第五十四話 都市騒乱
「ガハハハハハァ!!!やはり、いい!いいぞ貴様らは!」
鍛え抜かれ太く逞しい体躯は騎士服を内側から破らんとする勢いを感じさせる。
短い茶髪を激しく揺らす大男は大きく口角を吊り上げて自分とこうも殺し合える相手を褒め称えていた。
「あっそう!早くくたばってくれや!」
赤い髪の狼の獣人──イザノバも言葉の割には楽しそうだった。
イザノバが相対しているのは大地を司る竜を宿す竜騎士ガイア。
この街の領主であり帝国を最強たらしめる要因の一角を担う男だった。
徒手空拳のガイアに対しイザノバは金銀の対の短剣。
空気さえ動きを阻害する要因になりえてしまうほどの高速戦闘が繰り広げられる。
術理と経験が完璧に融合されているガイアの連打は大振りながら的確に急所に迫る。
それを最低限の動きのみで捌いていくイザノバは受け身の姿勢ではあるが積極的にカウンターを狙っている。
イザノバは迫る突きを屈んで躱し足払いし、ガイアはそれを小さな跳躍で避けてそのまま上体をひねって回し蹴る。
「くっ…」
双剣をクロスして防御。
後方へ押し退けられたイザノバへガイアは追撃の一手を繰り出す。
着地した後、ガイアは即座に上体を反らして喉元に迫る双剣を回避し三度のバク転で距離を取った。
「がたいの割にすばしっこいじゃねぇの。大男さんよ」
「パワータイプがノロいなんてのはステレオタイプの考え方だぞ。
パワーはある!スピードもある!
今はこういう人材が求められる時代だからな。リーダーたる私が示していかねばなるまいて!」
ガイアはガハハハと大きく笑った。
もともとは戦場に生きる男だ。
平和な時代になって戦う場を失った彼は今この戦闘を大いに楽しんでいるのだ。
ガイアは目を鋭くして、それに、と続ける。
「そういう貴様も中々油断できぬ力を秘めているではないか。
俺のこの竜の肉体、生半可な攻撃では傷つけることなど叶わんというのに。
見ろ、血が流れてしまっているではないか」
ガイアは首の筋肉を収縮させて傷を強引に塞ぐ。
「ふん、そんなこと一々言葉にしなくとも分かってるだろ、お互いによ」
イザノバは二ヶ月ほど前のことを思い出していた。
ガイアは腕を切り落とされ、イザノバは腕に呪いを受けた。
共にすでに回復済。
万全だった。
イザノバの言葉にガイアは不敵な笑みを浮かべる。
覚醒済であることを示す竜人の縦割れの瞳は妖しい輝きを放つ。
「ガハハハ!それもそうだったな!
では、お遊びはこのくらいにして本気でやろうじゃないか!」
「望むところだぜ!」
イザノバもかなり乗り気だった。
イザノバが言い終えるのと同時に、波打ち胎動を始める。
「死んでくれるなよスレイズ!
『九頭竜顕現』!!」
途端、地面から九つの竜の首が生えた。
「おいおい、冗談だろ……」
見上げるイザノバも流石にこれにはビビった。
竜騎士ガイアに九つ首の竜。
この情報だけでもピンとくるものがあった。
数百年前のガイアによる『邪竜討伐伝説』だ。
討伐された邪竜とは、すなわちヒュドラ。
なるほど、左腕に受けた謎の呪いはヒュドラの猛毒、もしくは瘴気の塊のようなものだったのだろう。
道理で普通のポーションでは治らなかったわけだ。
イザノバは得心がいった。
次の瞬間、九つの首がイザノバへと伸びた。
イザノバはとにかく前へ出て竜の首を避けていく。
ガイア本体の周辺には攻撃しないと踏んだため。そして近づけば、ガイアへ直接攻撃も可能となる。
逆に距離を離すのはリスクが大き過ぎたのだ。
一番の理由はイザノバが遠距離攻撃手段を持っていないのとだった。
近づいくしか道がなかった。
避けたと思えば、地面と水平に迫るものもあれば急に背後に現れるものもある。
『九頭竜顕現』で現れた竜の首はあくまでもガイアの魔力で形作られたもの。
一度に出せるのは九つまでと制限はあるが、地面であればどこにでも生成可能だった。
ゆえに九頭竜は縦横無尽に敵を容赦なく襲い続ける。
イザノバは獣人特有の超感覚と身体能力で竜の猛攻をすり抜けてガイアへと刃を差し向けるが───。
「ッ!?どこに───」
そこにガイアの姿はなく。
気配を探り、後ろに振り向いた瞬間、ガイアの拳がイザノバの横っ面を豪快に殴りつけた。
「ブハっ……」
衝撃で吹き飛び、瓦礫に突っ込んだところを九頭竜が追撃。
バゴォォォォン!!!
と、轟音と凄まじい地揺れが走る。
「……もう死んじまったか?」
土煙が収まるまで、イザノバの死体を見るまでとりあえず攻撃の手を止めて静観するガイアに声がかけられる。
「んなわけないだろ!」
土煙に紛れていたイザノバは既にガイアの眼前。
ガイアは嬉々として九頭竜を差し向けるが、
「ありゃ?首がねぇな」
「斬ったよ!」
その言葉にガイアはこの戦いで初めて全身に魔力を循環させて身体を強化する。
吹き出す圧力。
イザノバの双剣とガイアの拳が激突する。
「やはり…やはり貴様らはいつの時代も…いい!」
「嬉しそうにしやがって。
このバトルジャンキーが──うん?」
途端、両者の動きが止まった。
東の地区から視認できるほど膨大な魔力が解き放たれたのが見て取れる。
「おお……凄まじい魔力量……。龍脈の逆流……いや、これは違う──ッ!?」
「………」
龍脈の逆流?
龍脈とは何だ?
いや、それよりもこの魔力は……トーマだな。
イザノバは確信していた。
トーマがスレイズの拠点に運ばれてきた日、その膨大な魔力量に驚かせれたことを覚えていたからだ。
視界端にエレインとフォレスタ、そして灰色のローブを着た男が走り抜けていくのが見えた。
魔力はその灰ローブから放たれていた。
ガイアはこの特徴に当てはまる人物を脳内でリストアップしていき、一人、可能性の高い人物を割り出した。
「……あれが『グレイ』か。
試してやろう」
生成された一つの竜の首が彼らに向かう。
獣人の娘が慌てふためいて灰色のローブに何か言うと、灰ローブの男は竜へと人差し指を向けて一本の光線を放った。
それはいとも容易く竜を貫いて崩壊させる。
「ほぅ、ユリウスを破っただけはある。
だが今はそれよりも──こちらを楽しまねばな!」
ガイアはイザノバの方へ振り向き直すと再び魔力を滾らせた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
評価して応援していただけると執筆の励みになります!




