第五十六話 停戦
「「俺らが行くぜ!!」」
開幕に飛び出していったのは『赤青剣舞』のライト兄弟だった。
双子の華麗なる連携から生み出される無数の剣閃はトーマ扮するグレイへと襲いかかる。
これが戦闘の合図となる。
グレイは彼らの剣閃を受け止めず、躱して流す。無数に茂っている木々を盾にすることも。上手く捌けている様にも見えるが。
しかし、
「甘いんじゃないの!」
「喰らえや!」
兄エストラーダは防御するグレイの死角を突くようにしゃがみ込んで足払いをし、弟ゲインラーダが体勢を崩したグレイへと回し蹴りを入れた。
吹き飛ばされたグレイは凄まじい勢いで木々へと衝突する。
ライト兄弟は体勢の立て直しなど許さない。グレイが立ち上がる前にその首を跳ね飛ばそうと追撃を図るが。
「「ちっ」」
グレイが放った高速の火弾を警戒し、ユリウスたちの下まで飛び退いた。
「どうだ?」
ユリウスは聞いた。
どう、とはグレイをどう評価するかということだ。
「本体は大したことないですね。まぁ、この通りすぐに立ち上がれるだけのタフネスは認めますが」
「それよりも、あの魔術の生成速度が厄介です。さっきの火の魔術、いつ発動したのかまったく分かりませんでした」
「やはりそう思うか」
兄弟の評価にユリウスも同意する。
ユリウスに関しては実際に一度、正面から戦いっているためにその恐ろしさを身にしみて理解していた。
「ならどうするの?」
ミュリエラの問い。
「速攻しかない。実際に相対したことがあるから解るが、奴は近づかれることを良しとしない。近接戦に持ち込めば十分に勝ち目はある。それに今回は俺一人じゃない。上手く連携できれば」
帝国組が動きを止めている間に、グレイは起き上がっていた。彼はパタパタとホコリを払いながらユリウスたちを注意深く観察している。
そして宙に発生させた黒い穴に手を入れると一本の鈍色の槍を手にした。
グレイは腰を落とし槍を構える。
瞬間、先程の黒い穴がミュリエラの正面に現れると、グレイの持つ槍の穂先が黒穴から飛び出し彼女の胸を貫こうと迫った。
「くっ──!!」
ギィン、と鈍い金属音を響かせながらユリウスはそれを斬り払った。
「あの男に攻撃の隙を与えるな!」
ユリウスの指示にライト兄弟は再びグレイへと迫る。
先程とは違い、彼らは明確に殺気を放っていた。
吹雪のように乱れ狂う連剣。
斬りつける位置やタイミングも絶妙。
これを初見で、いや例えそうでなくとも見切るのは難しいだろう。
グレイとて例外ではなく。
彼はとにかく回避・防御に徹し、動きを見せないユリウスらにも注意しつつ観察する。
ライト兄弟の止まぬ攻撃にしびれを切らせたのか、はたまた、光明を見つけたのか。
グレイは動いた。
舞のような細かな足さばきで常に位置を変え続けるライト兄弟から一気に大きく距離を取り、木の陰に身を潜める。
「無駄なんだよ!」
木の後ろには気配も魔力反応もある。
グレイの位置はバレバレだった。
しかし──。
「ぐふっ!?」
「ゲイン!?───うぐっ」
突如、弟ゲインラーダが不自然に真横に弾かれた。
それに意識を持っていかれていた兄エストラーダも同じく不自然に吹き飛んで木に叩きつけられた。
「な、何が‥‥‥」
ミュリエラは困惑した。
一方的に敵を攻め立てていたと思えば、一瞬にして二人が何かに弾かれたように倒れてしまったのだ。
形勢逆転。
未だ数的有利はこちらにあるはずだが、彼女の脳裏にはそんな言葉が浮かんでしまっていた。
「グレイ‥‥‥」
ユリウスは何もない空間を睨む。
「ふん、やはりお前は気付くか」
そう言うとグレイは姿を現した。
「不可視化の魔術‥‥‥」
「そうだ。人というものは目に見えるものを優先してしまうのだろうな。気配や魔力といった目に映らぬ者を頼りにするくせにな。だから彼らは反応が遅れ、不覚を取ってしまった。
‥‥‥さて、これで邪魔者はいなくなった。心置きなく相手をしてやれるぞ」
「一度勝ったくらいでもう強者気取りかグレイ?そもそも前の勝利はお前一人のものじゃないだろ!」
ユリウスは一足で距離を詰めると上段からの袈裟斬りを放つ。
「ミュリエラは援護を!」
「ええ!」
やはりユリウスは対魔術師の戦い方をよく知っている。
距離だ。
魔術を発動するには時間が必要。それは無詠唱も例外ではない。
それに魔術師の本分は魔術であり剣技や槍技、格闘術ではないため、距離を殺され白兵戦に持ち込まれるとどうしても不利を強いられてしまう。
魔力障壁でユリウスの袈裟斬りを防ごうとするが、彼の黒剣の力『術式分解』により魔力障壁は霧散しただの魔力へと還ってしまう。
「くっ…」
なんとか槍での防御に間に合うが、あまりの威力に大きく体勢を崩す。
ユリウスの追撃。
加えて、剣戟の合間合間に隙を埋めるようにして飛び込んでくるミュリエラの放つ矢も中々に厄介だ。
反撃しようにもその隙がない。
「やはり……強い!」
グレイは顔をしかめた。
「仕方ない……」
グレイは防御に徹しながらも魔術の詠唱を始める。
「『我、再現するは神の使いたる火竜の息吹。その赫灼業火をもって万物を灰燼とせよ───」
途端、後ろに飛び退いたユリウスはミュリエラの前に立つと黒剣を中心とした完全魔術遮断の結界を展開した。
まさか、ここでその技を使うのか!?
