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グレイ  作者: 家端独
第二章
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第三十七話 帰還


 トーマが目覚めたのは戦いから3日後の昼だった。

 借りていた部屋のベッドの上で上体を起こそうとすると全身に激しい痛みが走った。

 特に腹部の痛みが酷く服をめくる。


「うわっ‥‥‥。こりゃ酷い」


 腰骨のあたりから鳩尾(みぞおち)にかけて赤黒い痣が伸びていた。

 腕には固定具みたいな添え木が縛り付けてあり見た目はまるで重症患者のよう。


「起きたようね」


 扉が開くとアリアが食事を持ってきてくれた。


「俺はどのくらい寝てた?」


「3日よ。重症過ぎて回復させることもできなかったぐらいだもの。最低でもあと1週間は安静にしてもらうわよ」


 口を開けて運ばれる料理を受け入れる。


 治癒魔術ってのは確か回復させる際に僅かながらも対象の体力を消費させる。

 なるほど、つまり俺はあのとき死にかけていたわけか。

 自分ではそんな感じ全くしなかったが、戦闘の興奮による弊害か。


「うん?じゃあ今なら治癒魔術使っても平気だよね、こうして目が覚めたわけだし」


「ダメよ。治癒魔術の多用は生物本来の自己修復機能を衰えさせるの。こればっかりに頼るとそのうち小さな切り傷でさえも自分では治せなくなるわよ」


「でもこの有り様じゃあ何にもできないだろ。頼むよぉ」


「ダメよ」


 ぴしゃりと拒否するアリアは皿を返しに1階へと降りていく。


「さて、どうしたものか」


 まずは今後の予定の確認だ。

 といっても、一度スレイズに戻って竜騎士討伐の報告くらいしかない。

 クロウさんたちは既に気付いているだろうけど、それでも報告は必要だ。


「おっ、ようやく起きたな」


 次に現れたのはアルヴィだ。


「おはよう。生きて戻ってきてやったぜ」

「ああ、お前はそう簡単には死なんと思ってたよ。だけど‥‥‥」

「だけど?」


 含み笑いをするような、もったいぶるような口ぶりでアルヴィは言う。


「あ~、お前にも見せたかったな~。アリアの慌てふためきようをさぁ。普段の『私、動じないんで』みたいな態度からは想像もできな───」


「あ、アルヴィ!あんたちょっとその口閉じろッ!!」


 顔を真っ赤にしたアリアが乱入し、アルヴィに掴みかかる。


「まぁそれにしても生きていてくれてよかった。」


 頭を抱えてアリアに踏んづけられているアルヴィは穏やかな口調に言う。

 

「ほんとだよ。相手が最初から全力だったら確実に死んでた。そんなことよりもこれからのことだ。今回の俺たちの行動は完全な独断専行。組織としてあってはならないことだ」


「まさか怒られる感じ?結果は出したのに?」


「それでもだ。しかしそうであると確定したわけではない。クロウさんはああ見えて意外と気分屋。もしかしたらこの結果で手打ちにしてもらえるかもしれない」


「そんなに怖いの?そんな風には見えなかったけど」


「お前は入って日が浅いからだ!あの人は‥‥‥あの人は‥‥‥」


 アルヴィはガクガクと震える身体を抱いている。

 こいつは何ヵ月もあの人の下で修業してたからその恐ろしさをよく知っているんだろう。


 ガタガタと発作のように震えるアルヴィをよそに俺は思う。


 ああ~、早く治んねぇかなぁ。



ーーー



 翌日、安静安静と喚くアリアを無視してアルヴィに肩を借りながら協力者のもとへ挨拶に行った。

 協力者というのは、ラトガトの生産区を統括する伯爵様のことだ。彼は以前からスレイズと協力関係にある人物で、その高い地位と能力のおかげで雷の騎士ダリルの過去を知りながら粛清を逃れていた。

 俺は彼からダリルの過去を教えてもらい、そこからダリルの性格を分析して勝利をもぎ取った。

 今回の影の功労者とも言える人なのだ。


 往来は兵や騎士の慌ただしさでどこか殺伐とした雰囲気だ。無理もない。


 結局ついてきたアリアと共に俺たちは貴族街へと入る。

 向かうはハーディー伯爵邸。

 使用人に客室まで案内され、そこで伯爵と軽く挨拶を交わした。


 柔和で温厚な人柄の彼に、ダリルや腐敗貴族の排除に成功したことを報告する。

 伯爵は敵対する人物が消えて権力の掌握が容易くなったと喜んでいた。

 

