第四十四話 鉱山都市ダラズミル
ぼちぼちと歩いたり走ったりして数日、トーマはようやく鉱山都市の壁門にたどり着いた。
「長かった‥‥‥」
咥えているカニの足から身をチュルンと吸い出しながら呟いた。
しかし城壁の内側に入るにはまだ足りない。
答えは単純だ。
くぐり抜けるべき門がないからだ。
俺の使用ルートは都市の南側からというもの。
ここに門がないのは、そもそも都市の南側に広がる大森林から入ろうとする輩がいないからだ。
多くは北の獣人の国を抜ける道か都市東部の港へ船で向かう道のどちらか。
西には、都市に住む鍛冶師連中の飯の種である武器の素材を採掘できる巨大な鉱山が連なっているため使えない。南はさっき言った通りだ。
「さて、あともう一踏ん張り‥‥‥」
ーーー
「身分証を。なければ銀貨三枚ね」
「はいこれね」
西の港側へと周ってゴツいドワーフの門衛に指定金額を支払ってようやく鉱山都市に侵入できた。
城門をくぐる。
モワッと、湿気を多分に含んだ熱波が体を包む。
鉱山都市は西の鉱山から取り出した素材を用いて武器や防具を作る。
そのためか、鉄やその他鉱物独特の匂いが濃く漂っている。
「おおっ‥‥‥」
スゥ〜と大きく息を吸い込み香りを味わう。
うん、臭いな。
鉱山のすぐ側に位置しているここは午後になると街全体が濃い影に覆われるためか、一目見ただけでもかなりの数の街灯の魔道具が上から垂らされている。
街を往く人の格好はバラバラで、中には見たことない異国のものもある。
彼らは質の良い武具を見繕いに世界中からはるばるやってきたのだろう。
俺も新しい槍買いに行こうかな?
ラトガトで使ったやつはもうボロボロだし。
キョロキョロと周囲を見回しながら大通りを歩く。
◯◯工房、△△鉄工とか、そういうのばかりだ。
右も左も分からない俺はとりあえず冒険者ギルドに立ち寄ることにした。
物資補給を頼まれたけど‥‥‥どこに届ければいいのだろうか?
ーーー
「へぇ、ここはなかなか綺麗にしてるのか」
教会領、ラトガトと冒険者ギルドは小さくボロかった。
それはオルグス帝国という国は金さえ支払えば何でも手に入れることができ、巨大な城壁や屈強な兵士は近寄る魔物の悉くを打ち払ってしまうため、わざわざ冒険者に何か頼む必要がないのだ。
金を持つ貴族や商人は欲しいものがあれば私兵を派遣する。
裕福でない庶民はそもそもそんな金のかかるものを欲したりしない。
冒険者という職はオルグスでは大した地位を確立できていないのだ。
彼らに舞い込んでくる依頼というのは、民間人間のトラブルの仲裁や迷い猫探しなど雑用ばかりなのだが、鉱山都市は違った。
北の森や東の海を抜けるための護衛だったり鉱山に現れる魔物討伐だったり、冒険者らしい依頼が常に張り出されるようだ。
筋骨隆々、上裸にサスペンダー、背丈を超える大剣を背負う男とか。
豊満なボインをさらしだけで抑えつけてる色っぺぇ姉ちゃんとか。
そこいらに工房が建っているせいか常に熱気に包まれているこの街の住人は薄着だ。
俺も冬だからとせっかく着込んだ服をその熱気のせいで『門』の中にしまっている。
口内に水を生成して喉を潤す傍ら、俺はちらりと掲示板を見る。
『急募!!アバルドベル公国までの護衛 報酬 金貨10枚 』
『ミスリル鉱石 35kg 金貨4500枚 その他希少鉱石も買取 』
『特S級最重要指名手配 イザノバ・アーディン 金貨15000枚 有用情報 金貨150枚』
「ブッッッ!!!」
口に含んだ水を吹き出すトーマ。
き、金貨15000枚!?
