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グレイ  作者: 家端独
第三章
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第四十一話 暗闇の鬼ごっこ

「執拗に我らを追い回してきよって、怪しい奴め。その息の根止めてくれる!」


 光球の光で僅かに確認できる影の集団、そのリーダーと思しき人物がそう言うと複数の影がトーマへと迫る。

 

 疾い。

 一直線に喉元へと伸びる刃を半身を引いて躱す。続け様に死角から刃が迫るがまたも身を翻して躱す。

 次は頭上から。

 かと思えば次は下段から。


 縦横無尽で苛烈な攻撃にトーマはただ躱すばかり。


「どうした、手も足も出ないじゃないか!」


 影のリーダーは魔獣がうろつく危険な森で大声を出して煽る。

 

「おい!魔獣が寄ってくるだろ。静かにしろよ!」


 トーマは小声の大声とでも言えるようなボリュームで訴えるが、奴はそんなこと知るかとでも言うように鼻であしらう。


「ふん、魔獣が来ようが我らならなんとでもできる。そんなことよりも貴様、目の前の状況を何とかする方が先なのではないのか?」


「ちっ」


 俺は舌打ちすると一気に前方に走った。

 先程の奴らの攻撃は連携のよく取れたものであったが、明らかにスピードが不足していた。

 その証拠に彼らの攻撃は一度として俺に命中していない。

 それに感覚的な話だが、彼らには、アリアやユリウス、ダリルと対峙したときのような一つでも間違えたら命を刈り取られてしまうような危険性を感じない。つまりは彼らは大して強くない(と思う)。

 そういった理由から俺が全力で逃げれば振り切れると予想した。


 ジグザグと細かく左右に跳んで、木々を縫うようにして走るトーマの後ろをピッタリとつけ回る複数の影。

 スピードではトーマが勝っているのだが、彼らは木から木へと最短距離を進むために距離を離せないでいた。


 ちっ、しつこいな。

 光球(これ)の明かりを追ってきてるのか。

 ならば‥‥‥。


 トーマは右に飛び、光球を左に飛ばす。

 光球はトーマの制御を離れるまでぐんぐんと森の奥へと進んでいく。

 ただ直線的に進んでいくのはあからさま過ぎるため自分の動きをトレースさせてジグザグに進ませる。


 その間トーマは木の影にジッと隠れる。


 さぁ食いつくか?


 と、少しだけ顔を出して確認しようとすると──。


 スコココン!


 複数のナイフが木に刺さった。


 あ、危ねぇ!もう少しで目ん玉潰されるとこだった!


 バレた。


 というか、思い返したら明かりがない状態でも俺包囲されてたじゃん。

 奴らは目で俺を探知してるわけではない。


 じゃあなんだ?

 魔力?

 いや、それはない。魔力操作に関してはマジで自信がある。テレシアさんにも負けないほどに。バレるわけない。

 じゃあ気配か?

 う〜ん、ありそう。気配の消し方は教わってないしな。

 

「うおっ」


 原因を考えているとき、一人の影が突っ込んできた。


 トーマは上体を僅かに後ろに傾けて差し向けられた短剣を躱すと、影の腕を掴んで引き寄せてその腹部へ膝を打ち込んだ。

 狙ったわけではないが鳩尾に命中したため、その影はケホケホと咳きつき荒い呼吸になる。


 「‥‥‥」


 よく見るとその影は真っ黒の大きめの外套を纏った──獣人だった。それも女。


「狼‥‥‥いや、犬か?しかしそうか」


 奴らは視覚ではなく、嗅覚や聴覚で俺を追跡していたわけだ。

 あの一糸乱れぬ連携から考えるに全員獣人と考えるべきだろう。

 だが、判ったところで俺にはこれを封じる術はない。


「ちっ」


 トーマは撒くことが不可能であることを察すると、木陰から姿を現し反撃の意思を表した。


「観念したか愚か者。遺言は聞いてやろう、と言ってやりたいがこちらも時間がないのでな」


 獣人のリーダーはそう言うと部下に視線を送る。

 すると、奴らの中でも一際大きな気配を放つ存在がトーマへと突撃する。

 トーマへ向かっての体当たりとも思える跳躍。丸太のような巨大な脚によって振り抜かれる蹴りは身を屈めたトーマの頭上を掠め、濃密な魔力を含み硬質化した木々を容易く薙ぎ払う。


