第五十三話 都市騒乱 序③
トーマは地下の拠点でソファに寝転がって一枚の紙を眺めていた。
これはさっき知らない男から受け取ったものだった。
「イザノバさん、どうやら俺がヒュドラ倒したことバレてたみたいです」
「あ?思ったより早かったな。って、なんでそんなこと分かる?」
「これですよ。さっき大通り歩いてたら知らない男からヒュドラ討伐の報酬だって言われて貰ったんです」
トーマはその紙をイザノバに渡した。
イザノバはその紙に書かれた数字を見つめる。
「金貨で……15000。まぁ、そんなもんだろ」
「反応薄っ!金貨15000枚ですよ!人生10回あっても使い切れない額ですよ!これでもうお金に困ることはないよぉ…」
門衛に止められることもないし図書館で門前払いされることもない。
「苦労したんだなぁ。何に使うとか決めてんのか?」
「いえ、この金はスレイズの活動費としてクロウさんにでも渡しておきます。多分、あんまり余裕ないと思いますし」
ラトガト出発時に受け取った金は金貨20枚もなかったはず。
……いや十分あるな。
あのとき金に困ったのはアリアがとんでもない額ふっかけられたからだったわ。
宿屋もよく考えたらかなり高額だったような……。
過疎農村の子の俺と貧民孤児上がりの元聖女アリア、没落商家二世のアルヴィ。
まともな金銭感覚を持ってるのはアルヴィだけっていうデコボコトリオ。
よくやったよな俺達。
「それに俺、ミスリル売ったおかげでだいぶ懐に余裕がありますから」
「そういうのは一人で使ってなんぼだぜ?自分で稼いだ金なんだから自分のために使いな」
ーーー
俺はイザノバに言われた通り自分のために使うことにしました。
「というわけで、オークションでこんなもの買ってきました」
俺は10機の機械をテーブルにおいた。
「なにこれ」
イザノバは薄型長方形のそれを持ち上げる。
「これはあの有名なブロディ工房で作られたショットアンカー『撃ち込む君』です」
「……自分のために金を使えとは言ったが無駄遣いしろとは言ってないぞ」
「失敬な。無駄遣いなんかじゃありませんよ。これはこうするんです」
俺はそう言って『撃ち込む君』を一つ、片腕に装着した。
そしてそれを誰もいない場所へと向けると。
バシュッという小さな射出音とともに格納されていたアンカーが高速で10m先の壁に撃ち込まれた。
「どうですかこれ?そして、これ本体に魔力を通すと、このように自動でワイヤーが巻き取られて格納されるんですよ」
俺はどうだと言わんばかりに胸を張って自慢する。
これは使えると、オークション会場で確信して即買いしたのだ。
同席していたエレインはこれの価値を見出せずにいたがな。
「……いや、意味ないだろ。こんなの一度見たら避けるの簡単そうだし」
「何言ってんすかイザノバさん!いいですか、これはですね、射出は完全に機械によって行われるので魔力を必要としないんですよ!魔力で探知されることがないんです!それに───」
俺が『撃ち込む君』の良さを力説している途中だった。
血相を変えたエステラが地下拠点に飛び込んでくるとイザノバに耳打ちした。
何か重要な情報だったらしく、イザノバは「その話はまた今度聞いてやる」と俺に言ってエステラとともに部屋を出ていってしまう。
「……何かあったのか?」
一人放置された俺はとりあえず残りの9つの『撃ち込む君』を『門』の中に収納しておいた。
その日、イザノバが帰ってくることはなかった。
ーーー
翌日、昼
事態は動き出す。
俺は製作を依頼していた新たな武器を取りにドワーフの工房に赴いていた。
手渡されたのは艷やかな鈍色の槍だ。
重さや長さは前のものとほぼ同じ。
握りの感覚も同じだ。
軽く振って感覚を確かめる。
空を切る音は小さく、切れ味の良さが窺える。
「うん、素晴らしい。正直、ここまで違うなんて思わなかった」
「当然じゃい!お前さんが使ってたのは手入れもあまりされておらんかった予備のもの。こいつと同じにされちゃ困る。
それと、これもな」
店主は奥から一振りの剣を取り出す。
これは俺が素材を納品しに行ったときに追加発注しておいたロングソードだ。
槍と素材は同じでミスリルとメタルリザードの甲羅であるメタルシェルから打たれたものだ。
「流石、仕事が早いな」
「まぁな、久々の注文だから気合入っちまったよ」
「ありがたいよ。
うん、確かに受け取った。
じゃあまた何かあれば寄らせてもらうよ」
俺がそう言って店を出ようとした時だった。
バゴォォォォォン!!!!
