第五十九話 秘密
一週間が経った。
テレシアさんの予想通り、クロウ、アルヴィ、アリアの三人は帰ってきた。
「帰ったぞ〜」
自室でフォレスタやエレインとトランプで遊んでいたとき、アルヴィとアリアが入ってきたのだ。
「おかえり〜。よっし、俺あがり」
「ちっ、また大将の一抜けかよ。フォレスタ、あんたがドベになりな!」
「ええっと、トーマ。この人たち、どちら様?」
見知らぬ女性たちがトーマとカードゲームをしている光景に困惑するアルヴィは問う。
「鉱山都市の拠点にいた仲間だよ。彼女たちもスレイズのメンバーさ」
「なんでここにいるんだよ」
「……向こうでの活動は協力者が肩代わりしてくれたから人員をこちらに回したんだよ」
「なんか間があったけど……まぁ、いいや。俺も混ぜろ」
呑気にゲームに参加するアルヴィの後ろに立っていたアリアは「女が増えた」と呟きながら俺の方をじろりと流し見ていた。
ーーー
「カルトンへ行け」
クロウの執務室に呼び出された俺はイザノバ、テレシアに両脇に立たれ有無を言わさぬ圧力に晒されながら命令されていた。
「カルトン、ですか?確か、ラトガトの北西にある港市国家でしたっけ、帝国の属国の」
港市国家カルトン。
漁業と運送業を主要産業とする大陸西部沿岸一帯に広がるカルトンは、大海の竜騎士が治める帝国最大の西大陸との交易地である。
「そうだ」
「なんでまたそんなとこに?今の段階であそこを押さえるのリスクが高すぎると思うんですけど」
西大陸最大の国家レブレント王国、彼の国の歴代の王は東大陸征服を掲げている。オルグスの歴史書には王国が派兵してきたという記述が何度も出てくる。その度、大海の騎士に敗れているわけだが。
直近では、俺達が雷の騎士を倒したことが広がったあと、クロウたちに接触してきた(らしい)。
それほどまでに、帝国への進出を渇望している奴らが望みを現実のものに出来ていないのは、偏に大海の騎士の存在があるからだろう。
曰く、彼女は凶悪なる海の魔物を操る。
曰く、彼女はその身を雄々しき海蛇へと変じることが出来る。その海蛇の体は傷つけること叶わず。
まぁ、いつも通りのバケモノだ。
今の段階で押さえるのは危険というのは、帝国の打倒すら遠い現状に西の王国連中がなだれ込んできたりしたら、帝国を倒すことは出来るかもしれないがその後、寄る辺をなくした民衆がより酷い支配に苦しむかもしれないということだ。
無論、彼らがそういうことをすると決まったわけではないがしないとも限らない。
もっとも、大海の騎士を倒せればの話だが。
「今回は別に攻めに行くわけじゃない。
カルトンから出る船に乗り、レブレント王国へ入国することが目的だ。
イザノバから聞いたぞ、お前、休みが欲しいそうじゃないか。たまには異国の地で羽根を伸ばすのも悪くないぞ」
「「うんうん」」
クロウ、イザノバ、テレシアの三人は普段見せない満面の笑みだ。
胡散臭すぎる。
これほど信用できないものが他にあるだろうか。
クロウさんなんてよく見ると、普段から仏頂面で表情筋が死んでるから頬がピクピクと引きつっている。
絶対なにか裏がある。
「いや〜、俺一人だけ休むなんて申し訳ないっすよ。まだまだ働けますっ!」
ビシッィ!と敬礼してやる。
「いやいや、私達はね、君たち新人を酷使しすぎたと反省したんだよ。気分転換だと思って行ってらっしゃい」
「いえいえ、とんでも───」
「行け」
クロウの低い声が響いた。
「ほらな!やっぱり何かあるんだ!騙されてはやらないぞ!吐いてください!俺に何をさせようとしてるんですか!?」
「言わない」
「吐け!イザノバさん、テレシアさん!二人も知ってるんでしょ!?」
「「うんうん、知らない」」
仲良く、示し合わせたかのように棒読みで首を横に振る二人。
「絶対嘘だ……」
「トーマ、諦めろ」
クロウの声色はまるで子どもを宥めるような大人のようだった。
