると眠気に襲われるため、この頃は常に自身の周囲に温風を纏っていた。
つまり、現状は寒くなかった。
そのことを彼女に伝えてないので知るはずはないのだが。
「魔術で自分の周りを温めているようだけど、西大陸の冬をナメてはダメだよ。ちゃんとコートを着込むなり防寒対策しなきゃ」
メッ!と子どもに言い聞かせるようなお叱りを俺は受けた。
自分を温めていたことバレてるし。
思えば、さっきの火弾を見るため寄ってきたときに気づかれたのかも。
「うい」
俺は適当に返事をして周囲を見回した。
あれでいいか。
目をつけたのは商船から荷を降ろしていた男の抱えていたものの一つ。
かなり分厚い毛皮のコートだった。おそらく魔獣の皮だ。
男に近寄り、言い値で買い取り着込む。
「おお、これは中々」
温かい。
それに動きやすい。
温風の結界を解除しても平気なくらいには冬風を遮断してくれる。
「お兄さん、似合ってるよ」
「ありがと。ところで、君の格好もだいぶ寒そうだけどいいの?」
ぱっと見ではあるが、薄い生地を二〜三枚羽織っているようにしか見えない。
彼女の発言からレブレント王国はこの街より寒さの厳しい土地のようだけど、凍えたりしないのだろうか。
そんな俺の心配も余所に彼女はケロッとした様子で答える。
「私は大丈夫。これも修行だし慣れてるから」
「すごいねぇ。
ま、こんなところで話すのも何だし、さっさと船に乗ろうか」
「そうだね」
ーーー
船に乗り込み小一時間。
少女と他愛のない会話を弾ませていた。
生まれや境遇(当然反帝国運動のことは話してない)や、彼女が興味を持っていた魔術のこと。
逆に俺は先程聞いた三大流派の歴史やその使い手の話を尋ねた。
勘違いしていたが三大流派はレブレント発祥のものではなく、さらに西にある国がそうなのだという。
レブレント人は彼の国を修羅の国と呼んでいるらしい。
下手に近づかないほうがよさそうだ。
などと思っているときだ。
船室の椅子に腰掛けていた俺達の体が揺れた。
ようやく船が動き出したのだ。
50メートルはある大型の木造船。
こんなものが海に浮くのか、そして安定した航海可能なのかずっと不安だったのだが杞憂だったようだ。
部屋の小窓を覗くとグングン加速しており、港がもう豆粒サイズになってしまう。
………速すぎないか?
こころなしか船が傾いている気が。
船体の前方が浮き、後方が沈んでいるような。
杞憂……なのだろうか?
「そういえば、生まれや境遇は聞いたけど、私まだお兄さんの名前知らないなぁ〜。教えて?」
ウインクしながらペロッと舌を少し出す表情。
初めて見る表情に俺はドキリとする。
この鼓動はなんなのだろうか。異性の可愛さに胸を打たれたせいなのか、それとも海の真ん中で船がひっくり返らないかという緊張のせいなのだろうか。
「お、俺はトーマだ。家名はない。き、君の名前も教えてくれ」
椅子にしがみつき、チラチラと窓を覗き込みながら俺は答えた。
「私はキキョウです。改めてよろしくねトーマさん」
「お、おう、よろしく。そうだ、一つ聞いていいか?」
「どしたの?」
「なんで帝国に来たの?」
「妹の付き添いでね。武器を新調したいって言って聞かなかったものだから仕方なく」
「へー、ここ最近の帝国ってピリついてたから大変だったでしょ」
俺達のせいだけどな。
「そうだね、行きはそうでもなかったけど帰りは面倒だったね。検問検問で、ほら、私こんな格好だから街の出入りには苦労したねぇ」
「それは災難だったな」
「本当だよ〜。あ〜、早くサクラちゃんに会いたいな〜。何ヶ月も離れるなんて初めてだから私寂しいよぉ」
ぐすんぐすんとウソ涙を浮かべるキキョウ。
ちょっと待て。
俺はキキョウの顔を凝視した。
えっ、な、なに?と顔を赤らめて困惑する彼女など放っておく。
似ている。
サクラ──ダラズミルで俺の脇腹をぶった斬ってくれた女剣士もそう呼ばれていた。
武器の新調だったか、ダラズミルは帝国有数の武具の産地。職人が多く集まっている都市。
キキョウの妹ってことは、同じような格好をしている可能性大。
確かあの女も道着を着ていた。
………なるほど。
顔のパーツも髪色も似ているし、間違いないだろう。
あいつとこいつは姉妹だ。
キキョウは自分の妹が反帝国活動に手を貸していることを知っているのだろうか?
う〜む。混乱を避けるためにここは黙っておいた方が得策だな。
俺は近づけた顔を離した。
「すまんすまん、綺麗な顔してるなって思ってさ」
俺は適当に言い訳した。
『口説くな』
クローディアがチクリと刺す。
別に口説いてるわけじゃ……ない、よ?
クローディアはハァァとクソデカため息をつくと黙り込んでしまった。
目の前には、まるでりんごと見間違えるほど赤面したキキョウ。
あたふたして上手く声が出ないといった様子だ。
マジでどうしようこの状況。