けたたましいまでの轟音と続く崩壊音。
そして一瞬、立っていられなくなるほどの地揺れが発生した。
「なんだ!?」
とにかく俺は外へ出た。
すでに大通りは逃げ惑う人々でごった返している。
俺は建物の屋上に飛び移り、状況把握と轟音の元凶を探った。
人々の悲鳴の中、何か金属が激しくぶつかり合うような音も聞こえてくる。
俺はこれが何なのか、身をもって知っていた。
戦闘だ。
誰かが戦闘している。
激しさや音に乗る気合というか覇気のようなものから、かなりの実力者同士がやり合っているのが分かる。
「うん?」
そんな轟音とは別に他の戦闘音も混じっていることに俺は気がついた。
ーーー
「ふぅん〜?確かこの先の道、右に進めば行き止まりだったわよねぇ。
あなたたちは迂回して左方より追い込んで。あたしたちはこのまま真っ直ぐよぉ!行け!」
「「「はっ!」」」
オネェ風味のリーダーの指揮の下、騎士たちはある人物を追い込んでいく。
「はぁはぁはぁ、フォレスタ気合いれなよ!」
「はい!」
追われていたのはエレインとフォレスタだ。
彼女たち自身、自分たちが誘い込まれていることには気がついていたが、数的不利のために抗えずにいたのだ。
アタッカーであるエレインは騎士どもに奇襲を受けた際に手傷を負ってしまい大剣を振るうことも難しい状況にあった。
逃げるしか選択肢がないのだ。
「ちっ、回り込まれたか、こっちだ」
額に滂沱の汗を流すエレインは自分が陰湿な蛇影のとぐろに飲み込まれたような気分だった。
迫る騎士からフォレスタを庇いながら進んでいくが、そこはやはり行き止まり。
「なぜ私たちを追う!?」
エレインは吠えた。
「あなた自身にはなんの落ち度もないの。あたしはねぇ、あなたのお姉さんに聞きたいことがあるの」
答えたのは奥から現れたオネェだった。
「姉貴に?だったら直接本人に聞きゃいいだろ!」
「そうなんだけどぉ、あの女が素直に吐くとは思えないからねぇ。
あなたはひ・と・じ・ち、よ☆」
「ならこの娘を狙う理由はなんだ!」
エレインはフォレスタを自分の後ろに隠す。
「その娘も人質よ。今頃はユリウス様たちが獣国に攻め入っているはず。あり得ないとは思うけど万が一にでも攻めきれないようなことがあればその娘を使ってでも……って感じにね。
ただの獣人なら捨て置くところだけど、獣国のお姫様となればそうはいかないもの。
ねぇ?フォルティナ姫?」
途端、フォレスタの顔が真っ青になる。
「な、なぜ……それを……」
「あたし、騎士団に入る前は冒険者やってたの。何度も獣国で依頼をこなしたものよ。獣王の娘に対する溺愛っぷりは有名だから気になって調べたことがある。あなた自身、結構式典には顔を出していたからこの街で見かけたときはすぐにピンときたわ」
そうやってペラペラ喋っている間も騎士たちはジリジリと距離を詰める。
一気にケリをつけようとしないのは、手負いとはいえエレインが実力の認められたBランク冒険者だからだろう。
「フォレスタ、お前なら壁を登ってでも逃げられるはず。私が時間を稼ぐからその間に……!」
エレインは大剣の柄をギュッと強く握る。
しかし、
「な、なんで……」
力が入らなかった。
カラン、と地に落ちる大剣。
「効いてきたわね、痺れ薬☆」
「ちっ、今さら思い出したぜ『閃光劇剣』ッ!」
『閃光劇剣』
それは数年前まで活躍したB級冒険者ローズベル・テッラにつけられた二つ名だった。
右腕に比べて明らかに大きく鍛えられた左腕は瞬発力を極めた結果。
その超瞬発力を利用して放たれるレイピアの突きはまさしく閃光。加えて鞘に内蔵された毒液袋によってレイピアの先端は常に猛毒を纏う。
ローズベルの戦術は先手必勝、高速の一突きで相手にかすり傷でも与えればそこから毒が染み込んで戦闘不能にするというものだった。
「期待の新人ちゃんに知っていただけているとは光栄だわぁ。それじゃあんたたち、この娘たちを捕まえてちょうだい」
騎士たちはエレインが戦闘不能となったと思い遠慮なく近寄る。
すると、エレインは動く左手で柄を握り大剣を振り回し騎士を薙ぎ払う。
「こんな手負いの女すら抑え込めねぇのかよ。油断だぜ、騎士様?」
エレインは余裕そうに挑発して時間を稼ぐ。
