第四十八話 人の話を聞け
鉱山都市ダラズミル市街、中心からやや離れたところにひっそりと佇む道具屋。
店奥には地下室への階段が。
保管庫として利用される地下室へ下りると、ある程度整頓され積み重ねられる木箱が自然に目に入る。
一見、ただの保管庫。
しかし、積み重なる木箱を特定の重ね方をした場合にのみ階段正面の壁が回転扉となる機構になっていた。
原理は単純だ。
木箱が積み重ねられている場所の床には秤が複数内蔵されており、特定の重さに達したときにのみ扉を解除するようになっているのだ。
その解錠方法を知るのは特定の人物のみ。
回転扉を抜けた先には大部屋が存在し、その大部屋の下にはさらに深く地下迷宮が広がっていた。
このとにかく地下へと逃げようとする姿勢の迷宮、その大部屋のソファに深く腰掛けるのは、左腕に包帯を過剰なほど巻かれたイザノバだった。
「ああ‥‥‥クソっ、まだ痛む。ストレスで参っちまいそうだ」
額に手をあて、勘弁してくれとでも言いたげに呟く。
「教会のポーションはまったく効かなかったですもんね。もっと高いやつじゃなきゃいけないのかな?」
黒装束に身を包んだ犬の獣人はイザノバを心配そうに見つめる。
「いや、ただ回復量の高いだけでは意味はないだろう。よく目を凝らせ。イザノバ殿の腕には呪いのような何かが纏わりついている」
筋肉モリモリの渋い兎の獣人は、イザノバの腕の黒い靄を睨む。
「あわわ、そ、そうなんですか?」
犬の獣人はムゥと目を細めるがイザノバはそれを軽く笑う。
「フォレスタ、お前にゃまだ早いよ。
それよりもレプス、お前たちが森ん中で出くわした術師について──」
聞かせてくれ、そう言い切る前に言葉は遮られた。
「レプスさん、いいところに!街中で暴れてるよそ者がいるんですが、これがもう強くて。助力願えますか?」
息を切らせて現れた人物は額に汗を滲ませながら報告した。
「わかった。どこへ向かえばいい?」
レプスは即答する。
「はい、今エステラさんらが旧広場へと追い立てています。ですのでそちらに向かっていただければ」
「了解だ。エレイン!お前もついて来い!」
レプスは、部屋の隅っこで座り込んで眠っていた金髪の女性へ声をかけた。
「んあ‥‥‥?」
エレインと呼ばれた女は鼻提灯がパチンと弾けたように目を覚ますと気怠そうに立ち上がり、立てかけていた大剣を背負った。
「エレイン、お前には俺とともにエステラの援護に向かってもらう」
「ちっ、敵は?」
「エステラさんが騎士団から任されていた魔術師の罪人です」
「姉貴の尻拭いかよ。気が乗らねぇなぁ」
「いいから行くぞ」
「はいはい」
そう言うとレプスとエレインは部屋から退出していく。
「だ、大丈夫でしょうか?あのエステラさんが援護を要請するほどの相手なんでしょう?かなり強いんじゃ‥‥‥」
オロオロと狼狽えるフォレスタにイザノバは言う。
「心配いらんだろ。たかだか魔術師一人にやられるようなたまじゃねぇよ、あいつらは。
あ〜イテテ‥‥‥」
「そうだといいんですけど‥‥‥これどうぞ、最後の一本です」
フォレスタは腕を擦るイザノバへ気休めのポーションを渡した。
「げっ、これラストかよ。あ〜あ、クロウに支援物資頼んだのは先月だから到着にはまだ一ヶ月も──いや、今の状況から考えるとそれ以上かかるだろうしなぁ‥‥‥。気が狂っちまいそうだよ‥‥‥」
そう言いながらチロチロとポーションをかけているとまたも報告が入った。
そいつは先程の報告係とは違い焦ったような様子はない。
大した報告ではないんだろ。
「エステラさんから、今日も一人、イザノバさんを狙う賞金稼ぎを排除しました、とのことです」
「はぁ、またか。何度目だこれ?何回も言ってるがそんな報告はしなくていいし、排除だなんてそんなこともしなくていい。ギルドで俺の手配書を見ただけで殺してしまうとか、ちょっと過激すぎるぞ君ら」
イザノバは咎めるように言う。
「あれ?でもさっきエステラさんらが魔術師を追い込んでるって報告がありましたよね?今日も一人、ってことは始末出来てないことになりませんか?」
フォレスタは情報を整理して呟いた。
確かにその通りだ。
レプスたちが対応したにしては早すぎる。
彼女の言に報告係は目を見開く。
「は?そ、そんなはずはないですよ。あいつが生きてるはずがないんです!」
「どういうことだ?」
「あいつは、あの魔術師は俺達がヒュドラの巣へと突き落としたんですから!」
「なっ!」
イザノバは正気を疑うような視線を報告係へと向ける。
「なぜそんなことを!い、いや今は後だ。ヒュドラの巣に入って出てきた?」
あり得ない。
そんな人物、それほどの強者がこの街に入って来ていたというのなら俺の耳に入らないわけない。
誰だ?
