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いずれ幸福へ至る世界  作者: 耳かき侍
第三章
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第五十一話 都市騒乱 序①

 イザノバと合流したことで俺の役目も終わった。

 大部屋の端には山のように積み上げられた補給物資。

 武具や衣服、食料や薬品など色々だ。

 手の空いている人がそれをここと奥の小部屋とを行き来して片付けていっている。


 さて、今後はどうしようか。

 一応、やることは2つあるため、もう少しはここ鉱山都市に残るのだが問題はその後だ。

 2つの用事さえ済ませてしまえばここには用はない。

 拠点に戻るか、ここで羽を伸ばすか。

 実に悩ましい。


 ソファに溶けるようなだらしのない格好で座るトーマがポケーっと思考していると、一人、この地下部屋に入ってきた。

 彼は入るや否やイザノバのもとに駆け寄り耳打ちする。

 イザノバは彼に何か指示を出すと俺の方に向かってくる。


「トーマ、お前ヒュドラを倒したのか?」


「言いませんでしたっけ?ほら、これ証拠です」


 『門』から巨大な魔石とヒュドラの鱗を数枚取り出して見せる。

 フォレスタやエレインは驚きを超えて、もはや俺のことを異質な何かを見るような目だ。

 トーマは続ける。


「それがどうしたって言うんです?確かに強敵ではありましたけど、あの程度ならイザノバさんも余裕だったでしょう」


 イザノバを立てるような言い方だが、紛れもない本心でもあった。

 本来の、つまり首が九本ある状態であれば想像つかないが、少なくとも坑道にいた一つ首のヒュドラであればイザノバの相手ではなかっただろう。


「なんでそこまで俺を評価してるのかは知らんが、それはさておきだ。

 お前、ヒュドラの死骸はどうした」


「放置しておきましたけど。

 『門』の中に入れてもよかったんですけど、あれだけの大物が突然消えたら騒ぎになると思いまして。

 なんかありました?」


「騎士が死骸を見つけちまってな。誰がやったのかを血眼で探してるっつー情報が入った。

 普段、あんな坑道の奥深くまで潜る奴はいねぇからいつやられたのかははっきりしてないようなんだけどな。それでも死骸の状態から時期はすぐに特定される。

 お前に行きつくのも時間の問題だ」


「‥‥‥それがどうかしたんですか?」


「帝国から目を付けられるってことだよ。

 帝国全土に指名手配かけられたグレイって魔術師、どうせお前だろ」


「‥‥‥なぜそれを?」


 この人にはまだ言ってないはずなんだけど‥‥‥。


「お前たちがラトガトに向かってたのは知ってたからな。手配書の情報からすぐにお前だと思ったよ。

 それで、だ。

 直接戦ったのなら知ってると思うがヒュドラの鱗は魔力を霧散させる力をもつ。通常の魔術じゃかすり傷すらつけられん。そんな生物が魔術によって倒されたとなればどうなるか」


「ちょ、ちょっと待ってください。なんで俺が魔術で倒したって分かるんですか。拳かもしれませんよ?」


「お前が?ありえんな。

 まぁ、ともかくそういうことだ。近く、お前には監視がつけられるはず。くれぐれもボロは出さないようにな」




ーーー




 同刻、鉱山内にて。



「こちらになります」


 部下に案内されること二時間。

 ユリウスはミュリエラと他数名の騎士と共に報告のあった地点へと向かっていた。

 

 坑道の行き止まり。

 否。

 そこは巨大な空洞だった。

 道は途切れ、下を覗き込むと地面までかなりの高さがあることが窺えた。

 空間の中央付近では、すでに何十もの調査員が対象──ヒュドラを囲い調べていた。


「やはり実物は凄まじいな‥‥‥」


 ユリウスの呟きにミュリエラはコクンと頷くばかりだ。


 下に降りると、より一層その大きさに圧倒される。


 誰がこんなバケモノを倒したというのだ。

 

 一応、警戒しつつその鱗に触れてみる。

 硬く、しなやか。

 指先に魔力を込めてみるとサァッと霧散していく。


 身体強化の術は体内で魔力を高速循環させる技術だ。

 決して体外に放出されるようなものではない。

 

