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グレイ  作者: 家端独
第三章
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第四十二話 初めての海

 走って走って走った。

 身体強化も施して、ちゃんと全力で。

 時折、魔獣に出くわしたがそんなことはお構いなしで、自分の前方に魔力障壁を展開して轢いた。


 未だ追ってくる獣人たちを倒すことも考えた。

 しかしやはりだ、なんかこう、どうしても倒そうという気が起きないのだ。

 だから逃走を選んだ。


「ちっ、まだついてきやがる」


 そんな悪態をついた途端、あの声が聞こえた。


「ピョンッ!」


 いつの間にか兎のおじさんが俺の頭上でぶっとい脚を振り上げていた。


「しつこいぞ!」


 俺は頭を守るように頭上で腕をクロスさせてかかと落としを受け止めた。


 マ、マジで強ぇ‥‥‥。


 100%ではないもののしっかりと身体強化を施している。

 それなのに、それでもってしても、その衝撃は体の芯まで響いてくる。


 すさまじい重量のせいで地面にめり込んだ足は容易には動かない。


「んぐぐ‥‥‥調子に‥‥‥乗るな!」


 兎のシンボルとも言える大きな耳へ火弾を差し向けると獣人は一旦距離を取る。

 兎の回避地点に火弾を飛ばしながら再び逃走を図る。

 が、


「どこへ行こうとも無駄だ。この森は我らが庭、貴様に逃げ場などない」


 兎男の言葉に俺は足を止めた。

 確かにそうだ。

 今俺はこいつらから離れるために走っている。

 行く先がどこかも知らずに、だ。

 獣人たちの奇襲のせいで進行方向がどちらなのかも見失った。

 もし、来た道を高速で戻っていたらどうする?

 この一週間が丸々無駄になる。

 出口も分からずに追われ続けるのは精神的にもかなりキツイだろう。

 ならば、いっそのことこいつら無力化した方がいいんじゃないのか?


 そんな選択肢が思い浮かんだ時には俺の思考はクリアになっていた。


「そうみたいだな。だからお前たちにはここで眠ってもらうことにしたよ。幸い、ここにはお前しかいない。お前が一番厄介そうだし、さっさと終わらせる」


 『門』から剣を取り出すと魔力を纏わせて邪魔な木を切り倒して場を整える。

 木々が倒されたことでその場所にだけ光が差し込む。

 今は昼なのか。


 修練用の粗悪な剣だったため硬質な木々を切り倒すだけでボロボロになってしまう。


「そのような粗末なもので私の相手が務まるとでも」


「まさか、これじゃお前には届かないだろう。まぁ──」


 俺は役目を終えた剣を兎男目掛けて投げつける。

 兎男がそれを払い落とすとその隙に一足に距離を詰めて、


「俺は剣士じゃないから関係ないけどな!」


 俺は全力で拳を放った。

 魔力を十分に纏わせた拳。

 かつてアリアやユリウスに手傷を負わせた拳だ。

 まともに入れば無事じゃ済まない。

 それが男の腹部に深く刺さる。

 否、兎は咄嗟に腕を滑り込ませてガードした。

 しかし衝撃は殺せない。

 トーマも腕をへし折ったような感触はした。

 手応えアリってやつだ。


「ぬぅ‥‥‥ッ!」


 兎は苦悶の表情を見せながらも一歩後退すると左足を軸に身を翻して力のままに後ろ蹴りを放った。

 互いに体勢が不安定で、蹴りはトーマの脇腹を掠めるにとどまったが、それでもその鋭さはトーマの思考を一瞬白に染め上げるだけの威力を有していた。


意識を取り戻すまでの僅かな時間に兎は二撃目の蹴りを繰り出す。


「……これを防ぐか。恐ろしい男よ」


 兎は感心半分警戒半分の面持ちで言う。


「それはこっちの台詞だよ。あんた、強化してないだろ。なのに俺と互角以上に渡り合う。何者だ?」


「それこそ、そちらこそだろう。それほどの力を見せながら未だ全力の気迫を感じさせない。何を隠している?」


「素直に教えてやるわけないだろ。どうしても知りたいなら引き出してみな」


 トーマの挑発に兎男は初めて小さく笑みを見せた。


 途端、兎男から僅かだな魔力が吹き出した。しかし、その圧力は帝国騎士にも匹敵するほど濃い。


 トーマは奴が自身の内包する魔力を無駄なく効率よく制御していることを理解していた。

 同時にそんな高等技術を制御できているということは兎男が戦士として最高峰であることのないよりの証左であることも理解できた。


 兎男の太い脚が、まるで筋肉が凝縮されていくかのように少し細く引き締まる。 


「‥‥‥ッ!‥‥‥なんでこう、俺が相対する奴らは規格外の連中ばかりなんだよ‥‥‥」


 じっとりとした脂汗を額に流して顔を引きつらせたトーマは小さく呟いた。


 こいつ、さっきは一人では敵わないとか言ってたよね?

