第四十九話 人の話を聞け ②
「『斧技・大海断』!!」
エステラの跳躍からの振り下ろし。
単純だから威力速度ともに絶大。
武具防具なしにこれを正面から受け止めるのは少々荷が重いため、バックステップでの回避を選択。
避けた。
そう思った直後、振り下ろされた斧は地面に届くことなく、その寸前でこちらへと切り返される。
なんという怪力。
刃こそ届くことはなかったが、その衝撃波により後方の壁へと叩きつけられた。
それをもって開戦の合図となり、席上の戦士達は次々と試合場へと降りてくる。
本来ならば一対多の乱戦となるところ、そこは流石トーマというところ。
膨大な魔力に物を言わせ、魔術の連発で相手を近寄らせない。
見たところ大半は俺より格下ばかり。
このまま壁際で魔術を撃ちまくればそのうち勝利するのだろうが、そうも言ってられなかった。
エステラを含めた一部の人間。
こいつらが見た感じ厄介そうだ。
使用する大半は初級魔術だ。
初級中級の魔術は、あらゆる属性において無詠唱発動可能。加えて、威力の面でも初級であるのにも中級程度にまで昇華されている。中級魔術も同様に威力の底上げがなされている。
ゆえに、だ。
上級近い威力を有した魔術を放てば人死が出るのは必至。
いくら集団で襲いかかってくるような相手でも殺してしまうのはやり過ぎだと思ってしまう。
常に適切な距離を保ち、詰めてくる相手には行動前に火弾を撃ち込んで出鼻をくじく。
こんな小手先の技術でも結構通用するもんだ。
ただ一部、それを無視して突貫してくる奴らもいる。
「貴様は生かしてはおけん!」
エステラは大斧で牽制を斬り伏せ、トーマへと大きく詰める。
瞬間、彼女は大きく斧を振り上げると声を張った。
「サクラ!」
「はい!」
呼応するようにしてトーマの背後に現れた黒髪の剣士。この国では見ない異国の衣に身を包むサクラは、先程トーマが連発した魔術によって僅かに上がった砂煙の中移動してきたのだ。
彼女はトーマをエステラと挟撃出来る位置に立つと、抜かれてすらいない刀の柄を軽く握って瞼を閉じる。
その僅か一瞬のあと、サクラは開眼とともに高速の一太刀を抜き放った。
まずい。
そう直感した。
刹那の瞬間の中で思考を加速させる。
回避は手遅れ。
防御しかない。
しかし両方はできない。
ならばどちらを防ぐか。
エステラだ。それしかない。
開幕の一撃、避けてすらその衝撃は凄まじかった。直撃を許すなんて論外。
サクラって女も中々の実力者だろうが、俺の命にまでは届かないはず。
ならば。
エステラとサクラによる攻撃はほぼ同時に行われた。
サクラの神速の太刀が俺の横腹から背中へと撫でたことで切り口から勢いよく鮮血が吹いた。
「ぐぅ‥‥‥っ!!」
「あ、浅かった‥‥‥!?」
サクラは俺を両断する気だったのだろうか。
もろに入ったのにも関わらず斬り伏せられなかったことに驚愕していた。
この程度、幾度も経験してんだよ。
これでエステラに集中できる。
俺はエステラとの間に魔力障壁を張り、加えて強化した腕をクロスして防御する。
「はぁぁああああ!!」
斧が振り下ろされると魔力障壁は容易く砕けた。
理由は分からない。
ただこの感覚から魔力障壁の防御力がエステラの攻撃力に負けたからというわけではない。
ヒュドラの鱗やユリウスの剣のように魔力そのものが分解されたような感じだった。
魔力を制限・抑制する素材というのは実は結構存在する。
帝国で使われる魔封具もそうだ。
エステラの斧も刃の部分がそれでできているのだろう。
もしそうならば魔力による身体強化を施したガードというのは意味を失ってしまう。