 俺の怪我の具合を察した伯爵は長話をする気は無いようで、結果を一通り聞き終えると「後始末は任せなさい」と帰宅を勧めた。


 伯爵邸を後にした俺たちは一旦宿に戻って荷物をまとめて引き払い、アジトへ帰還した。



ーーー


 『門』をスレイズ内の自室に繋いで帰還したトーマはボロボロの体で修理途中だった半壊のベッドに腰を下ろした。


「懐かしいな。アリアにぶっ壊されたベッド。まだ直し切ってなかったか」


「悪いが報告が先だ。立てよ」


 アルヴィに肩を借りながら執務室に向かう。

 

「怒られるかな?」


「怒られるだろうな」


「そっかぁ」


 バクバクと激しく鼓動する心臓。血流が促進されると怪我をしている箇所の痛みが存在感を放ってくる。


 コンコンと扉をノックして部屋にはいると、クロウとテレシアが茶を啜っていた。


「おう、おかえり。随分と暴れたようだな」


「おかえりなさい。三人とも生きていてくれて嬉しいわ」


 二人ともどこか機嫌が良さそうだ。


「あ、あの報告をと思ってきたんですけど」


 おずおずとアルヴィが言う。


「大体の状況は理解している。斥候から報告をうけてるしな。それで、どうやってダリルを倒した?とどめを刺したのはあの光の柱からアリアなのは明白だが‥‥‥あの男があんな大技をみすみす撃たせたとは考えづらい。アルヴィは騎士連中と犯罪者狩りをしていたようだし。な、トーマ?」


「別にそこまで凝ったことはしてないですよ。アリアには隠れて大技の溜めに専念してもらい、アルヴィには騎士共の足止め、俺はアリアの溜めが完了するまでの時間稼ぎですよ。事前に得た情報からダリルは他者を下に見る、というか自分を誇大に見せたがる性格をしてると思いましてね。序盤中盤はとにかく逃げに徹して、終盤には、アリアの技の魔力を気取らせないために悪口を言ってみたり奴のコンプレックスをつついてみたりして怒らせて注意を俺に向けさせたんですよ。そのあと、なんとか聖樹結界(グレイト・ツリー)で拘束して‥‥‥って感じです」


 俺は大雑把だが要点をまとめて話した。


「まぁ、このザマですけどね」


 俺は人の肩を借りなければ歩けないほど負傷している体を自嘲する。

 しかし、二人の反応は違った。


「そんなことないわよ。その程度で済んだのなら上出来でしょう。ね、クロウ?」


「ああ、俺やイザノバがラトガトに手を出せなかったのはダリルがいたというのが大きい。それほどまでにあの男の竜騎士としての実力は冠絶していた。この勝利は誇っていいぞ」


 素直な感心に頬が緩む。


「しかし、相談なしの勝手な行動はいただけん。追って沙汰を下すのでそれまで安静にしておけ」


 と部屋を追い出される俺たちはそれぞれの部屋へと戻った。


 それから一週間が経過した。


 傷もすっかり完治して一人で動き回れるようになった。

 しかし未だに、


「おはようございますトーマさん。肩貸しましょうか?」


 などと言ってくる人がいる。

 我が祖国バルガスの王女、シャーロット姫だ。

 魔物の大侵攻により滅んだ亡国の姫。色々あってスレイズに所属している。


 アルヴィもアリアも自己研鑽に励んでいる中、重症だった俺は部屋で安静にしていたのだが退屈過ぎて抜け出し、そして行動不能になった。

 全身が痛んで床を這っていたときに現れた彼女の肩を借りたのだ。

 

 頼りにされたのが嬉しかったのか以降も会うたびに「肩は必要ですか?」と聞いてくる。


「おはよう姫ちゃん。もう大丈夫だよ」

「そうですか」


 しょんぼりするシャーロット。

 断るたびにこういう顔をするもんだから罪悪感がすごい。


「そ、そうだ。朝食でも一緒にどう?こんなの貰ったから使ってみようと───」


 ポケットから取り出したよく分からないチケット。

 クロウからダリル撃破の労いとして2枚貰っていて、『超優先食事券』と書かれている。


「そ、それはッ!?優先食事券、それも『超』ッ!い、一体それをどこで?」


 声が上ずっている姫様。こういう顔するんだ。


「貰い物だよ。これそんなに貴重なの?あげるよ?」

「い、いえいえ。そういうわけにはいきません。それはですね、食堂の料理長マルタ様の一皿と交換できるチケットなのです。娯楽の少ないここでは大変貴重なもの。自分のためにお使いください」