「そいつの名前は、特徴は!?」
イザノバが聞くと報告係は思い出そうと頭をひねる。
「えぇっと‥‥‥。確か、そこそこ背が高くて、灰色の髪で‥‥‥名前は‥‥‥と、トーマス?ああ、トーマだ!」
「トーマ!?」
イザノバは素っ頓狂な声を出してしまう。
灰色の髪で魔術師で名前はトーマ。
そんな条件に当てはまる人物は一人しかいない。
「フォレスタ、今すぐレプスを追って止めてこい」
「イザノバさん、もしかしてお知り合いですか?」
「ああ、今年入ったばかりのスレイズの大型新人だよ」
ーーー
時は少し遡り。
トーマはヒュドラを倒した後、ツルハシでミスリルを採掘していた。
ガンガンと岩を削り薄青色に輝く鉱石を持ってきた袋に次々と入れていく。
一時間もすれば四つの大袋はパンパンになっていた。
見た目も手触りも麻製の袋だが、材料が違うのか数十キロの重さにも耐えうる耐久性を見せていた。
袋の口を縛り端に置いておくと、振り返って巨大なヒュドラの死骸を見上げる。
結果としては上々、それどころかパーフェクトに近いだろう。
相手は本来の力を発揮できなかったとはいえ伝説上の存在。それを初見で見事打ち倒した。
こちらには大した損害はない。
よくやったとしみじみ思う。
それじゃあ、素材回収を始めよう。
慣れない手つきでヒュドラを捌いていく。
全部バラすわけではない。
必要素材だけ頂いていくのだ。
肉を分け、筋や骨を断つ。
体がヒュドラの体内にすっぽり入ってしまうほどの深さまで潜ると、ようやく魔石がお出ましだ。
「おお‥‥‥デケェ」
今見えてる箇所に触れてみると、魔石内部で爆発しそうなほどの魔力の迸りが感じ取れる。
俺はすでにこれを何に使おうか考えていた。
決まっているのは現在二つ。
まずはアリアの杖だ。
本来、彼女は杖を用いて魔術を行使するスタイルだ。
俺は杖を使わないため、というか杖ありで魔術を行使したことがないためにその恩恵が分からないが、世の大半以上の術師がそうするということは、杖というのは魔術師にとって重要な存在なのだろう。
数ヶ月前、俺はアリアの杖を叩き折っている。
だから俺はその代わりとなるものを用意してやりたいのだ。
常々そう思っていたが、彼女に見合う魔石が中々見つけられなかったためにこれまで用意してやれなかった。
魔物は魔石を有している、というのは世間では常識だが、ゴブリンの杖とかコボルトの杖とか渡すわけにはいかないからな。
そんなときに運良く巡り合ったヒュドラはうってつけだったのだ。
魔石は硬いが脆い。
慎重に張り付いた肉を削ぎ落としていく。
「‥‥‥」
黙々と作業すること十分。
「とれた」
完全に切り離せた魔石を『門』へと入れる。
サイズは俺を横に三人並べたような感じ。
人間三人分の大きさのものは中々ないはずだ。
それをそのまま持って帰るのは、色々と危うい。
だから『門』なのだ。
これなら、このヒュドラの死骸を見られない限り他人にゃバレない。
ついでに鱗を何枚か剥ぎ取り『門』に放り込むと、俺はミスリル袋を両手に持って坑道へ上がった。
このまま来た道を歩いて戻るってのもいいが、いかんせん、ミスリル袋が重すぎる。
そのため、なるべく『門』を活用して進んでいく。
人には見られたくないため、長い直線の道のショートカットをメインに使う。
魔物との交戦もなく、ものの三十分程度で外に出れた。
警備兵がギョッとした目で俺を見てきたが、もう知らん。
そういえば、行きで倒したメタルリザードの甲羅がなかった。
多分、俺が死んだものと思って回収したんだろう。
あいつら、マジで許さん。
俺はため息をついて、そのままユリウスの依頼書に書かれた鍛冶屋へと向かった。
「すいませーん。ユリウス様の使いでーす。指定の素材の引き渡しに来ました」
ドカッと三つのミスリル袋を床に置き、残りを『門』にしまう。
見られてないな。
「おう、ちょっと待ってな」