 マジかよ‥‥‥。


 トーマは振り抜かれ動きを止めた獣人の脚を掴むと、一回転した後、リーダーの元まで投げ飛ばした。

 巨脚の獣人はクルクルと回転して威力をころすと、リーダーの隣にトンッと着地した。

 その際、奴の顔を覆っていた布が開けると──そこからピンと立った可愛らしい耳が見えた。


 顔に刻まれていたのは人生の苦労の結晶とも言える無数の皺。

 鍛え抜かれた肉体、特にその豪脚からは、自分にはこれしかない、という切羽詰まった強迫観念めいた何かを感じる。

 つまりだ。


 こんなムキムキのおっさんにはウサ耳は似合わないのだ。



「この者、侮れませんぞ」


 兎のおじさんが言うとリーダーはこくりと頷く。


「ああ、お前の豪速を前に微動だにしなかった。慣れているな」


「ではいかように?」


「犬を放っておくわけにもいくまい。やれるか?」


「一人では‥‥‥おそらく敵わんでしょう。しかし全員でかかれば犬を助け出すことくらいは出来るかと」


「いいだろう」


 作戦会議が終わったようでトーマへと意識を戻したリーダーは「ガッ!!」と咆哮を一つ。

 ピリピリと体に魔力が走っていくのを感じたトーマが警戒を強めるのとほぼ同時に獣人たちは飛び出した。

 

 俺は背後にも何個か光球を放って視界を確保し、迎え撃つ。

 犬の獣人は未だに腹部を押さえて苦悶の表情を見せている。


 そんなに強く打ち込んだつもりはないのだが‥‥‥。

 単独で突っ込んできたことを考えると実戦経験が乏しい新兵なのかも。

 

 俺が足元で蹲る犬の獣人を見ていると、兎のおじさんが先鋒として距離を詰めてきた。


「ピョンピョンピョンッ‥‥‥!!」


 繰り出される足技の連撃はまたも容易く硬質な木々を次々と薙ぎ倒していく。

 

「ふざけた声出しやがって‥‥‥」


 これは多分、武闘家なんかがよくやる拳を高速で放つときの「シッ」とか「シュ」といった細かな息遣いなんだろうけど、如何せん、この見た目だ。ペースが崩されるったらありゃしない。


 トーマは兎の連撃を躱しながら、他の獣人の動きにも警戒を巡らせる。

 すると一瞬、兎の連撃が止んだ。

 どういうわけかは知らないがこれは好機。

 

 その僅かの隙を見逃さず、拳を叩き込もうと一歩踏み出した瞬間、俺は咄嗟に防御した。

 四方からいくつもの短刀が振り注いだのだ。


 兎のおじさんは見計らったように俺に豪脚を振り抜く。 

 くの字に体を曲げて吹っ飛ぶ俺。


「くっ……あ………痛ってぇ……」


 これは、よくない。

 想像以上に連携が取れてるし、何よりこの場所は戦いにくい。

 高速で木々を飛び渡る獣人たちの姿は、その木々によって隠される。

 どこから飛び出してくるかわからない奴らを警戒しながら目の前の筋肉兎の相手もする。

 

 悔しいが俺の方こそ経験不足だ。

 対応しきれない。


 自分の現在位置がよくわからないから『門』は使えない。

 ならば──逃げるしかない!



 一応人質だった犬の獣人は吹っ飛ばされたせいで回収されたし、正面切って戦う理由はない。

 まぁ元よりこちらには戦闘の意思はなかったんだけど。


 そういうことで踏ん切りがついた俺は全力で走った。


「逃げたぞ!追え!」


 なんて声が聞こえるが構わない。

 逃げ隠れは得意なんだから。





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