「何を───」
と、俺が言いかける途中、クロウさんは言葉を被せてきた。
「言うこと聞かないと───シャーロットにお前とフォレスタが婚約したことをバラす」
「なっ!?ひ、卑怯だ!」
なんて奴だ。ここまでするのか。
「何故かは知らんがお前はフォレスタとの関係を他の奴らに黙っているだろ。シャーロットとの関係、中々いいからな。あいつには言えないよなぁ」
くそ……ニヤニヤしやがって……。
「クロウ…それは流石に……」
「うん、良くないと思うわよ」
フォレスタとの関係云々は二人も知らなかったようだ。
クロウのアドリブに二人も引いている。
「ふん、で、どうするトーマ?」
「く、くそっ……。俺をレブレントに向かわせて何をさせる気ですか?それを聞かないと──」
「婚約……」
「わかりましたよ!!行きますよ!これでいいでしょ!」
「よろしい。じゃあ下がっていいぞ」
とぼとぼとドアへ向かうトーマは去り際、ボソリと呟いた。
「クロウさん、あなたは近く強烈な腹痛に見舞われるでしょう……」
ーーー
それから一時間後、トーマはテレシアの部屋を訪れていた。
「テレシアさん、いや師匠!教えてください、俺は何のためにレブレントへ向かわされるのでしょう!?」
バンッと机に両手をついて問うトーマ。
それを読書しながら聞き流すテレシア。
「……教えてあげれるならさっき教えてるわよ」
「そんな重大な任務なんですか?」
「……ええ。とっても」
何だ今の間は。それにどこか気まずそうな……。
「余計気になりますよ!!」
「ダメ、教えない」
「どうしても?」
「どうしてもよ」
「はぁ、じゃあ仕方ないですね。諦めますよ」
?
えらく素直に引き下がるわね。
テレシアはチラリとトーマを見た。
「そ、それは!?」
彼女は驚愕した。
トーマが『門』から巨大な魔石を取り出したからだ。
「ああ、これですか?ダラズミルのお土産にと思ってたんですけど、教えてくれないならおあずけかなぁって」
トーマが取り出したのはヒュドラの魔石だった。
半分に割った球の形をしているそれは半分とはいえ、トーマとほぼ同じほどのサイズだった。
サイズも内包する魔力量も一級品。いやそれ以上!
テレシアが得意とする結界魔術は魔石を大量に消費するうえ、品質も重要なのだ。サイズだけ立派な粗悪品では魔力が足りずに発動しない。
しかし、このヒュドラの魔石なら、大魔術ように取っておくもよし、研究用に必要なときに必要な分だけ砕いて使用するも良し。
「お、お土産なら素直に渡してくれても…いいんじゃないかな?」
「ええ〜、でもぉテレシアさん教えてくれないんでしょ?」
「くぅぅ……。あっ……しかし……」
あと一押しだな。
案外、欲に素直な人みたいだな。
チョロいぜ。
「今ならこれもつけましょう」
俺は小瓶を取り出した。
その中には黄緑に発色する液体が入っている。
「そ、それは!?凄まじい魔力量……まさか、エーテルかい!?」
「正解!流石テレシアさんだ。こんなものも知ってるんですね」
「それをどこで、いや、どうやって手に入れたんだ!?」
テレシアは身を乗り出してキラキラと目を輝かして俺から瓶を奪い取る。
あっ、盗られた。
「作ったんですよ、俺が」
「作った!?実演してくれ!」
食いついたな。
「いいですけど、先に俺のお願い聞いてくれますよね?」
コクコクと頷くテレシアはあっさりと口を割った。
「………。
君だけを向こうに向かわせるのは旅費を浮かせるためだ。レブレントにつき次第、君には『門』を開いてこちらと繋いでもらうことになっている」
なんかまた間があったんだけど。
言ってはいけないことを選んでるんだろうな。
しかし、
「それだけですか?それが目的なら最初から言っておかないと俺が『門』を繋げることなかったと思うんですけど」
つまり、今のテレシアの言葉はどちらにせよ、後で聞かされる話だったわけだ。隠すほどのことではないはず。
