第五十八話 帰還しました
獣人の住む森を北西に進んだ先には、とある街があった。
東西の大都市に挟まれた、人口は一万にも足りない小さな街だ。
この街は言うなれば大都市の中継地のような役割を担っていた。
数百年前のオルグス帝国による大陸統一戦争以前、この街はとある国の辺境に位置しており隣国との国境防衛を担っていた。
統一戦争が勃発すると当時の領主はオルグスの軍事力を正確に見抜き、忠誠を誓った自らの王を裏切りオルグスに与することになる。
その後、見事大陸統一を果たしたオルグス皇帝は領主に褒美とともにその地の運営を引き続き任せることにした。
現当主であるヴォルン伯爵の屋敷の一室に獣人の森から戻ってきていたユリウスはいた。
『ユリウス、結果は?』
「……申し訳ありません。作戦は失敗しました」
連絡役であるカリンの口からは、ユリウスの主人であるリットの言葉が流されている。
カリンと彼女の弟アランによる『感覚共有』は、ユリウスとリットの遠距離通話を可能にしている。
『ユリウス、お前には十分な戦力を与えたはず。……原因は?』
リットの言葉は怒りよりかは困惑に近い色を感じさせる。
「私の至らなさ故──」
『そういうことを聞いてるんじゃない。何があった?詳しく話せ』
「分かりました。
獣国との交渉、そして若い獣人の暴走までは上手く行きました。交渉人として向かわせた罪人の殺害を大義に彼の国に攻め込みました。……が、しかし……あの男、グレイから奇襲を受けました」
ユリウスは眉間に皺を寄せながら淡々と事実を述べていく。
『……またグレイか』
「はい。短期終結のため、貸出していただいた騎士は皆獣国に向かわせ、私やミュリエラは後ろ備えとして待機していたのですが、そこに現れたグレイにミュリエラを人質に取られてしまい……。
私たちの悲願のため、まだ彼女を失うわけにはいかなく」
『そうか……事情は分かった。
ミュリエラや騎士たちはどうだ?』
「ミュリエラの行方は掴めておりません。それと騎士たちのことなのですが、想像以上に死傷者が出ています。先行させたブルタルス隊は全滅したと報告を受けております」
『なっ!?あの者たちが!?
………ユリウス、お前が兵を退かせたのは結果的には良かったのかもしれない。
私はどうやら獣国というものを侮っていたようだ。ユリウス、兵が回復次第帝都へ戻れ。次は、私が出る』
「承知しました。では、失礼します」
カリンに目配せして通話を切る。
ふぅ、と一息つくと扉がコンコンとノックされる。
「入れ」
「失礼します」
入室してきたのはリットお抱えの諜報員であるポートマンだった。
「戻ってきてくれたか。
それで、例の結果は?」
「はい、あの男はおそらくシロでしょう。ご命令通り、ユリウス様たちが獣国へ向かっている間、私はずっとトーマという男を監視しておりましたが不審な点はありませんでした」
「そうか……よかった」
ユリウスは背もたれに体を預けて天井を見上げて胸を撫で下ろした。
「彼は、何をしていたんだい?」
「一日中、部屋で読書をしていました。魔術にとても関心があるようで『現代魔術基礎理論』という本を読み込んでおりましたね」
「そうか、彼らしいよ。
……本当に良かった。彼が、トーマがグレイじゃなくて」
ユリウスはそう呟くと、小さな窓を開け放ち、一面に広がる穀物畑を眺めた。
ーーー
「とか思ってるんだろうな」
『うん?急にどうしたのトーマ、あ、そこもう少し深くね』
「こうか?」
俺は精神世界に住み着いているクローディアにアドバイスをもらって新調したばかりのミスリルの槍に魔術の刻印を施していた。
鉱山都市の宿の床にはミスリルの削りカスが散らばっている。
『そうそう、いい感じ。これを反対にもやってね。それで、誰が何を思ってるって?』
「ユリウスだよ。多分あいつ、俺をグレイじゃないかって勘付いていたと思うし」
『へぇ、なんでそう思ったの?』