奥から現れたチビヒゲおっさんことドワーフは油で汚れた手袋を外すと、指定素材の確認の後に依頼書にサインをした。
「それでは、あっしはここで──」
と、依頼書を握りしめた俺が店から出た瞬間。
「『降飛燕掌』!!」
踏み込みと同時に下段に構えられた掌底が突き上げるようにしてトーマの脇腹に迫った。
咄嗟、というにはあまりにも偶然に防御姿勢をとれたトーマ。
肘で脇腹をガードするが、衝撃を殺せず高く中空に跳ね上げられる。
「ぐぅ‥‥‥何者──クソっ!」
問いすら許さぬとでも言いたげなほど、早く次段が飛んでくる。
地上には俺を飛ばした武闘家。
真横に視線を向けるともう一人、建物の屋根を走り、中空のトーマに向けて迫る女。
「『破盾豪脚』!!」
女はトーマを地面に叩きつけるように蹴り落とした。
今度こそ正確な防御をとる。
腕はかなり痛むがノーガードよか何倍もマシだ。
矢のような速度で落とされるが、それも魔術による強力な風を吹き上げることで衝撃緩和。
結果として、彼女たちの奇襲は失敗に終わった。
しかし彼女たちにそれを歯噛みする様子はない。
「余裕そうだな、──っ!!」
二歩、ステップを踏む。
地面には矢が突き刺さっている。
見上げると、俺を狙い弓を引く者が建物屋上の影に一人。
隣の建物には仲間と思しき人物が二人。
「‥‥‥ちっ、面倒な」
気配の索敵をもっと広範囲に向けると、周囲には俺を取り囲むように数十人が配置されていた。
おそらくこいつらはエステラの手の者だろう。
エステラはどういうわけかイザノバさんを守ろうとして俺を殺そうとした。
俺はイザノバさんを狙ってはいないから攻撃される謂れはない。
ここは一つ、話し合いを‥‥‥。
「俺は敵じゃない。手配書の誰も狙ってなんかいない。手を引いてくれないか」
ビュン!
矢が飛んでくる。
俺は首を傾げて避ける。
「ふん、数的不利を悟って言い逃れを試みたわけか」
「嘘じゃない。なんなら、本人に聞いてみろよ」
この一言が何かの地雷を踏み抜いたらしく、彼らは一斉に襲いかかってきた。
「面倒な!」
俺はとりあえず南へと逃げようとすると大男五人が壁となり大通りを封鎖したので、クルッと向きを変えて北へと走る。
それからというもの、彼らは街中で必要以上の攻撃を仕掛けてくることはなく、時折、俺が路地に入ろうとすると修整するように進路を潰してくるだけだった。
どう考えても誘われているため、何度か強引にルートを外れようと試みるが、その時は奴らも全力でといった様子だった。
こちらとしても街を破壊する気はなかったために誘いに乗ってやることにする。
走ること十数分、街外れの大きく、そしてかなり古い広場に到着した。
似たような光景を知っている。
教会領の闘技場だ。
円形の試合場にそれを取り囲むように並ぶ観覧席。
階段状の席には中央の俺を見下ろす様に戦士達が座っている。
その中に一人、見覚えのある人間がいた。
「エステラ‥‥‥。ユリウスはこのこと知ってんのか?」
「報告しなければいいだけだ」
金髪褐色のデカ女は見るからに警戒心マックスで返す。
「‥‥‥プッ、そんなに警戒するなよ。何もとって食おうってわけじゃ‥‥‥」
エステラの様子を笑うトーマだったが、自分へのあんまりな仕打ちに急に怒りがこみ上げて黙ってしまう。
軽薄な雰囲気から怒気を感じ取ったエステラはわずかに汗を滲ませる。
自身を落ち着かせるために一呼吸する両者。
これほどまでにエステラが警戒する相手。
戦士達たちも侮りの気配はない。
「‥‥‥ヒュドラはどうした?」
エステラが小さく尋ねる。
「‥‥‥」
トーマは答えない。
だが、エステラにとってそれはもう十分過ぎるほどの答えであった。
「そうか‥‥‥。
来い!『神威』」
彼女が虚空に叫び手を突き上げると、空から巨大な両刃の手斧が降ってその手に収まった。
すると、彼女は大きく跳躍し、
「『斧技・大海断』!!」
トーマへと一直線に大斧を振り下ろした。




