第三十九話 任務とおつかい
「すうううぅぅぅぅ‥‥‥はぁぁぁぁぁ‥‥‥」
大きく息を吸って、溜めてから一気に緊張と共に吐き出す。
それを何度か繰り返して執務室の机に突っ伏している宰相リット・クランゼルカ。
「いつまでそうしてる気かな、リット?」
「そうよ、しっかりしなさい」
そう言うのは、執務室中央のテーブルを挟むように配置されているソファに腰掛けてそれぞれの作業を行っているユリウスとリットのもう一人の側近であるミュリエラ・ボーフォルトだった。
ボーフォルト家は代々炎の騎士を輩出している帝国の名家だ。
炎獄竜の魂に適応した人物の体毛は赤やオレンジといった赤系統の色を宿す。
現炎の騎士の直系の子孫であるミュリエラの髪もまた真紅の色を持ち、その特徴を強く引き継いでいる。
「はぁ、わかっている。しかし、あの竜騎士たちの相手はとても疲れるんだ。今日はもう休みたい‥‥‥。はぁ、そうも言ってられないよな」
ついさっき終了した報告会のことを思い出すと身震いしてしまうリットはパンと自身の頬を叩き気合を入れなおす。
「ユリウス、帰ったばかりで悪いがお前には獣人の国に向かってもらいたい」
「分かった。何をすればいい」
獣人の国は帝国と友好的じゃない態度を取り続けている国だ。
帝国人だと知られれば危険に晒されるというのにユリウスは躊躇うことなく了承する。
「交渉だよ。先日、ガイア様がスレイズに所属する特Sランクの指名手配犯の『剣狼』に奇襲を受けて片腕を斬り飛ばされたそうだ。グレイと名乗る男といい、寝返った聖女といいスレイズには強者を惹き付ける『何か』がある。
現在、帝国と奴らとでは我らの方が戦力において質・量ともに勝ってはいるが、きっかけ一つでこのパワーバランスが崩れる可能性は十分にある。そのきっかけを連中に与えないために獣王と交渉してきて欲しい。方法は任せる。必要なものがあればいくらでも言ってくれ。我が家名も必要なら出してよい。
それと、ミュリエラ。君もユリウスに同行しサポートしてやってくれ」
「わかりました」
「アラン、悪いが残った書類を処理しておいてくれ」
ユリウスは従者の少年に言いつけると、退室して準備に取り掛かった。
ミュリエラも従者の少女──アランの双子の姉のカリンに旅支度を言いつけた。
「ああ、計画の前に帝国を守りきらないといけないなんて‥‥‥なんで俺の代にこう畳み掛けてくるのか‥‥‥」
リットは窓の外の晴れやかな青空を仰ぎながら小さく呟いた。
ーーー
そして現在。
「とまぁ、こんな感じでお前はA級指名手配犯としてデビューってわけだ。ちなみにアリアにも懸賞金がかけられている。あいつは特S級だけどな」
「へぇー」」
俺はクロウから一通りの事情を聞き終え、自分がA級犯罪者となったことを知る。
「へぇ、ってお前のことだぞ。興味を持てよ」
「アルヴィ、よく考えてみろ。今回指名手配されたのは俺が演じた『グレイ』という魔術師であって、トーマじゃない。術で隠してたから人相はバレてないし俺は大手を振って街中を歩き回れるんだよ」
トーマは心底興味なさそうに解説してやる。
「それよりも痛いのはアリアのことだな。こんなにあっさりとバラしてしまうとは」
「それはお前の不手際だろ」
歯噛みするトーマに追い打ちをかけるように容赦なく指摘するアルヴィ。
アルヴィの言い様にシャーロットちゃんが何か抗議をしようとするが護衛のクリスがそれを制止する。
アルヴィの言は正しい。
そもそも領主殺しの計画は俺の思い付きの案を強引に進めたものだ。アリアとアルヴィはそれぞれちゃんと役目を全うしてくれた。俺だけが自分に課した役目を完遂できなかったのだ。
ダリル拘束後、俺は『門』で宮殿を脱した。しかしそこは敵の目の前だった。満身創痍の俺は地面の僅かな段差に転んで──起き上がることができなかった。敵前で無防備を晒し、アリアはそんな俺を助けるために自らの姿を晒したのだ。
俺の不手際?そんなことは理解している。
だからこそ、相手にバラしてしまったと言ったのだ。
「そうだよ。でも俺は自分のミスを償う方法をしらないから」
「ほう、お前は自分の失敗を償いたいのか」
クロウはニヤッと僅かに目を緩ませて弾む声で尋ねてきた。
「そりゃあ‥‥‥まぁ、自分の失態ですし?ちょっと悪いかなとは思いますから。
‥‥‥あるんですか?」
「ああ、もちろん。それは───」




