第四十話 道中で
もう冬だというのに鬱蒼と茂る木々草々。
高くそびえる大樹から枝分かれして生える青々とした葉は日光を遮る。
どういう植生なのかは知らないが、日光が届かないのに雑草が生い茂るなんて異常だろう。
そんなものが密集してるもんだから、この場所、この空間は昼だろうと夜より暗い。てかもう黒い。
そこを淡く照らすのが、なぜか光っている苔だ。
俺は落ちている長めの木の枝の先に苔をこすりつけると、足元だけを照らして密集する木々の根の上を慎重に進んでいく。
なぜ魔術を使わないのかというと、それは──。
「グロァァァァァ!!!!!」
「キシェアァァァァ!!!」
魔力感知が得意で有名な危険モンスターが近くで暴れまわっているからだ。
さっきも言ったが、ここは暗い。
視界が使い物にならない以上、多くの生物は他の感覚を伸ばす進化をする。
嗅覚と魔力感知に長けた大猿のバシュラズコングに熱探知と触覚、魔力感知に長けたスコーピオンスレーク。
こいつらは共にAランクの魔獣だ。
下手に魔術を使って見つかりたくない。
仮に戦っても勝てはするだろうが、戦闘による音や揺れ、使用した魔術の僅かな魔力などを探知して他の魔獣が引き寄せられるかもしれず、キリのない戦闘になる可能性が十分にある。
それだけは避けたい。
だから俺はゆっくりと足元を照らして、音を立てずにその場を離れた。
こうなったのはあの日、俺がクロウにラトガトでの失敗の穴埋めをしたいなんて軽々しく言ったのが原因なのだ。
失敗、と言うのは少々語弊があるかもしれない。
聖女アリアは帝国を見限り、俺たちスレイズについた。帝国はそれを知らず、アリアをあくまで行方不明としていたのだ。
そこで俺たちはアリアというカードを切り札として隠しておこうとしたのだが、俺のヘマで帝国にバレてしまった。
俺はそのことに少なからず悪気を覚え、その償いとして今回の任務を受けたのだが‥‥‥。
聞いてねぇよ俺一人だなんて!
確かに、鉱山都市の拠点への補給物資の運搬って仕事は俺向きだよ?
俺には『門』があるもん。どれだけ多くても俺なら一回で運べる。それに俺が鉱山都市までいけば、次からは『門』で瞬間移動もできる。
わざわざこんな視界不良の危険地帯を往復する必要がなくなるのは大きいけどさ、案内ぐらいはつけてくれてもよかっただろ‥‥‥。
何が「このまま東に歩けば着くから」だよ!
方向感覚なんてすぐに消え失せたわ!
トーマは自身の気配をなるべく殺して進みながら無茶ぶりを振ってきたクロウに心の中で文句を垂れまくる。
まぁ自分がやると言ったんだ。愚痴ってる暇があるなら一歩でも足を動かそう‥‥‥。
トーマは脳内に地図を思い浮かべる。
クロウたちがいる拠点から東に直線的に進めば確かに鉱山都市には辿り着く。途中に大きな山があるのだが、そんなものは登るなり、迂回するなりやりようはいくらでもある。
つまり山にぶち当たれば自分は真っ直ぐに進めているということになる。
しかし見当らなければ‥‥‥だ。
その時は時間を大幅に食ってしまうが、とにかく大陸東端の海岸を目指そう。
鉱山都市は山と森に囲まれた大陸の離れ小島みたいな地形にあるため港が発展していたはず。
港があるということは海岸線を進んでいけばそのうち辿り着くということ!
よしっ!これで行こう。
とにかく、このまま真っ直ぐ進もう。
ーーー
四日が経った。
拠点を出てからは一週間ぐらいか。
日の光が届かないもんだから正確ではない。
抜き足差し足で進めるところまで進み、眠くなったら寝る。
これを一日として四日。
相変わらずの真っ黒空間にも慣れてきていた。
たまに感じる魔物の気配で慎重になるくらいで基本はサクサクと進めている。
しかし、どうにも方向感覚に自信がない。
ぶつかる木々を避けていくうちに進行方向がずれていっている気がするのだ。
行ったことはないから分からないが、ダンジョンはこんな感じなのだろうか。
この辺りにはA~Dランクの魔物がごろごろいるらしい。
時折、飛び掛かってくる低ランクの蛇型の魔物の攻撃を躱しては、頭と胴を掴んで力任せに千切って捨てている。
竜人の肉体は人間のときよりも素の能力が高く、低ランクならば強化せずとも魔物を倒せる。
別に食べるわけではないため千切った後は捨てるのだが、血の匂いを感じ取った近くの魔物が接近してくる可能性があるので小走りでその場を離れる。
今頃、アリアやアルヴィは何をしているのだろうか。
俺に同行しないのだから何か他の仕事があるのだろうけど、上手くやってるかな。
「‥‥‥」
なんだろうか。
先程から妙な視線を感じる。
トーマは一旦立ち止まって背後の木々へと視線を向ける。
実際に見えているわけではないのだが、恐らくはいるであろう俺を見ている存在へ送る、お前に気付いているぞという警告だ。
視線を向けた瞬間、その気配が薄まったような気がした。
気のせいか?