ユリウスは心中で叫んだ。
彼の脳裏には以前グレイが同じ詠唱文で放った『ドラゴンブレス』という高熱の熱線が浮かんでいた。
それは直接触れてもいないのに余熱だけで周囲の物体を融解させていった最上級火魔術だった。
森の真ん中でそんな技を放てばどうなるのか容易に想像できるはずなのだが、グレイにそんな常識は通用しない。
ならば、とせめてミュリエラだけでも守ろうとした咄嗟の行動だった。
グレイは詠唱を終え、右腕を突き出すと……バシュッンと何かを発射させた。
実際にはユリウスたちには音しか聞こえず何をしたのかは理解できていないのだが。
結界の出力を強めていたユリウスは中々攻撃が来ないことに少しの不安を抱いていた時、突如、結界の内側に現れた鉄の杭に肩を貫かれた。
「ぐぅ……な…何が……。こ、これは……!」
よく見ると鉄の杭にはワイヤーが取り付けられていた。
瞬時にこれが飛び道具だと理解する。
不可視化の魔術によって姿を隠し、結界内に入ったことでかけられていた魔術が解除されたのだ。
だからいきなり目の前に現れたように見えた。
「な、なるほど……こいつ自身は魔道具ではないわけか……くっ……」
グレイはショットアンカーのワイヤーを巻き戻すと彼らに言う。
「獣国から手を引け。そうすれば今回は見逃してやる」
「なっ!?」
ユリウスはグレイの言葉を即座に否定することはなかった。
奴の右手には既に詠唱済の最上級魔術がチャージされていたからだ。
自分は手負い。背中にはミュリエラがいる。彼女は騎士ではあるが、そもそもは戦闘要因ではない。もし仮にグレイが魔術を発動すれば、防ぐ術はない。
「さぁ、どうする?」
「……いいだろう。しかし条件がある」
「条件?そんなこと言える立場だと思ってるのか?………まぁ言ってみろ」
「追撃はするな。無駄な人死を出したくない」
「無理だ。俺だけならお前たちの背中を狙うようなことはしないと約束できるが、俺は別に獣国と繋がりがあるわけではない。撤退する騎士連中を追撃するかどうかは獣国から決めるだろう。しかし、交渉役を殺すような奴らだからな、十中八九追いかけてくるだろう」
「……分かった。お前さえ追ってこなければひとまずいい」
そう言って立ち上がるユリウス。
すると、
「おい、赤毛の女。お前はこっちに来い」
グレイはミュリエラの腕を引っ張ると彼女の両手を後ろで拘束した。
ユリウスは剣を手に取る。
「グレイ!何のつもりだ!」
「人質だよ。お前を疑うつもりはないが、信じきるのも如何なものかなと。安心しろ、お前たちが約束を守るのなら彼女の身の安全は俺が保証しよう。何者にも触れさせないと誓うよ。それでいいかな?お嬢さん?」
ミュリエラは数瞬、思考を巡らせると一息つき、
「わかったわ」
と了承した。
「聞いたか後ろの兄弟。この私に攻撃でもしてみろ。この女の首、へし折るぞ」
「「ちっ」」
勘付かれていたことを理解した兄弟は剣を鞘に納めてユリウスの下へと進む。
「グレイ、くれぐれも約束を違えるなよ」
そう言い残すとユリウスとライト兄弟は森の奥へと消えていった。
グレイはミュリエラを聖樹結界で完全拘束すると、適当な岩に腰掛けた。




