↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いずれ幸福へ至る世界  作者: 耳かき侍
第三章
PR
48/64

第四十七話 VS邪竜

 坑道からゴロゴロと回転しながら落ちていくトーマ。

 地面に叩きつけられて腰を擦る彼の目の前には、衝撃音で目が覚めた伝説の邪竜がいた。


 これまでに見たこともないほどに巨大な魔物だった。

 冒険者ではないから大した数の魔物を相手にしたわけではないが、それでも破格の大きさだろう。

 二階建ての家を縦に三つ重ねたくらいのサイズ感だ。


 薄紫の光沢ある鱗が身体全体を覆っている。

 太く長い首に厳つい竜の顔。

 首の割にかなりずんぐりとした胴体は、かつて首が九つあった名残だろう。

 初めて見るのに違和感を覚えてしまう程度には奇形だ。

  

 その首がズイッと持ち上がると、こちらへ向く。


 まずい。


 咄嗟に魔術で姿を隠し気配を全力で殺す。

 しかし、どうやら俺は気配の殺しが甘いようで、


「シャアアァァァ!!!」


 なんの疑いもなくヒュドラは吠えた。

 途端、ヒュドラの口から毒霧のようなブレスが放たれた。


 直感的にそれが食らってはいけないものだと理解できた俺は『門』で奴の背後に瞬間移動する。


 毒霧を受けた岩肌はドロリと溶解する。


「あ、危ねぇ……」


 反撃とばかりに一つ首のヒュドラへ手をかざすと、五発のこぶし大の火弾(ファイアボール)を放つ。


 ヒュドラはこちらに気が付いていない。

 火弾は高速でヒュドラへと伸びていき、着弾する。

 しかし、ヒュドラは無傷だった。

 ヒュドラは何事もなかったように振り向くと、口を大きく開き熱線を放った。


 俺はそれを『門』で対応しながら思案する。

 

 さっきの火弾に不思議な点があった。

 着弾の寸前、火弾を構成する魔力の組成そのものを分解されたような感覚があったのだ。


 俺はこの感覚をすでに知っていた。

 ユリウスが持つ黒剣の能力『術式分解』だ。

 あれは刃に触れた魔術を強制的に解体するという能力だったが、ヒュドラの鱗も同じ力を有しているのかもしれない。

 

 もしそうなのであれば、奴には魔術が通らず、直接物理攻撃を叩き込む必要が生じる。


 ちっ、そういう事態に備えるために武器を新調しようとしてるのに、その過程で危惧する事態に出くわすとか何の罰ゲームだよ。

 何かあったかな?


 『門』の中に手をつっこんで武器になる物を探すが、


「クソっ!角材しかねぇ!」


 手に持つのはアリアに破壊されたベッドを修理するために用意していた角材の余りだった。


 武器屋のドワーフ曰く、物質には許容魔力量なるものがあるそうだ。それを大幅に超えた魔力を繰り返し流し続けるとその道具は急速に劣化してしまうという。


 さて、この角材はヒュドラにダメージを与えれるほどの魔力を流しても耐えられるだろうか?


 無理だろう。

 一度だって難しいかもしれない。


「やっぱ、最後に頼りになるのは自分の体だけってか……」


 俺は使えそうにない角材を『門』へと戻すと徒手空拳に出る覚悟を決める。


 ヒュドラの熱線が止むと同時に動く。

 狙いを絞られないように細かく左右にステップを踏んで距離を詰めると、噛み殺そうと迫る大顎をすんでのところで躱し、ひとまず全力で撃った。


 大きく弾かれるヒュドラの顎には、次弾の毒霧が溜められていた。


 ヤバい。


 圧倒的な死の予感。

 咄嗟にヒュドラの股の間へと回避するが、間に合わなかった。


 左腕が紫に腫れるとジュクジュクと泡立ち、液状化し地面へと垂れていく。


「くっ!?ぐあぁぁぁあああ!!!」


 苦悶の顔のまま、『門』から数少ない最上級回復ポーションを取り出して左腕へと振りかける。

 すると、みるみると腕が治癒していく。


「はぁ…はぁ……。くっ…認めるよ、侮っていた!お前を!」


 そう、俺にはどこか余裕があった。

 帝国で強者とされるユリウスを倒した。

 竜騎士ダリルとも戦い生き残った。


 慢心していた。

 自分は強いのだと。

 相手は伝説の魔物、しかし、能力に大きな制限を受けているからと。


 一撃必死なのだ。

 今の毒霧を正面から受けていれば俺は死んでいた。


 もう、気を抜かない。

 

 瞬間、トーマの目から油断や緩みが消え失せた。

 