俺は足元の光る苔をある一本の木に投げつけるとその木へと跳躍。
太い幹によじ登り木肌を調べる。
ふむ、特に皮が削れているとかはないか。だが、わずかに残るこの温もり。
何者かがいた可能性があるな。
ただ、魔獣ではない。
事前の情報に木に登る習性のある魔獣なんか.いなかった。
人?小動物って可能性も捨てきれない。
どちらにせよ、今すぐどうこうする気は無いみたいだし放置でいいや。
今日はもう疲れたしここで寝よ。
トーマは幹に腰掛け、主幹に体重をかけるようにして目を閉じた。
ーーー
目が覚めるとそこは白い空間だった。
基本的には何もない真っ白な世界だが、視界の中央にだけ場違いな家が建っていた。
およそ一ヵ月ぶりの光景だった。
前回はダリル討伐前夜だった。
あの時は僅かな時間しか滞在できなかった。
俺はその家へ近づき、玄関扉をノックする。
「クローディアいる~?」
「庭~」
抜けた声が家の裏庭から聞こえる。
家の周辺にだけ茂っている芝生の上を歩いて裏へと回ると、これまた場違いなパラソルを広げてその日陰で優雅にティータイムを満喫している銀の長髪の女性がいた。
俺は向かいの席に座る。
「久しぶりだね、クローディア」
「ああ、久しぶりだ、トーマ。
まずはお祝いをしなきゃだね。竜騎士討伐おめでとう」
クローディアはトーマの前に紅茶と菓子を用意する。
用意といっても、カップを取り出して紅茶を注ぐとか家の中から菓子を持って来るとかじゃない。
ここは一応、俺の精神世界のような場所。
ここに住み着いているクローディアは、そう思うだけで無から物質を生成できる。
香りも味も存在し、食べれば満足感まで残る。
食品だけでなく武具も生成できるのだろうが、あくまで精神世界でのみ有効の産物。
要するに夢の中のものは現実世界に持ち出せないということだ。
「ありがとう。クローディアの助けもあってなんとか倒せたよ」
ダリルとの戦いの終盤、俺は上空に溜めていたアリアの必殺技を勘付かせないためにダリルを挑発して意識を自分へと集中させた。
それ自体には成功したのだが、余程触れられて欲しくないことだったのかダリルは想像以上に激怒して俺を殺しにかかったのだ。
最速を誇る騎士の技など、そう何度も避けられるはずはなく。
俺は視認すらできない速度で両断されようとした寸前、クローディアがそれを止めてくれたのだ。
まるで時間そのものを停止させたかのような技で。
「ふふん、我ながらナイスなタイミングだったと思ったわ」
彼女は小さく胸を張った。
「で、今日呼び出したのはどんな用事で?俺、今魑魅魍魎が跳梁跋扈する中で無防備晒してると思うんだけど」
トーマは落ち着いた様子で紅茶を啜りながら言う。
なぜだかこの空間では心が異様に平穏になるから、本来なら焦ってしまうような場面でも落ち着き払えてしまうのだ。
「大丈夫よ。外の状況なら私が見えてるから。
あとね、別に用事なんてないわよ。強いて言うなら私がおしゃべりしたかったから呼びつけた。それだけ」
てへっ、とウィンクするクローディアにトーマはため息で返す。
「勝手だな。
‥‥‥なぁ、俺に宿った竜って何を司っていたんだ?」
俺はふと思いついた疑問を口にした。
前から聞こうとは思っていたんだが機会に恵まれなかった質問だ。
『門』などという能力はアリアは知らず、ダリルだって俺の髪色に驚愕していた。
この力をくれたエルフの爺さんが瀕死で森の中で倒れていたことも考えると、なんとなくだが、帝国内では秘密とされていた、もしくは忘れ去られたものだと察することができる。
あのエルフの爺さんは誰も知らないおかしな能力を持っていたから追われて傷ついてしまったのではなかろうか。
「えぇ~、それ聞いちゃう?教えてあげてもいいんだけどなぁ‥‥‥。
君、まだ覚醒前でしょ?下手に教えると使えないのに変に期待しちゃう可能性があるからなぁ。
それに、私が言わなくてもなんとなく察してるでしょ」
「‥‥‥まぁ」
「なら答え合わせはまた今度ね。
‥‥‥あ、そろそろ君の体が目覚めそう。仕方ない、今日はここらでお開きにしましょう」
クローディアがパチンと指を鳴らすとトーマの背後に『門』のようなものが現れた。
あの中に入れば俺の意識は戻る。
「そうしよう。またいつでも呼んでくれ。じゃあな」
俺が立ち上がって『門』へと入ろうとした瞬間、クローディアは言った。
「そうだ、君、鉱山都市に『門』を繋げようとしてるわよね?それ、ちゃんとルートを視認しなきゃ繋げられないわよ」
瞬間、ゾクリとした。
「そうだったぁ‥‥‥。どうしよう‥‥‥」
『門』の条件を完全に忘れていた。
自分で目的地までの道や周辺の風景を見て記憶する。
それが条件なのだが、この辺りは視界不良が極まった状況だ。視界は常に真っ黒で黒以外記憶することがないのだ。
「一回、木のてっぺんまで登って周辺の地形を把握しなさい。どこかの街や村が見えたら、そうね、今度は海岸を探しなさい。そうしたら私が君たちの拠点から海岸まで繋げてあげる」
「おお!そんなことできるのか!じゃあよろしく!」
そう言うと俺は『門』へと入った。
ーーー
目が覚め、凝った体を解そうとして伸びをすると、バランスを崩してしまい木から落ちてしまった。
その瞬間だ。
シュン、と先程まで寝ていたところに何かが打ち込まれたのは。
華麗に着地して状況把握のため、光球で周囲を照らすと──。
「マジか‥‥‥」
そこにはナイフが突き刺さっており、俺はナイフを引き抜く人影と見下ろしてくる複数の人影に囲まれていた。
そのうちの一人が俺に向かって言った。
「執拗に我らを追い回してきよって、怪しい奴め。ここで息の根止めてくれる!」