「うぐっ…。あとは、外貨稼ぎだね。近々、レブレントで大きな大会、御前試合が行われる。御前試合は剣闘部門と魔術部門、総合部門の三つがあり、剣闘と魔術は並行して行われる。総合は剣闘と魔術の部門が終わり次第、執り行われる。君とアルヴィにはそれぞれに出場してもらい、優勝してもらう。国を上げての大会だから例年莫大な報奨金が出るんだ」
「それだけなら黙ってる必要ないですよね」
俺はおかわりを要求する。
「その報奨金を元に君にはレブレントの内情を調べてもらう。これ以上は言えない!」
この他にもあるのね。
これ以上のことが。
「さぁ、私は言ったぞ!エーテル作りを実演してくれ!」
「はぁ……わかりました。ただ、これめちゃくちゃ疲れるんで一回しかやりませんよ。てかできません。いきますよ」
そう言って俺は普段から行っている魔力制御を解いた。
途端、膨大な魔力が吹き荒れる。
俺は胸の前で両手を合わせて、徐々に手を広げていく。
吹き荒れている魔力は段々と勢いが弱まる。
そうして完全に止んだころ、両手の間には小さな石ころサイズの魔力の球が出来ていた。
俺の全魔力をその小さな球に圧縮しているのだ。それをさらに圧縮、圧縮、圧縮する。
額にはじっとりと汗が滲む。
少しでも気を抜けば圧縮された魔力が一気に解放され大爆発を引き起こしてしまうのだ。
気を抜かずに圧縮を続けていくと、
ある瞬間、紫の魔力の球が黄緑色の液体へと変化した。
ポチャンと小瓶へと落ちる雫こそがエーテルなのだ。
「はぁ…はぁ…どうですか?」
「……あれだけの魔力を使って、たった一滴?」
「はい」
「……技術は素晴らしいけど……再現性がなさすぎるわね」
困ったような顔をするテレシア。
俺もそう思うから仕方ない。
魔力量も制御技術も誰も真似できないレベルだからな。
ちなみに、すでに小瓶一本分のエーテルは生成してある。
そもそもだ。クローディアが急に『君、エーテル作っておきなよ』なんて言い出したのが事の始まりだった。
どうせ翌朝には魔力が全回復してるんだし寝る前にエーテル一滴くらいは作っておいたら、ってことらしい。
魔石より純度が高い魔力源だ。いくらあっても問題はないとの判断により作ることにした。
まったく、何に使うんだか。
「あっそうだ。テレシアさん、カルトンへの出発はいつになるんですか?」
俺は小瓶の中のエーテルをまじまじと眺めている彼女に聞いた。
「ん?ああ、そうだね、来週あたりにでも出発すれば間に合うと思うよ」
「来週か…早いな。待てよ、ラトガトからカルトンまで一ヶ月はかかるとして……レブレント行きの船って出るんですかね?海が凍ったりしないんですか?」
「う〜ん、海が凍るってのは聞いたことないね。あの海域は常に強風が吹いていて波が激しいからね。海水が常に循環して、あんまり水温が下がらないんじゃないのかな?専門じゃないから深くは知らないな」
ふむ、海って冬でも凍らないのか。
「わかりました。ありがとうございます。じゃあヒュドラの魔石はここに置いときますね」
「ヒュドラだって!?本当かい!?」
「え、ええ」
「鱗は?肉は?爪は?」
グイグイと詰めてくるよこの人。
「う、鱗だけなら……」
取り出すと即座に奪われる。
「ちっ、仕方ない。
いや〜助かるよ。黒色兵器の黒剣だったりエステラの斧『神威』だったり、魔力を斬り裂く武器が多くて厄介だったんだ。伝説ならヒュドラの鱗は魔術を跳ね返すはず。これを研究すれば……。そうだ!これを持ってるってことはトーマ、君はヒュドラと戦ったんだよね?どうだった?」
「そうですね。魔術を跳ね返されることはありませんでしたよ。ただ、その鱗に魔術が触れると魔力が霧散してしまうみたいです」
「それでそれで!?」
「あとはですね───」
俺はこの後数時間にも及ぶヒュドラ戦闘レポートを口述させられた。