素の耐久性での勝負となるのだ。
トーマの両腕はエステラの斧を重々しく受け止めた。
それも一瞬だけだろう。
次の瞬間には両腕とも斬り落とされる。
しかしその一瞬さえあればいい。
腕を斬り落とされる寸前、トーマの足元から伸びる岩柱がエステラの腹を撃ち、彼女を突き飛ばした。
意識外からの攻撃というのは、来ると予想できているものよりもずっと重く効く。
ダメージという点もそうだが、一番は不意を突かれたショックが大きい。
エステラは攻撃を受けたことに、他の戦士達は実力者であるエステラが突き飛ばされたことに動揺する。
その僅かな隙。
俺はダランと薄皮一枚で繋がっている腕を回復魔術でくっつけると、背後のサクラから刀を奪い、その体を持ち上げて仲間のもとへと投げつける。
「武器ゲット」
中々に使い込まれたいい刀だ。
「『い、偉大なる火の精霊イフリートよ、眼前の敵を業火の矢にて打ち払え。フレアアロー』!!」
火矢の上位互換である炎矢がトーマへと迫る。
「速度、量ともによし。しかし、制御しきれていない」
炎矢はトーマへ着弾する寸前で動きを止めた。そう思えば次はくるりと方向を変えて主の下へと帰っていった。
「ぐあぁぁぁあ!!」
遠くで燃える魔術師を眺めながら、背中の傷も治癒していく。
「な、何が‥‥‥」
見ていたエステラが呟く。
「言っただろう、制御不足だと。文字通り魔術の制御を乗っ取った!
一流の武芸者はそこらの木の枝や小石すら武器として用いるという。魔術とて同じこと。飛んできたものを利用したまでよ」
トーマは胸を張る。
はじめは目も当てられないほど一方的(トーマ不利)な戦闘になると思っていたが、蓋を開ければ一部を除いて、お粗末な連携や鍛錬不足など粗がよく見つかり、今では形勢逆転。
というより、向こうが勝手に意気消沈している。
さっきはヒヤッとしたが、もうその心配はなさそうだな。
ふぅ、と一息ついて空を見上げると、太陽に重なる何かの影が見えた。
なんだ?
よく目を凝らしてみると──。
聞こえた。
「──ピョン」
「‥‥‥‥?。───ッ!?」
ブワッ、と血の気が引く。
同時に全身に限界まで魔力を流して頭上で腕を交差させて防御をとった。
次の瞬間、その豪脚から踵落としが放たれた。
凄まじい衝撃。
体を支える足には膨大な負荷がかかり、地面に大きく沈み込んでいく。
「ぐぅぅぅうううう‥‥‥」
森の中で出会ったあの兎の獣人だった。
渋いおっさんフェイスは俺を睨みつけている。
「これを受け止めるかッ」
「筋肉兎がっ!」
俺は彼の足首を掴んで投げる。
兎男は華麗に着地すると、俺を見て得心がいったように周囲を見渡した。
「また会ったな森の不審者よ。なるほど、エステラでは敵わなかったか。‥‥‥ではやはり貴様が例の魔術師か」
「はぁ?例の?」
なんのことだろうか。
例の、ということは俺の何かしらの情報は知られている?
筋肉兎はエステラのことを知っているし、この兎がここに来たってことが二人が通じてる何よりの証拠。
エステラが追っていた俺のことを兎に知らせなければこいつは来るはずないからな。
で、エステラはイザノバさんの手配書を見てた俺を狙ったってことはイザノバさんを守ることが目的であると容易に想像できる。
んで、そんな女の救援に来た兎も目的は同じだろう。人間と獣人だ。血縁なんてないだろうから他に理由があるとしたら貸し借りや恩、義理なんかか。
いや待て、イザノバさんを守るってどういうことだ?
教会領では普通に街をほっつき回ってたはず。警護なんてつける人じゃない。
‥‥‥怪我をしている?