 つまりだ。

 この鱗は、直接触れなくとも近くにあるだけで魔力を散らすことが出来てしまう。


「ユリウス」


「ああ、この鱗を盾に張り付ければ、いや、鱗自体を盾として加工すれば対魔術師用として十二分の成果を見せてくれるだろうな」


 ミュリエラも同じことを考えていたようだ。


「それにしても、どんな戦いが繰り広げられていたのやら」


 周囲を見渡すと、ドロドロに溶解した地面や何かに抉られたような壁、ところどころに小さな穴。

 こんな激しい戦闘痕があるというのにヒュドラの体はほとんど無傷。

 胴を抉られた形跡を残すばかりだった。


 察するに、ヒュドラの相手はヒュドラに無数のダメージを与えたが、噂に聞く驚異的な再生能力とやらのせいで全て回復されてしまったのだろう。

 しかし、胴を抉るだけのパワーがあるというのに、周辺状況からはかなりの時間に及ぶ戦闘だととれる。

 

 あまりに不自然だ。

 わからない。相手の実力を測りかねる。


「……ねぇ、ユリウス。このヒュドラの魔石はどこにあるの?」


 ミュリエラの問いだった。

 ユリウスはハッとした。

 自分だってヒュドラを倒したことがあるわけではないため実際にどこにあるのかは知らないが、大抵の魔物の魔石は胸にある。

 ヒュドラだって同じだと思う。

 そして、狙ったかのようにヒュドラの胸には大穴が。


「すまない。

 調査団がここに来たとき、ヒュドラの周辺に魔物はいただろうか?」


 ユリウスは調査団の隊長に尋ねると彼は首を横に振った。


「いえ、いませんでした。

 ……そういえば、ここにくる道中も魔物に遭遇しませんでしたね」


 隊長は顎に手を置き、じっくりと記憶を絞り出して答えた。


 自分たちが来るときは、数こそ少なかったが何体か遭遇した。

 つまりだ。

 ヒュドラの死骸が発見され調査団が派遣されたのは、戦闘終了のほぼ直後だと推察出来る。


「胸の穴の大きさからヒュドラの魔石のサイズは人間ほどの大きさにまで至っていたはず……。

 これほどのサイズの魔石を人目から隠しながら外へ持ち出した?

 ……ありえないわね。

 この坑道はアリの巣のようになっている。

 どこかに隠しているとしか思えないわ」


 ミュリエラは部下を呼びつけると、地図で範囲を指定して捜索するよう指示した。


 その間もユリウスはヒュドラ本体ではなく周辺状況の観察に徹していた。

 治癒能力によって傷跡が綺麗さっぱりなくなっているヒュドラからは大した情報を見出すことができないとの判断だった。


 壁際でペタペタと戦闘痕を調べる。

 抉れた壁には魔力を感じず、小さな点状に穿たれた穴からは微かに感じ取れた。


 魔力に色でもあれば誰の魔力かすぐに判別できるのに、などと考えながらぐるりと壁伝いに歩いていく。


 その時だった。


 ユリウスはコンッと何かを蹴飛ばした。

 その何かを拾ってみる。

 透明感のある薄青の鉱石。

 ユリウスはこれを知っていた。


 ミスリルだ。

 ミスリル鉱石。


 しかし、なぜここに?


 今までは見上げて壁を確認していたが、下へと視線を向けてみると───


「これは……採掘した形跡?」


 明らかに岩を掘り返したような形跡がそこら中に点在していた。


 ヒュドラの相手はミスリル鉱石を採掘していた?

 戦闘中は無理だ。

 戦闘終了後に行われたのは疑う余地などない。


「ヒュドラの素材よりもミスリルを優先したってことになるわね」


 ミュリエラは俺の思考を読んだかのように呟いた。


「ああ、しかしそれは落ちてる金貨ではなくその隣の銅貨のみを拾うに等しい行為だ」


「価値がわからなかった?」


「どうだろうな?

 採掘形跡からかなりの量のミスリルを採ったはず。

 確か、ギルドでそんな依頼が張り出されていたとエステラは言っていたな」


 ええ、と頷くミュリエラはそういえばと続ける。


「エステラと言えば、あのトーマとかいう男の監視をしていたはずよね?」


「……?ああ、……ッ!?」


 その瞬間、ユリウスの頭の中でパズルのピースがカチッとハマったような感覚がした。


 そうだ。

 トーマだ。

 あの男ならもしや……。


 ユリウスは直感した。

 ヒュドラを討伐したのは彼しかいないと。


「ミュリエラ、二三(にさん)調べたいことができた。俺は先に戻るがお前はどうする?」


「わたしもそうするわ。ここにいてもお役には立てなさそうだし」

 

 そうしてユリウスらは兵舎へと戻ると部下にそれぞれ指示を出した。

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