あの人、そんなに高額賞金首なのか‥‥‥。
何したらこんな金額かけられるんだろう‥‥‥。
視線をその隣に向けると、
『A級指名手配 グレイ 金貨650枚』
俺も乗っていた。
いや、俺じゃないな。グレイ君だ。俺ではない。うん。
それにしても金貨650枚かぁ‥‥‥。イザノバさんのを見たあとでは驚かないなぁ。
見つかるといいね、帝国諸君。
と、手配書を眺めていると背後から知らない男が近寄り耳打ちしてきた。
「兄ちゃん、よそ者だろ?悪いこたぁ言わねぇ、早くここから立ち去んな」
「どうして?」
「あんた、さっきまでこいつのこと見てたろ」
男の視線の先にはイザノバさんの手配書があった。
「この街にゃ、イザノバって野郎に借りのある奴が多くてな。こうして手配書を見て奴を探そうとする人間を消していく過激な連中がいるんだよ。兄ちゃん、見られてるぞ」
恐る恐る振り返ると、ギルド内の端のテーブルを囲う複数名が確かに俺に視線を向けていた。
ヒェ。
「そりゃ、おっかないな。忠告感謝するよ」
俺は男に大銀貨を渡すとギルドから立ち去ることにした。
同時に俺を見ていた奴らも動き出した。
ーーー
ギルドを出てから数分経過した。
街をキョロキョロと探索する俺の後ろを少し離れて追跡する冒険者たち。
さすがに大通りでは仕掛けてこないようだ。
俺は適当な鍛冶工房に入る。
「いらっしゃい」
いかにもって感じの強面ドワーフがいた。
軽く会釈をしてから並べられている武具を見る。
剣・槍・弓・鎚・籠手・盾・鎧
その他にも多様な細々とした武具が所狭しと並べられている。
「ん?これは‥‥‥」
俺が手に取ったのは1.5メートルほどの短い槍だった。
柄に穂がつけられているだけのありふれた槍だった。
やけに短いという点のみ気になり手に取ったのだが、これがよく手に馴染む。
「あんた冒険者なら一本どうだい?」
ドワーフが営業を始めた。
「えぇ、でもこれ短いしぃ。これを買うなら剣を買いますよぉ」
「役割が違うんだよ、役割が。これで剣相手と打ち合ってみろ、すぐにポッキリだぞ」
「え、じゃあこれは何に?」
「こいつはな、投擲用なんだ。投げナイフと違って重みがあるから、力を込めて投げると一度に数体は貫けるぞ」
ふむ。確かにそれは凄い。しかし、
「どこで使うんです?貫けるったって、敵が固まってる状況なんてそうそうないですよ?それに持ち運びの問題もある」
「これは開けた場所では使わん。ダンジョンだったり、ダラズミルじゃ鉱山内部だったりだな。持ち運びに関しても、そういうところに行く奴は大体荷物運びを雇っとるからそいつに持たせとけばいい」
「はえー」
特定の地形に特化した武器ってことか。
感心しているとドワーフは続ける。
「うちのは他の工房よりも頑丈に出来とるから何度だって使いまわせる。仮に壊れたとしても柄は木製だから交換は簡単だし、刃が欠けても格安で修理できる。どうじゃ?一本?」
正直、悪くない。
悪くないんだが‥‥‥そもそもダンジョンに潜ることがないから必要ないんだよな。
「ん~、やめとくよ。それよりも槍を作って欲しいけど」
「そこにおいてあるだろ。オーダーメイドは高いぞ?
店主の言う通り、フラメアの隣にはずらりと槍が並んでいるのだが、
「う〜ん、どれもピンとこないんだよな」
「どんなのがお望みなんだ?」
流石職人といったところで、すぐに客の要望を聞こうと耳を傾ける。
「折れず欠けずそれでいてある程度のしなやかさを持っている、そんな槍が欲しい」
「兄ちゃん、難しいこと言うな。聖剣だって折れるときは折れる。まぁ、そうならないようには努力はするがな?それに、見たところ兄ちゃん、槍兵じゃないだろ?これでも多くの戦士を見てきてる。鍛え方や足運びからでも判るもんだぜ?」
ドワーフは探るような目を向けて続ける。
「まぁ、素性を探るつもりはねぇがな。
武器ってなぁよ、結構使い手の癖が表れるもんだ。壊れていてもいいから使っていたもん見せてみな」
「‥‥‥」
俺はどうするか悩んだ。
持ち物はすべて『門』の中にしまってあり、ボロボロの槍も当然捨てずに『門』の中だ。