本調子じゃないから少しでもリスクを減らすために懸賞金目当てで狙ってくる人間を襲っていたのか。
それなら一応は辻褄があう。
冴えてる。冴えてるぞ俺、今日!
まぁ、気がかりなのはイザノバさんが狙ってくるってだけで殺人を指示するのかってとこか。
いや、あり得ないな。
多分それは、こいつらの暴走だろうな。
「何かお互いに誤解があるようだ。まずは話し合おう。無意味な衝突は何も生まない」
俺は提案する。
一方的な被害者である俺が譲歩してやってるんだ。乗ってくるよな?
「断る。貴様は現にこうして俺の仲間を傷つけた」
「それはそっちが襲ってきたからだ。正当防衛だ」
「ふん、会話にならんな」
そう吐き捨てた兎の隣にもう一人降り立った。
「なんだい姉貴、そのザマはよ!天才騎士さまが聞いて呆れるね!」
そう言うのはエステラとよく似た女性だった。
「うっさい。ちょっと気を抜いちゃっただけよ」
エステラはぶつくさと言う。
「それで?こいつにやられたのねっ!」
「待てエレイン!」
兎男の制止を振り切り、エレインと言われた女はトーマへと飛びかかった。
姉の仇を討つとかそんなことは多分考えていない。
嬉々とした表情で大剣を走らせる。
「ちっ」
トーマは舌打ちをして間合いを測り、奪った刀で受け流す。
流して流して流す。
二、三の攻防の後、埒が明かないと判断したエレインは剣を横にして柄と背をもって、つまり、トーマに刃を押し当てるようにして体当たりを試みた。
これならば方向転換は容易、なりより受け流せない。
直撃か回避かのどちらかにしかならない。
剣を流されるというのは、色んな意味で想像以上に重たい。
体当たりを敢行したエレインはその時思い出した。
敵は魔術師だと。
刀を持っていたから剣士だと勘違いしていた。
直撃も回避も、どちらも間合いにいてこその現象。
眼前の魔術師はだらりと構えることなくこちらを見据えていた。
その周囲には拳大の岩石が生成されている。
詠唱はなかった。
それで魔術の複数同時発動。
あのサイズじゃ、威力にもよるが当たりどころが悪ければ最悪死ぬ。
途端、冷や汗が噴き出る。
しかし、止まれない。
まずい。
そう思い、目を瞑った瞬間、
「ピョン」
と、低く渋い声が聞こえた。
聞き覚えのある頼もしい声。
目を開くと、兎の獣人──レプスがトーマを抑えてくれていた。
レプスの豪脚はトーマの首へと走る。
トーマはそれを当然ガードするのだが、周囲にも聞こえるほど盛大に骨を折ってしまう。
これは好機だと。
苦悶に悶えるトーマを見てそう思ったのも束の間。
レプスが自分の真横を掠めて後方へと飛ばされていった。
何が起こったのか理解が追いつかない。
トーマへと視線を戻すと、折られた腕が淡く薄緑の光に包まれて、みるみる治っていく。
「いい加減にしろ」
レプスを追撃するかのように、高速の岩弾が撃ち込まれていく。
その数、発動速度から、さっきのは手加減、いや、警告だったのだと理解する。
トーマの言葉には確かな怒気が含まれていた。
エレインはぞわりと身震いをする。
手加減してくれていた相手が怒りを露わにしている。
勝てるのか?
いや、違う。
生きて帰れるのか?
