第五十話 ちゆちゆ
『剣狼』なんて大層な異名をつけられた男がいた。
凄まじい剣を扱う狼、またはその獣人。
こんな異名ではそう思われるのも仕方のないことだろう。
しかし、当の本人は滅多に剣を扱わない。
いや、正確には俺は見たことない。
彼のメインウェポンは己の肉体だ。たまに
やや短めの双剣を使うくらい。
『剣狼』なんて異名は、ある勘違いから生まれたものらしい。
それはそうとして、その剣狼様が今俺の前にいる。
記憶の彼よりも痩せ細った姿で。
「よぅ、トーマ。久しぶりだな」
フォレスタについていった先の地下に伸びる秘密拠点。
その大広間の中心のソファに深く座り込んでいたイザノバはあっけらかんと再会の言葉を放った。
片腕に包帯を巻いているのだが、どこか余裕そうな表情で俺を迎えてくれた。
俺としても再会を喜びたい気持ちも無くはなかったのだが。
それよりも文句が言いたくて仕方がなかったのだ。
「イザノバさん!あんたねぇ、部下の教育くらいしっかりしてくださいよ!
森で襲撃に遭うわ、鉱山でヒュドラの巣に突き落とされるわ、街中で襲いかかってくるわ。俺じゃなきゃ死んでましたよ!」
「カハハ!生きてるから問題なし!
襲ってたのがお前だと聞いたときは、こいつらの方を心配したもんだよ。お前が短気を起こすとも思わなかったが、万が一があるからな」
イザノバはトーマの隣で縛られているエレインを見る。
「まぁ、その件はもう良いです。
それで?その腕はどうしたんですか?」
そう、イザノバの腕だ。
拠点にいたころ、何度もイザノバとアルヴィの稽古を目にしていた俺から言わせると、彼が包帯を巻かなければいけないほどの怪我をするとは信じられないものがある。
イザノバは強い。
過去に何度か手合わせしてもらったことがあるのだが一度も攻撃を当てられなかったほど。
俺自体がそれほど強くないのもあるが、かなりヘコんだものだ。
「イザノバさんは一ヶ月ほど前、ダラズミルの領主、竜騎士ガイアと交戦し、敵の腕を落とすという大戦果を残しつつも自身も敵の攻撃を受けてしまったのだ。
それがこれだ。
どれだけポーションを使おうが一向に回復の兆しがなく、ジリジリと体力が削られていくだけで‥‥‥」
「ふ〜ん」
エレインが事情を話してくれた。
だからか。
彼らがイザノバを必要以上に守ろうとしていたのは。
それにしてもやりすぎだとは思うがな。
竜騎士ガイア。
イザノバさんをしても倒すこと叶わぬ相手。いや、正確には相打ちだから死ぬ気なら何とかなるかもってくらいか。
そうでもしなければ勝利は難しいのか。
アリアも俺と戦ったときは殺さないように手加減していたようだし、ラトガト領主ダリルも俺のことを完全に下に見ていたし。
やはり竜騎士なんてのはバケモノ揃いだ。
「ところで、トーマよ。お前なんでここに来たんだ?」
「ああ、クロウさんから支援物資の配達を頼まれたんですよ。どこに置いたらいいですかね?」
街について結構な時間が経つが一度も食事していなかったために腹を空かせていたトーマは、『門』から数日前に獲った調理済みの巨大カニの足を取り出した。
それに食らいつく。
うむ、やはり美味い。
「‥‥‥荷物はその辺に置いてくれたらいい。
‥‥‥俺にも食わせろ」
「いいっすよ」
俺は床に茹でカニを置いた。
イザノバがカニの足をもいで肉を食ってる最中、俺は彼の包帯に巻かれた腕に視線を注いだ。
回復ポーションで治らないのなら余程深い傷なんだとは思うが‥‥‥、うん?これは‥‥‥。
イザノバの包帯の隙間から何か黒い靄のようなものが見えた。
それはさっき坑道内で見たヒュドラの瘴気のようだった。
カニを咀嚼しながら考える。
クローディアはヒュドラの瘴気は呪いのようなものだと言った。
しかし、あれは精神を汚染させる代物だとも。
治癒の妨害なんて力はない……とも言えないか。なにしろ、俺は瘴気なんてものに明るくない。
では、何がそうさせるのか。
‥‥‥分からんな。
とりあえず、ポーション飲ませとけばいいだろ。
思考を放棄した俺はテーブルの上に一本の小瓶を置く。
「イザノバさん、これどうぞ」
「あん?ポーション?効かないと思うぞ」
「まぁ、いいから。これ凄いんですよ。ヒュドラの毒でドロドロに溶けた左腕が一瞬で治ったんですから」
「ま、マジでか!?では頂きます」
親指で小瓶の上部を砕き飛ばし、豪快に中身を飲み干すと効果はすぐに現れた。
纏わりついていた靄は掻き消えたのだ。
イザノバが腕に力を入れ包帯を強引に弾き飛ばすと、見た目は完全に治っていた。
手を握ったり開いたりして感触を確かめるイザノバ。
エレインもフォレスタも目を見開き驚いている。
「こんな凄まじいポーションは初めて見る。どこで手に入れた?」
「これはアリアが小遣い稼ぎにせこせこ作ってたやつです。流石は元聖女様ですよ」
「おお!俺は初めて心からトーマ、お前を見つけ出したクロウに感謝するぜ!」
目を輝かせるイザノバ。
ぐすりと涙ぐんでそれを見つめるフォレスタとエレイン。
感謝するのは俺じゃないのかよ。




