第六十話 三大流派
教会領より南に位置する大森林。
その深部の地下に広がる我ら『スレイズ』のアジトを出発して一ヶ月。
俺は港市国家カルトンへと来ていた。
「へぇー、ずいぶんと騒がしい街だな」
これがラトガトからの乗合馬車を降りて最初の感想だった。
海岸線沿いに伸びる縦長のこの都市では、定期的に新鮮な海産物や舶来の品々が売り出される大市場が開かれる。
俺はちょうどこのタイミングでこの都市に着いたのだ。
『これは騒がしいんじゃなくて活気があるって言うのよ』
クローディアはやれやれとばかりに呟く。
このやりとり、どこかでした気が……。
そんなことはどうでもよく。
俺は見慣れぬ品々に目を奪われながらも、レブレント行きの船の時刻表を確認するため港を目指す。
身なりのいい商人貴族と平民が同じ品を吟味している光景。
まるでここがすでに外国であるかのようにすら思えた。
実際、異国のなりをした人も多いため、帝国的というよりも異国との混合的な空気感であるのは間違いないだろう。
俺はこの街が気に入った。
ぱっと見ではあるが、治安の悪そうな路地などはなく、帝国各所の都市で見られた浮浪者いわゆる貧民のような人々が見当たらない。
それだけ、帝国に根深く浸透している圧倒的で決定的な貧民区別観が薄いということなのだ。
いい街だ。
こういうのが理想なのだと思う。
その時だ。
感傷に浸っているような気分を感じている中、背後から叫び声が聞こえた。
「キャアアアア!物盗りよ!誰か捕まえて!!」
背後を振り返ると、叫ぶ上流階級の女性と分不相応のカバンを抱えてこちらへと走る男。
俺は向かってくる男の肩を捕まえて取り押さえた。
「大人しくしなよ───って、これは?」
俺が男を組み伏せたとき、既に男の胴と両足首には縄のようなものが巻き付いていたのだ。それと、背中に札が貼り付けてあった。
「お兄さんそれに触らないで!」
咄嗟の呼び止め。
俺は伸ばした手を止めて視線を上げた。
声の主──それは桃色の髪を後ろに結び、極西の国の道着に身を包む少女であった。
ーーー
盗人の身柄は衛兵に。
盗まれたカバンを持ち主に返す。
一件落着。
俺は当初の目的である港へ歩みを進めるのだが、隣には先程の桃髪少女がいた。
「……なんでついてくる?」
「別に〜、ついてきてるわけじゃないよ。お兄さん、港に向かってるんでしょ?私もだもん」
「そうかい」
「やっぱり、今の時期に港に向かうのってレブレントの御前試合が目的?」
「よく分かったね」
今の時期って言うことは、帝国から結構な数の見物客が訪れているのか。
「私、出場するので」
ふふん、と胸を張る少女。
「へぇ、御前試合って確か、剣闘と魔術の部門があったよね。さっきの拘束術を見るに魔術部門に参加するのかな?」
「うん」
「実は俺もなんだ」
指先に小さな火弾を灯す。
すると、桃髪少女は目を輝かせて距離を詰めてきた。
というより、密着だ。
「すごい!それどうやってるの!?」
「えっ、は?君、試合に出るんだよね魔術の。これ出来ないの?」
俺が発動したのは初級の火弾だ。
無詠唱で発動できたことは珍しいのかもしれないがそれでも初級魔術。
何をそんな驚くことがあるのだろうか。
「出来ないよ〜。だって私が使えるのは正確には魔術じゃないもん。
私が使うのは、これ」
そう言って彼女が見せてきたのは、腰のポーチにぎっちり入っている何かの印が書かれたお札だった。
それを一枚取り出して俺に渡してきた。
俺は渡されたお札をあらゆる角度から調べる。
「そういえばこれ、さっきの盗人の背中に貼ってあったような」
「おっ、よく見てるね。そうだよ。これは符術というもの。私は西の三大流派が一つ、流華流の符術士なの」
おお、まさしく異国の人って感じがする。
「流華流……。知らないなぁ。」
「まぁ、そうだよね。帝国には魔術があるし。
でも、冒険者とかなら符術に触れたことはあると思うよ。ほら、ギルドとか道具屋に売ってる爆札、あれなんてもろに符術だし」
ピコン
「た、確かに」
その名の通り、爆発するお札。
紙で出来ているくせに投げても思った通りのところに飛んでいってくれるし、威力もなかなか。
剣闘士時代には結構お世話になっていたのを思い出す。
「そういえば三大流派って言ってたけど、他の二つは何を得意としてるの?」
桃髪少女は顎に人差し指を置いて、う〜んと少し悩むと簡単な説明を始めてくれた。
「そうだね、三大流派ってのは、私が習得してる流華流の他に泰山流、嵩衝流というのがあって、それぞれ掲げてる目標というか到達点が違うの。
流華流は、究極的な臨機応変能力の会得を理念としているから符術以外にも拳法であったり剣術であったり色々習得させられる。
泰山流は、『完全な肉と技』を掲げてるね。自分の体だけで最高の攻と守の実現ってところかな。
そして最後、嵩衝流は、ずばり『一撃必殺』だね。『守り?女々しいわ!』って感じで防御を知らないから殺られる前に殺る精神が染み付いちゃってる奴らだよ。この流派は他二つと違って数も少ないし普段から山籠りしてるからあまり見かけないね」
「なるほど」
単純に得意不得意で語れるものではないということか。
「まぁ、話に聞くだけでは想像しづらいよね。お兄さんも御前試合に出るならその時に実際に見てみればいいよ」
「そうするよ」