 『門』で距離を大きく離す。

 火だけではなく他の属性の魔術も念のために放つ。

 水、氷、風、土、雷、光

 あらゆる属性の魔術を絶え間なく連射する。

 指先に魔力を溜めて高出力の聖光(レイ)を放つと、魔力を散らす力を持つであろう鱗を一枚貫いたのだ。


「シャアアアァァア!!」


「……っ!この威力か」


 二撃目を放とうとすると、巨大なムチのような尾が迫る。

 大きく横へと跳躍して尾を回避すると今度は大顎が目の前に。


「都合がいい」


 思い浮かべるのは、ラトガトに注いだ光の柱。

 アリアがダリルを消し去ったあの大技だ。

 意識朦朧としていた中であっても、あの光柱は記憶に深く刻み込まれたほどに鮮烈だった。


「くたばれトカゲ!」


 ヒュドラへと向けられた手のひらから、記憶にあるそれよりかは劣るが、それでも十分な威力を孕んだ光線が走った。

 光線はヒュドラの顎を砕き喉を貫いた。


 停止するヒュドラ。

 トーマの眼前には喉に向こう側が見えるほどぽっかりと穴が空いたヒュドラがいた。


 倒した。

 そう思った。

 どんな生物だって喉に穴が空いたら死ぬからだ。


 瞬間、ヒュドラの大顎が伸び、トーマの脇腹を抉り取った。


「がっ……」


 幸いにも致命傷には至らなかった。

 傷口に手をあて、魔術で回復を図る。

 煌めく薄緑の光が徐々にだが、確かに肉を再生させていく。


 しかし、なぜあいつは動いたのか。

 あの傷では即死してもおかしくないはずだったのだ。


 片膝をついて苦悶の面持ちで視線をヒュドラへと向けると、ヒュドラの傷口はブクブクと周囲の肉が盛り上がって塞がっていく。


 そして、よく見ると先程聖光(レイ)で貫いた箇所も綺麗に治癒されていた。


「聞いてないぞ、こんなのは」


 愚痴をこぼしながら距離をとる。

  

 これが伝説の魔物か。

 確かに頷ける。

 致命傷程度ならすぐに治癒されてしまうのだから。

 奴を殺すには、それこそ一撃必殺なのだろう。

 一撃でもってすべてを消し飛ばすだけの威力が必要なのだ。


 そんな高出力の技など持っていない。


「クローディア、クローディア起きてるか!?」


『ん〜?なに?』


 彼女は眠気のこもった声で返事をする。

 

 こいつ、精神体のくせに睡眠を必要とするのか?


「眼の前のバケモノ、見えてるな?こいつの倒し方知ってるか!?」


『……こんなブサイクな魔物は知らないわね。これなに?』


「ヒュドラらしい。首の一本だけが生き残ってたようなんだ」


『へぇ…こんな風になるんだ。私の知っているものとは少し違うわね。足なんて生えてなかったし』


「つまりはヒュドラの存在自体は知っているわけだな!」


『ええ、私が住んでた国の周辺によく現れたもの。こいつを倒せたら一人前みたいな感じだったわ』


「どんな国だよ!それよりも倒し方だ。攻撃しても再生するみたいなんだが、どうすればいい?」


 再生とて無尽蔵ではないとは思うのだが、どれだけのダメージを与えればいいのか分からないし、まだ何か隠してる可能性がある。

 それに、ダメージを与えるにしてもかなりの高出力を連発しなきゃいけないのも大きい。

 ジリ貧だ。


 魔力が尽きたら手の打ちようがなくなる。

 それが一番怖い。


『そうね、ヒュドラの能力のおさらいからしましょう。………確認したわ。

 まずは毒の息ね。ヒュドラクラスにもなると竜人(ドラゴニュート)の体であってもダメージは尋常じゃない。それは身を持って知ってるわね。

 次にブレス。これはさっき『門』に取り込んだ熱線のことね。なんの特殊効果もないただの熱線だからあなたなら直接受けなければ大丈夫』


 説明を受けながら、尾、顎、毒霧、熱線を避け続ける。

 動きの起こりをよく観察すると、避けるだけなら大丈夫だ。

 

 ただ、わずかに顔を出すミスリル鉱石はドロドロに溶けていく。

 熱線よりか毒霧が凶悪なのだろう。

 

 長引かせると本来の目的であるミスリル回収が達成できなくなるかもしれん。

 

『そして再生と瘴気。

 再生はさっき見たような超回復のことね。

 で、瘴気なんだけど、これは気にしなくていいわ。君には効(・)か(・)な(・)い(・)から』


「効かない?それはどういう……」


『そうねぇ、瘴気ってのは吸い込むと精神が汚染される、いわば汚れた空気みたいなものなの。それがあなたには通じない。

 ま、理屈なんてのはどうでもいいのよ。そういうものとだけ理解しておきなさい』


 説明が終わると同時にヒュドラが首をブルリと震わせるとその巨体から黒い靄が吹き出し周囲を染めていった。


「あれが瘴気ってやつか」


 ヤバそうな雰囲気だけど本当に大丈夫なんだろうな?