中空に黒のもやが現れるという無二の見た目は他者を警戒させると同時に好奇の目で見られる恐れがあるため、俺は常日頃から街中での『門』の使用を極力控えているのだが、店主に槍を見せるためにわざわざ一度店を出て取りに行ったふりをして戻ってくるのは面倒だ。
かといって隠すことなく見せびらかすのもどうかと思う。
工房の主人が魔術にまで精通しているとは思えないが、変に興味を持たれるのも勘弁なので俺は、手を後ろにやり、体で『門』を隠しながら中から槍を引っ張り出した。
それをカウンターに置く。
「あ、あんた今どこから出した?」
「アイテムボックス」
「アイテムボックスは袋状の魔道具───」
「アイテムボックスだ。それよりも俺の槍」
ずいと槍を押し付ける。
店主はまぁいいかと槍を精査していく。
「‥‥‥ふむ、にぎりは浅い‥‥‥一ヵ月もなし、がしかし疲労が凄まじいな、欠けもへこみもなかなか‥‥‥で、謎の刻印、と。
ふむ、物は良いのに使い方が荒すぎだな。金がいくらあっても足りんわ。どんな用途で使ったんだか。
で?この刻印は何だ?魔術刻印だろうことは想像できるが効果がわからん。
いや、効果はいい。問題は素材のキャパシティを超える魔力を流し続けたことにある。これじゃ急速な劣化も当然だな」
ぶつぶつと独り言のように呟く店主は店の奥からなにやら魔道具のようなものを持ち出してくると、ボロ槍の穂先に取り付けた。
「この槍の劣化は魔力の流し過ぎによるものだ。武器の素材となる金属や鉱物には基本、一度に流していい魔力のキャパがあるんだが、普通、一度や二度、少しくらいキャパを超えても問題はない。しかし兄ちゃんはそれをはるかに超える量の魔力を短時間に複数流してしまっとる。それがこいつが壊れてしまった原因だ。
だから次に作る槍は魔力の許容量に幅を持たせる必要がある。
さ、今このボロ槍に魔力測定器を取り付けたから、いつも使うように魔力を流しな」
武器を見るだけで結構わかるもんだな、と感心すつつボロ槍を握る。
「ところで、魔力を流したら刻印された魔術が発動することはないよね?」
「当たり前だろ、これは魔術が発動する直前に魔力を吸収することで発動を防ぎつつ必要魔力量を測定するんだ。いいから早くやりな」
「よく出来てるなー」
くっと握る槍に魔力を注ぐと、測定器がピピッと計測完了の合図を発した。
どれどれとドワーフは数値を確認すると、おおっと声を上げた。
「2700か」
「それってどうなの?」
「どんな効果かは知らんがかなり多い部類だな。聖剣魔剣の類が大体3500~6000だから普通の槍にしちゃあ中々の値だよ。
しかし、これほどとなるとただの鉄や鉱石じゃダメだな。メタルシェルと‥‥‥ミスリルだな」
ミスリルはギルドでも掲示板で見た高い値のつく鉱石だったな。
しかしメタルシェルはとは一体?
「メタルシェルって?」
「ああ、西の鉱山に出るメタルリザードってトカゲが持つ甲羅のことだ。硬く柔軟な、そうだな、鉄の上位互換のような素材だ。
しかし、悪いな。今両方とも切らしてるんだ。最近、お上からここいらの工房にミスリル製の武具の大量注文が入ってな。どこも品切れ状態なんだよ。
今すぐ欲しいってんなら、鉱山でメタルシェルとミスリルの両方を取ってきてくんな。そうすれば槍の一本くらい先に作ってやるよ」
うげぇ、面倒くさ。
しかししょうがない。
いつ誰と戦うのか分からないんだ。丸腰の状態が長引くのは避けねばならない。
「わかったよ。で、どのくらいの量を取ってくればいいんだ?」
「メタルシェルは甲羅一つ分あればいい。ミスリルはそうだな、この袋の半分くらいあれば大丈夫だ」
ドワーフに渡されたのは子供一人は入りそうな大きな麻袋だった。
これの半分。
多すぎやしないか?
そもそもミスリルってそんなありふれた鉱物なのか?
35㎏で金貨4500枚だろ?
控えめに言って希少鉱物のはず。
そう簡単に見つかるものなのだろうか?
‥‥‥ま、まぁとりあえず今は気にしないでおこう。
「素材の話は分かった。それで、料金はいくらぐらいだ?」
「料金込みだ。むしろ、さっき言った量のミスリルがあれば料金どころかこっちが金を支払おう」
「了解、じゃあちょっと待っててくれ。すぐに取ってくるから」
俺はそういうと店を出て鉱山へ向けて出かけた。