「そうだな。この前、いきなりヒュドラ討伐の報奨金だって小切手貰ったよな。でもさ、俺、別に自分からヒュドラ討伐しましたって名乗ったわけじゃないんだよ。そもそも街についた直後だったんだ、あの時は。この街に来たのも初めてなのに、なんで小切手くれた男は俺がヒュドラ退治した奴だってわかったんだろうな?」
『ユリウスから君の特徴聞いてたんじゃない?』
「その可能性もなくはないけどな。
でもさ、俺の特徴って言えばこの灰色の髪だけど、珍しくはあるけど全くいないわけではないんだ。服装だってどこにでもあるものだし。
だから、一つの仮説を立てた。
あの男はヒュドラの死骸発見から小切手渡すまでの間、理由は知らんけど俺のことを調べていた。そんなとき、ユリウスから小切手の受け渡しを頼まれた。
これなら、向こうが一方的に俺を知っていてもおかしくないだろ?」
『突飛な発想だと思うけどなぁ〜』
「でも辻褄は合う、と思う。
というかそれ以前にさ、ユリウスにしたらトーマとグレイという凄腕の魔術師が同じタイミングで現れたように映ったはず。同一存在とまではいかなくても何らかの繋がりくらいは警戒しててもおかしくないんだ。実際、俺、この国が嫌いだ!貴族が嫌いだ!って言っちゃってるし」
ガリガリと槍に刻印を刻むトーマ。
その顔はどこか楽しそうだ。
「まぁ、そういう理由で監視されてるんじゃないかなぁ〜って思ったんで、グレイとして獣国攻めしてたユリウスの下に向かう前に魔術で俺がこの部屋で寛いでる姿を投射してたわけ。
案の定、監視されてたわけだが」
『なんでそんなこと分かるの?』
「お前は寝てたから聞いてなかったかもしれないけど、さっきフォレスタに頼んで調べてもらったんだよ。この窓から部屋の中が覗ける角度を割り出して、その延長線にある建物に何か匂いが残ってないかなって。そしたら、明らかに直前まで誰かがいたとしか思えないほど匂いが残ってたそうだ」
『へぇ…中々頭が回るみたいだね。そこ、もう少し長めにね』
「はいはい。
そういうことで俺はユリウスから疑われることもなくなったわけだ。いや〜疑いが晴れるっていいね!」
説明が終わると同時に作業も終了する。
立ち上がり、槍を一振り。
「うん、感覚に狂いは無し。
じゃあ発動してみるか」
窓を開けて刻印が刻まれた穂先を空に向けると魔力を込める。
瞬間、凄まじい衝撃波が放たれる。
「よし、こっちも成功」
『それじゃ、次ね』
「ああ、頼むよ」
そうして俺は次の作業へと入っていく。
ーーー
翌日
「それじゃあ、本来の仕事はとっくに終わってるんで俺は帰ります」
『門』に荷物を放り込んだ俺はイザノバやフォレスタ、エレインに挨拶をした。
「うん?ああ、もう帰るのか」
そう言ったイザノバは俺の隣にまで来た。
イザノバだけでなくフォレスタやエレインもだ。
「……?」
「何してんだよ。早く『門』を出せ」
「イザノバさんも帰るんですか?」
「そうだよ。あとこいつらもな」
ニコリと笑顔になる女性二人。
「え、えっといきなり実力者が抜けたらマズいんじゃ……」
「何言ってんだよ。ここの冒険者どもは強者揃いだぜ?それに帝国監視は獣国も協力してくれることになったから俺は他の仕事をしなきゃいけないんだよ。
あと、クロウにお前のお休みのことを相談しなきゃだろ?」
パチッとウィンクするイザノバ。
ったく、あんたって人は。
「了解です!」
俺は目を瞑ると記憶の世界へと潜り、拠点までの道を計算する。
まずは鉱山都市東門からぐるっと回って南へ。そのまま海岸沿いを進んでいき、空へ出る。森の中、襲いかかってきた獣人から逃げるために空へ出たんだ。高空から見えた教会領へ繋ぎ、最後、そこからスレイズの拠点へ。
「よし、繋げました」
手をかざすと人が入れるほどの大きさの黒い穴が宙に現れた。
繋げた先は俺の自室だ。
一人一人潜らせ、最後は俺だ。
『門』を出るとそこは見慣れた空間。
四人もいると手狭な部屋から出た俺達は、とりあえずクロウの執務室へ向かった。