その甲斐あってこの場にいる騎士どもの視線は全てエレインに向けられていたが。
「んもぉ、大人しくしなさいな」
閃光が走った。
ローズベルのレイピアが盾となっている大剣を大きく弾いた。
二度三度の高速の突きはエレインから大剣を手放させることに成功したのだ。
盾を失ったエレインは自分の体を盾にフォレスタを守ろうとローズベルの前に立ち塞がる。
「あなたねぇ、もう体動かないでしょ?あんまり無茶すると死んじゃうわよ。ほら寝てなさい」
ローズベルの太い腕がエレインの腹にめり込む。
「ぐぅぅ……。待てよおっさん……」
エレインの鋭い視線を受け止めるローズベルはむしろ逆に彼女を睨み返した。
「今なんつった?おっさん?あたしはねぇ!心は乙女なのよぉっ!!」
乱打がエレインを襲う。
「じゃあ、おばさんだな……」
「乙女だって言ってんだろ!!ああ!殺すぞメスガキがっ!」
更に激しさを増す雨のような拳。
「やめてください!!」
「うるさいわ!──むっ!!」
間に入るフォレスタを払いのけようとした瞬間、ローズベルは高速で後退した。
直後、頭上から複数の火弾が降り注いだ。
斬って避ける騎士もいれば反応できず直撃して戦闘不能になる騎士もいる。
ローズベルは当然前者だ。
「何者──ッ!?」
言いかけたローズベルの顔が、いやローズベルだけではない。彼の後ろに控える騎士どもすべての顔が強張る。
エレイン、フォレスタを庇うように宙に現れた黒い大穴。
人ひとり入れそうなそこからは歴戦の勇士でさえ足を竦ませるまでの魔力が漏れ出ていた。
そして、大穴から何者かの手が出てくるとと、黒穴の縁に手はかけられた。
まるで封印されたものが世に解き放たれるようにゆっくりと大穴から人が現れた。
灰色のローブを纏った顔の見えない人物。
体格からは男だと推測できる。
「な、何者よあなた」
ローズベルは震えながらも声をひねり出す。
灰色ローブの男──トーマはボコボコにされて地面に伸びているエレインに『門』から取り出したアリアお手製のポーションをぶっかけた。
すると、一瞬にしてエレインは全快する。
「だ、誰だか知らないけど感謝するよ」
「いいよ。感謝なんて」
二人にだけ聞こえる声量で呟くとトーマはローズベルに向き直った。
俺の声にフォレスタは何かピンときた様子だったが今は目の前の男たちをどうするかが先決だ。
「答えなさい!あなたは何者か!」
ローズベルはレイピアを抜き放ち戦闘態勢に入っている。
今の叫びも自分を奮起させるためのものなのだろう。
「俺か……ラトガトではグレイと名乗ったよ」
「グ、グレイ……竜騎士ダリル様を打ち破ったっていう……。嘘よ……嘘よ!」
「では、試してみるといい」
「舐めるんじゃないわよぉ!」
ローズベルはレイピアを鞘に納めると、深く腰を落として力を溜める。
そして一気に爆発させて距離を詰めると、閃光を超えた瞬光の一突きを繰り出した。
しかし───。
「な、何よそれぇぇえええ!!!!」
抜き放たれたレイピアはトーマの体を貫くどころか、指先ひとつで受け止められ傷つけること叶わなかった。
よく見てみるとレイピアと指先の間には三層の極小の魔力障壁が張られているのだが、ローズベルがそれに気付くことはない。
それほどまでに彼は狼狽していた。
「寝てな!」
吠えるトーマの拳がローズベルの顔面にめり込むと、彼は衝撃に耐えることできずに控えた騎士を巻き込みながら吹っ飛んで行った。
それを追うように逃げ出す残りの騎士どもを見送ったあと、俺はエレインとフォレスタへと振り返った。
「二人とも無事か?」
二人は首肯する。
「誰だかは知らないけど助かったよ」
握手を求めるエレインに返しているとそれを見ていたフォレスタは尋ねた。
「あの〜、もしかしてトーマさんですか?」
「ええっ!?」
「……なんで分かった?」
俺は自分の顔を隠していた認識阻害の魔術を解除してローブのフードを外した。
「やっぱり。匂いとか声色とかそっくりだなって思ったんです」
そういえばフォレスタは犬系の獣人だった。
鉱山入り口でバレたときも思ったけど匂いとか音とか──。
「要対策だな。
それで、今この街で何が起きている?」