 敵うよ!

 正直、超怖い。

 強化ナシの蹴りが掠っただけであれほどの威力だったというのに、今度はゴリゴリの強化。

 死ぬかもしれん。


「では、行くぞ」


 兎の声に、俺はわけもわからずに前方に三枚の魔力障壁を展開した。

 同時に三枚とも砕け散る感触があり、腹部にとてつもない衝撃。

 兎男の薙ぎの蹴りが俺を吹っ飛ばして大木に叩きつけた。


「カハッ‥‥‥こ、この!」


 追撃する蹴りは顔面を狙ってきた。

 俺は上体を屈めてそれを躱し、カウンターとばかりに右手で胸ぐらをつかみ、左の拳を叩き込む。

 正直、威力はない。

 体勢は悪いし、左腕では殴り慣れていないし。

 ただ当てることは出来るぞという意思表明だ。


 兎は警戒してか俺から距離を取った。

 俺はガクッと膝をつく。

 ダメージが大き過ぎる。

 見上げると、日光が兎にあたり、ただでさえおっかない顔がより明暗がはっきりされる。

 

「くそっ‥‥‥うん?」


 日があたって?


 上を見ると、ちょうど太陽が真上にある。

 空が見える。


 ‥‥‥『門』が使える!

 『門』の短距離移動には、現在地から目的地までのルートを覚えておくという条件がない。


「しめた!」


 その場で軽くジャンプすると足元の展開した『門』に入り、遥か上空に出た。

 残された兎男はその場でポカンとしていた。


「クローディア!お前の言う通りに空に出たぞ!」


 上空から落下しながら叫ぶ。

 視界には黒々とした森が一面に広がっており、端のほうに小さく城壁のようなものが見える。

 よく見るために風の魔術でその場に留まる。

 視力を強化する魔術『ホークアイ』でその城壁を確認すると、それは教会領のものだとわかった。


『ようやく?遅すぎるのよ』


 内側から聞こえてくる声は待ちくたびれた様子だった。

 ていうか、あの白い空間以外で会話できるのかよ。


『当然でしょ、あんたの精神(こころ)の中に住んでるんだもの』


「そうだったそうだった。もしかしてさっきの獣人のことも見てた?」


『ええ』


「だったら、ダリルのときみたいに手伝って‥‥‥見てたの?」

 

『ええ』


 見られていた?

 いつから?

 少なくともダリルとの戦いのときは既に、だよな。でなければ俺が両断される直前に助けてくれるわけないし。

 それまでに何か劇的な変化とかあったか?

 いやない。

 あるとすればこの力を手に入れたときだ。変化と言えば。

 つまり最初から見られていた?

 アリアの寝顔を覗いたりとか、シャーロットちゃんと仲良くしたりとか。


『ええ、全部知ってるわよ。だって()()()んですもの』


「ふ、ふざけんなよ!男の子には色々あること知らねーのか!?俺のプライバシーはどこへ行った!?」


『ギャーギャーうるさいのよ。別に変なことしないから。これはあれよ、息子の恋路が上手くいくか気になるお母さんみたいなものよ』


「俺のお母さんは絶対そんなことしない」


 と思う。多分。するかな?するかも。


「ま、まぁ今はいい。それよりも教会領は発見した。次は何をすればいい?」


『そうね、反対側に何がある?』


「ええっと‥‥‥山と、あれは‥‥‥濃い青が広がってる。多分海ってやつだ。あとは砂浜か」


『了解、じゃ砂浜でいこうか』


 すると、俺の隣に『門』が現れた。

 俺の意思とは関係なく現れたことからクローディアが開いたものだろう。

 

 俺の竜の能力はクローディアも自由に使えるらしい。


ーーー


 『門』をくぐると一面には先程よりも広大な青が広がっていた。


「おおおぉぉぉ!!これが海!すげぇ!デケー!ああ、確か本にはしょっぱいって書いてあったよな?ホントかな?」


 波打ち際にしゃがみ込むと恐る恐る、水面をつついて舐める。


「おお!ホントにしょっぱい!ん?」


 本から得た情報が真実であったことに喜んでいると、水面から高速で飛び出してきた何かを捕まえる。


 よく見るとそれは小魚だった。

 ただし、魔物。

 頭部は螺旋状に鋭く尖り、尾は回転する三枚羽。

 標的を刺し貫くようにデザインされた生物だ。


「へぇー海にはこんな魚も泳いでいるのか、っていかんいかん、物資補給の任があったわ」


 トーマは興味津々に手の中で暴れる魚を観察するが本来の仕事を思い出すと魚を海に返して砂浜を北上すべく歩き出した。


「……歩きにくい。まぁ、さっきの森の中よりかはマシだけど……」


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