「はい、シャーロットちゃんこれお願いね」
「はい」
執務室にいるのは、テレシアとシャーロットの二人。
彼女たちは不在のクロウの代わりに書類仕事を担っていたのだ。
シャーロットはテレシアから渡された書類に目を通すと高速でペンを走らせ、それを束にしてまとめている。
そのとき、ガチャリと執務室の扉が開かれる。
「帰ったぞ〜、クロウいるか?」
「あら、イザノバ?と、トーマも。それに、フォレスタちゃんとエレインちゃん。どうしたの?」
テレシアさん、二人のこと知ってたんだ。
まぁ、物資補給の任は元々この人の仕事だったらしいから不思議ではないか。
「姉さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、テレシア様」
女性二人はペコリとお辞儀する。
部屋を見渡したイザノバはテレシアに問う。
「テレシア、クロウはどうした?」
「あいつなら新人連れてラトガトまで行ってるわ。連絡はないけど、あと一週間くらいで帰ってくると思うわよ」
「そうか、あとそれと───」
イザノバたちが話し込んでる間、放ったらかしにされてる俺の下にシャーロットちゃんが寄ってきた。
「おかえりなさい、トーマさん。お仕事どうでしたか?」
「……結果的には上手くいったかな?」
俺は目を泳がせて言った。
「?」
シャーロット姫は首をかしげている。
かわいい。
ああ、帰ってきたって実感が湧いてくる。
「それで、トーマさん。そちらのお二人はどなたなのでしょう?」
「あぁ…ええっとそれは……」
俺の歯切れの悪さに何かを勘付いた姫様の視線は一瞬、何者をも貫いてしまうような鋭利なものへと変化する。
それはすぐに収まるのだが、心を貫かれた俺は「ひっ…」なんて情けない音を漏らして黙り込むしかなかった。
「私はフォレスタといいます。こちらはエレイン。よろしくお願いしますね」
「よろしくな」
フォレスタは俺の婚約者であることを伏せて自己紹介をした。
よくやった!流石フォレスタ、空気の読める女、出来る女ァ!
エレインも余計なことを言わないでくれた。
いける、いけるぞ。
「ふふ、私はシャーロット・バルガスと申します。お二人ともよろしくお願いします。
それで?トーマさんとはどのようなご関係──」
「あっ、そうだ!俺、姫様にプレゼントがあるんだった」
俺は話を逸らすように『門』から銀の指輪を取り出した。
「まぁ!トーマさん、それは!……そういうことなんですね!?」
シャーロットはズイッと体を近づけてくると指輪を持つ手を両手で包み、目を輝かせた。
どういうことなのだろうか?
この指輪の効果に見当でもついてるのだろうか。
「ええっとそうだ、つけてみるか?」
「ぜひ!」
彼女は俺に手を差し出す。
指輪をはめろということだろう。
俺は差し出された左の薬指にリングを通す。
それを見ていたイザノバやテレシアは額に手を当て残念そうな目を俺に向けてくる。
「はぁぁぁぁ……」
どこかうっとりした様子でリングを見つめる姫様に俺は指輪の説明を始めた。
「その指輪にはちょっとした仕掛けがあってだな。なんと、リングがスライドするようになってるんだ。小さい円と大きい円を重ねた二重構造にしたことにより可能になったものなんだ。そんで、スライドさせると、手のひら側にボタンが現れる。それを押すと、」
俺の説明通りシャーロットがボタンを押すと、彼女の体をカバーするだけの魔力障壁が展開された。
「こ、これは……」
「そう!これは指輪型の護身具なんだよ。ちなみにそれ使い捨てタイプだから。はいこれ、新しいやつ」
『門』に突っ込んだ手には大量に指輪が握りしめられている。
「「「はぁ……」」」
俺とシャーロット以外のこの場の全員がため息をついた。
「そ、そうですか……」
姫様は何か困惑している様子だ。
どうしたのかな?
凍りついた空気の中、一人また一人と退出していった。