『当然!私を信用しなさい』


 姿は見えないが、声色からムンッと胸を張るクローディアが想像できる。


「で、あいつの弱点は?どこを狙えばいい?」


 高出力の風の刃でヒュドラの全身を傷つけることで奴には回復に専念してもらう。

 それでもジリジリと距離を詰めてくるヒュドラ。


『あれを倒すには首を両断するか核となる魔石を破壊するしかない。両断は無理だろうから魔石をどうにかするしかないわね』


「その魔石はどこにある?」


『大抵は体の中心、そうね、あいつなら前足の間にでもあるんじゃないかな?』


「つまり胸か…」


 よく観察してみる。


 首から背中そして尾へと、体表はほとんど隙間なく鱗に覆われている。

 が、一部、おそらくは移動の際に足の可動域を狭めないようにするためか、腹部にだけ硬質な鱗がない。


 急所は第一に守るべきだろうに。

 本来の姿とは異なる形態へ成長した弊害だろうか。


 さて、どうしようか。

 魔石ってのは色々と使い道の多い素材だ。

 なるべく傷つけずに回収したいのだが、難しいだろうな。

 

 あの巨体をひっくり返せれば話は違ってくるんだがな……。

 いや、あの巨体だ。魔石もかなりの大きさになるはず。

 それをそのまま取り出すってのも現実的じゃない。

 

「魔物って生きたまま魔石を砕かれるとどうなる?」


『死ぬわね。人間だって強い衝撃なんかで内蔵が傷ついたら死んじゃうでしょ。それと同じ』


「そうか」


 詳しいな。

 しかし、何気なく回収していた魔石だが、魔物にとっては内臓の一つだったのか。

 この情報は大きい。


 ただ、前足の付け根あたりまで鱗が生えてるから正面から狙い撃ちってのは厳しいな。

 やはり、どうにかして裏返してやる必要がある。


 あいつ、図体の割には結構機敏に動きやがるし一度足を止めなきゃいけない。


『あるじゃん、君の得意のやつ。足止めに特化した魔術が』


「ああ!そうだ、聖樹結界(グレイト・ツリー)があったか!」


 そうだそうだ。

 聖樹結界(グレイト・ツリー)の蔦で足を止めればいいんだ。

 そんでもって、止まったところを、だ。


「よし!」


 俺は不可視化の魔術で姿を消して地面をジグザグに駆ける。

 ヘビのような縦割れの目をつけているからには、敵の認識に視界も利用しているはずだ。

 不可視化は初手でバレてるからそんなに意味はないだろうが、それでも多少の混乱は見込める。

 

 実際、左右交互に移動しているためヒュドラは俺の正確な位置を掴めず手当たり次第に毒霧を吐きまくっている。


 俺はヒュドラの懐に潜り込むと、奴の周辺に聖樹結界(グレイト・ツリー)の魔法陣を複数転写する。

 散りばめた魔法陣の一つでも踏めば、聖樹結界(グレイト・ツリー)は自動的に発動しヒュドラの足にガッチリと縛りつく。


 俺の気配を察知したヒュドラは自らの懐へと毒霧を吐く。

 毒霧は自身には効かない様子だ。


 急ぎその場から離れて姿を晒す。

 俺を発見し怒るヒュドラは突撃しようと足を踏み出した瞬間、魔法陣は展開する。


 発動速度と強度に全振りした聖樹結界(グレイト・ツリー)は瞬きよりも短い一瞬でヒュドラの足を拘束する。

 

 竜騎士すら封じた魔術だ。

 ただもがくだけでは突破できない。


 ヒュドラから焦りが伝わる。

 これほどまでに自身を脅かす存在などほとんど現れなかったのだろう。

 そりゃそうだ。超再生にレーザーに必殺の毒霧に精神を犯す瘴気。

 どれか一つだけでも厄介な能力を四つも有しているのだ。完全な状態でなくとも敵無しだったはずだ。

 そのどれもに対応してくる存在など予想出来るはずもない。


 ヒュドラはわずかな恐れから足を縛る蔦をなんとかしようと毒霧を吐く。

 その行動、トーマから目を離した一瞬が命取りになった。


 トーマは魔力を溜めていた。

 それとは別に魔術を発動する。


 聖樹結界(グレイト・ツリー)が縛るのは右前足。

 今発動したのは左後足にだった。


 ヒュドラの左後足が置かれる地面が局所的に急激に隆起したのだ。

 ヒュドラは一瞬の浮遊感の後、背中に強い衝撃を味わった。


 見事に腹を見せるヒュドラの上にトーマは立つ。

 そして、クローディアの言うとおりに両前足の間へと指先を向けると、一気に溜めた魔力を解放した。

 迸る閃光は細く鋭く。

 伝説の魔物の皮膚を肉を魔石さえも容易く貫いた。


 途端、立ち込める瘴気は消え失せ、同時にヒュドラからも異質な気配が消失した。


「ふぅ……た、倒せた……」


 どっと疲れが押し寄せ、トーマはヒュドラの上で座り込む。


「……これどうしよう。みんな鉱山にヒュドラが住み着いていたの知ってるよね。騒ぎになるよね?……考えるのは後にしよう。それより先にまずはミスリル掘らなきゃ」


 端の方に投げ捨てていたツルハシを手に取るとカンカンと鉱石採掘を始めるのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。