そう思った。
エステラやサクラ、その他大勢から攻められても生き残った相手。レプスさんをしても攻めきれぬ相手。
自分たちは何を相手にしているのか分からなくなった瞬間、トーマは動いた。
彼は跪いて地面に触れる。
何をしようとしているのか分からない。
不気味な恐ろしさから一度仲間のもとへと後退しようとしたとき、気がつく。
足が動かない。
足元を見ると何やら蔦のようなものが巻き付いていた。
後ろを見ると、この場の全員の足にも同じものが巻きついていた。
力を入れても大剣を振り下ろしても千切れない。
誰も動けない。
唯一、エステラのみが蔦の切断に成功していた。
『神威』という斧のおかげだ。
エステラが過去に遺跡から持ち帰ったアーティファクト。
あの斧は魔力を断つことが出来る。
トーマは言う。
「エステラ、お前は動くな」
「くっ‥‥‥断る。誰が貴様なんかの──ぐっ!?」
言いかけたエステラが大きく仰け反った。
トーマが放った聖光を斧の腹で受け止めたからだ。
「次に動けばこいつの首をはねる」
トーマはエレインに刃を向けた。
トーマ自身、エステラとエレインに何かしらの血縁関係があるのは、その身体的な特徴から何となく予想していた。
だからこそ有効な手であると考えた。
本当ならばこんな相手を脅すような真似はしたくない。
しかし、そうしなければ止まらないのであればそうするだけ。
意味のない殺しはしたくないが、そうするだけの理由があるのなら躊躇はない。
エレインの首筋に汗が流れる。
「卑劣な‥‥‥!」
エステラはトーマを睨みつけ歯噛みする。
妹が人質になった。
「お前が言うか」
トーマは返す。
すると、エステラに気を取られた一瞬。
エレインは向けられた刀を大剣ではじき飛ばした。
同時、エステラはトーマへと駆けるが。
トーマはそれを狙っていたかのように振り抜かれた大剣に対し聖光を放った。
エステラがしっかりとした体勢でガードしてさえ、仰け反ってしまうほどの威力だ。
一番脱力している振り抜き直後に食らえば、打ち落とされてしまうのは必至。
トーマはエレインの額に人差し指を突きつける。
「全員動くな」
「くっ‥‥‥」
しばしの静寂が訪れる。
誰も動けない。
そんな時だった。
「待ってくださ〜い!!」
場に合わない抜けた声が響いた。
全員の視線が声の主へと注がれると、
「フォレスタ!?なぜここに!」
エレインは言う。
フォレスタは即座にエレインが人質となっていることを察するとトーマの下へと駆け寄る。
「止まれ!」
「ト、トーマ様!私、フォレスタと申します。イザノバ様の命によりお迎えに参りました」
フォレスタと名乗る犬の獣人の少女は声を震わせながら告げた。
イザノバさんから?
どうしてこのタイミングだ?
仲間のピンチに駆けつける。
ちょっと都合が良すぎるよな。
もし、嘘だったらどうする?
人質を連れて行こう。
こいつでいいか。エレインとか言ったか。
そのフォレスタとか言うのも、あんまり強くなさそうだし、もしもの時は、だ。
「‥‥‥いいだろう。こんな連中とは一秒でも早く離れたいしな。
案内しろ。
ああ、もし嘘だったら、そうだな、この女には二度と冒険者なんて出来ない体になってもらうから」
「わ、わかりました‥‥‥」
フルフルと涙目で彼女は先頭を走りだす。
エレインには簡易聖樹結界で体を縛ってから連行した。
そうしてフォレスタの後をついていくと、ある雑貨屋に着いた。
「これは、どういうことだ?」
「ち、違います。この奥です」
フォレスタが奥へと進み地下室へ降りていく後をついていくと、彼女は転がっている木箱を積み立て直していた。
すると、ガチャリと言う音ととともに、階段正面の壁が回転扉に様変わりする。
「これは‥‥‥」
「こ、この先になります‥‥‥」
長く続く廊下を歩いていくと、大広間に着いた。
その中央にあるソファには見覚えのある獣人がぐったりと座り込んでいた。
「おお、トーマ。久しぶりだな」
クロウやテレシアとともにスレイズを支える兄貴分、イザノバがやつれた顔で出迎えてくれた。