 丁重に断るシャーロットは少し名残惜しそうだ。

 ていうか、マルタちゃん料理できるんだ。

 

「ねぇねぇシャーロットちゃん、あの人は?ええっと、クレア?だっけ」

「クリスですよ。そろそろちゃんと覚えてあげてください。あの子はアルヴィ様と一緒にクロウ様の指導を受けています」

「ならさ、これ俺たちで使っちゃおうか。ちょうど2枚あるし」

「ダメですよ。お一人で使ってください」

「そういわずに、肩貸してくれたお礼だと思って、ね?」

「トーマさん‥‥‥」


ーーー


 そういうわけで食堂に来た。

 

「そういえば、なんか人増えてない?気のせいか?」


 規模に対して席数が異常に多いのがスレイズの食堂なのだが、まだかなり余裕があるとはいえ大分埋まっている。

 知ってる顔、知らない顔が3:7くらい。

 ずっと自室に籠っていたせいでこの変化に気付けずにいた。


「聞いてないんですか?トーマさん達がラトガトへ行ったすぐ後に教会領で密かに仲間を集ったそうですよ。戦闘が出来なくてもやる気があれば誰でも受け入れるって。確か千人程度集まったとか」


 チケットを渡し料理が出来上がるまでの間に説明を受ける。


 千人か。

 騎士見習い時代に帝国の貧困者数は人口の半数以上を占めると教わった。

 街の人口なんて知らないけどかなり少ないと思う。


 トーマたちは出てきた料理を受け取り席につく。


「へぇ、これが」


 よく見れば使われている食材はいつものと同じなのだが、出来が全く違う。

 なんかキラキラしてる。


「では早速‥‥‥うんッ⁉」

「どうですか?おいしいですよね!」


 俺は目を輝かせてコクコクと頷く。

 

「な、なんだこれ‥‥‥本当に同じ材料で作られてるのか‥‥‥」

「私も初めて食べた時はそう思いました」


 うっとりとした表情で食べ進めていくシャーロット姫。

 わかるよ。これを味わうのなら言葉なんて無粋。黙って食うのが最大の敬意なのだ。


 と、二人が黙々と食事をしていると無粋な奴が割り込んできた。 

 雰囲気をぶち壊しやがった。


「おい、嬢ちゃん。そんな陰気野郎よりこっちで俺たちとパァっとやろうぜ」


 2mはあるだろうか。大柄な肉体はしっかりと鍛えられており筋骨隆々。

 その粗野な言動は剣闘士や冒険者を彷彿させる。


「この子の先約は俺なんだ。すまないが後にしてくれると助かる」


 シャーロットちゃんとの触れ合いこそが傷ついた俺の癒しなのだ。

 邪魔されてたまるか。

 そんな意図を持ちながらも相手を刺激しないように丁寧に対応する。


「てめぇには聞いてねぇよ、ゴミはすっこんでな。なぁ嬢ちゃん、ほら行こうぜ」


 強引に腕を引っ張ろうとしたため仕方なく、無粋無礼な男の周囲に魔術を発動させる。


「いっ、なんだこれ‥‥‥血?」


 男の胸に軽く刺さる鋭い氷の粒。

 それは服と肌を裂いたため血糊がついていた。


「動くともっと食い込むぞ。このまま消えてくれるなら解放してやるけどどうする」


 スープを一口啜りながら男に問う。


「ふざけんな俺はこれでもスラムの主だッ‥‥‥ぐぅッ!?‥‥‥か、硬ぇ!?何しやがったてめぇ!?」

 

 男は魔力を高めて自身を囲う氷の棘の輪を砕こうと試みるが失敗に終わる。

 

「さぁどうする?」


 パンを齧りながら問う。


「このッ、ふざけやがって!」

「どうする?」

「ぐぅ‥‥‥ちっ、わかったよ。降参だ、だからこれを解いてくれ」

「‥‥‥この子に関わらないと誓うなら解放してやる」


 忌々し気にこちらを睨みつける男に俺は条件を課すことにした。

 何しでかすかわからないからな。


「誓う、誓うから!」


 食い込む氷棘がよほど痛かったのかあっけなく音を上げる男。

 修業が足りんわ。


 魔術を解くと大人しく去る男を確認し、さっきから一言も発さない姫様に視線をやると一心不乱にされど上品に食べ続けていた。


 この子は案外こういうのに慣れているのかもしれないな。


 ああ、平和だ。


 俺は心からそう思った。

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