第三十六話 眠りの中で
帝都レグナンディへと急ぐ馬車の中でユリウスは眠りについていた。
昨夜の出来事が甦る。
『ユリウス様!お目覚めくださいユリウス様!』
そう彼を揺さぶり起こそうとするのは、彼の部下であるアランという少年だった。
11歳になったばかりの未だ幼さを多分に残す少年は、今にも泣きだしそうな顔だ。
『う‥‥‥ぐ‥‥‥ア、アランか‥‥‥。なにが起きた‥‥‥』
灰のローブの男との戦闘で意識を失っていたユリウスが目を覚ましたのは、戦闘から一時間ほど後のことだった。
腹からの強烈な痛みに意識を一気に覚醒させる。
制服を捲ると、鳩尾のあたりに拳大の大きな痣が出来ていた。
『この痣は‥‥‥。アランすまない、回復用のポーションを持っていないか?』
『あっ、はい。今はこの下級のものしか‥‥‥』
『十分だ』
ユリウスがそれを一気に飲み干すと腹部の痣が僅かに小さくなる。
『これで少しは動ける』
『いけませんユリウス様、安静にしていてください。兵舎からもっと質の良いものを取って来ますから』
『悪いな。だったら、宮殿の様子も見てくれるか?何体か鳥を放っているからそれを使え』
アランは分かりましたと返事をすると兵舎へと走っていく。
アランは感覚共有という希少かつ特異な魔術を使用できる。
それは特定な条件下に置かれた双子にのみ使用可能な魔術で、自らの感覚を双子の片割れとのみ共有でき、視覚だけ聴覚だけということも可能だし、両方同時も可能。
例外的に、鳥と呼ばれる魔具擬鳥とも感覚を共有できる。
アランは宮殿内に用意されている鳥と感覚を接続しながら、医務室を漁る。
大広間からは激しい戦闘音が聞こえる。
膨大な魔力が扉一枚向こうで乱れ狂っており、実際に曝されているわけでもないのに寒気吐き気がこみ上げてくる。
ユリウスはアランがポーションを持ってくるまでの時間に、重症の体を無理に起こして周囲の状況確認に努めた。
『街の被害は‥‥‥それほど‥‥‥か』
よろよろと歩いていく様はもはや強者の風格を感じさせない。
別に夜目が効くわけでもないが、被害状況は自分が灰のローブの男と戦ったときとほぼ同じだった。
瞬間──ふと、おぞましい程の魔力を察知する。
どこだ?
宮殿からではない。それはとっくに気が付いている。
ユリウスは無意識的に灰ローブの男との戦闘を思い返した。
強力な魔術を連発する男にこれ以上打たせまいと接近戦を仕掛けた。高速の剣戟は徐々に男の体勢を崩していき‥‥‥。
そうだ。あのとき誰かに妨害されて───上!?
ユリウスが上空を見上げると重い雲の壁をも突き抜ける大光がそこにはあった。
『ユリウス様、持ってきました!』
ポーションを抱えてこちらへと走ってくる少年が。
『──ッ!?そんなものいい!早くこっちへ!!』
怒号とも言える叫びが放たれたのと同時。
眼前の光景に声が震えずにはいられなかった。
天より注がれる光の柱が黄金宮殿を消し去ったのだ。同時にダリルの気配も消去する。
帝国を支える一角が崩れた。それが戦乱の時代の幕開けを意味することは容易に理解できた。
ふと、背後に気配を感じる。
振り返ると、先程戦った灰のローブの男が自分に背を向けて弱弱しい足取りで街へ向かっていた。
この騒動が誰の手によって発生したのか、そんなこと容易に想像できる。
『こんなことして、ただで済むと思っているのか!』
ユリウスは叫ぶが、灰の男は振り向きもしない。
そのとき、男が段差に躓き転倒してしまう。
男は立ち上がろうと地に手をつくがその腕は震えており、中々立ち上がれずにいる。
吐血し倒れ伏してしまう男のもとへ歩き出す。
『あっけない幕切れだな』
トドメをさそうとその背に剣を突き立てると、
『ッ!?』
剣が何かに阻まれていた。
知っている。これは魔力障壁だ。それも高密度なもの。
『誰だ!』
扱いが難しいとされる魔力障壁をこうも制御しきるとは‥‥‥。一流の術師が潜んでいる。
周囲を見渡すもそれらしい人影は見当たらない。
しかし、そいつは自ら姿を現した。
『その人を死なせるわけにはいかないのよ』
いつか、どこかで聞いたことのある鈴音のような透き通る声。
薄黄色の長髪は夜風に揺れ、纏う衣の純白は暗雲立ち込める夜の中にあっても僅かな光さえ反射し淡い輝きを放つ。
『ま、さか‥‥‥あなたは‥‥‥』
ユリウスが言葉を失うのも無理はない。
『聖女アリア様‥‥‥?』
『ええそうよ。元だけどね』
現れた人物はラトガトの南方にある教会領の竜騎士、聖女アリアだった。
消息不明だったはずの彼女がなぜこんなところにいるのかと疑問が湧き出るが、今はそれよりも優先すべきことがある。
『なぜあなたがこの者を庇うのです!』
『仲間だからに決まってるじゃない』
『仲間!?こいつらが何をしているのかわかっているのですか?』
『当然理解しているわ。そのうえで私は行動を共にしているの。
だから、その人を返してちょうだい』
『くっ‥‥‥』
ユリウスは一瞬の思考の後、灰の男を渡す選択をした。
もしここで断れば彼女は強引にでも奪い返そうとしただろう。黄金宮殿を襲った光の柱、あれはおそらくアリアの仕業だ。竜騎士を一撃で屠れる威力を持つアレは非常に危険。自分だけならどうにかできるだろうが周囲への被害は甚大なものになる恐れがあった。
だから渡した。
アリアは灰の男のもとへ駆け寄り、治療を始めた。
『酷い怪我ね。体中の無数の切り傷に骨折、火傷。内臓へのダメージも深刻ね。これでよく生きてるわ』
『なぜそいつらに組したのですか。やり方はもっとあったはず』
ユリウスはアリアに問う。
灰の男にも問うた質問だ。
それほどまでにユリウスは彼らの方法に疑念を持っていた。
『これが一番手っ取り早いからよ』
『暴力によって得た平和は暴力によって崩壊する。そんなものが長く続くはずがない』
『それでもやるのよ。平和的な話し合いで解決するならそれに越したことはない。けれど現実は違う。それはあなたもわかるでしょう?』
『わかります。だからこそ力による解決は許されない。平和的解決に努めるべきだ。そうじゃなければまるで、弱者をいたぶる奴らと同じじゃないですか』
『なら同じでいいわ。私のやり方が悪だというなら悪人にでもなってやるわ。国中に蔓延する差別や偏見、理不尽。なにもこれは権力者だけが振るっているものじゃない。平民だって自分より下だとみてる相手に押し付けてる。みんなが変わらなきゃいけないのよ』
ユリウスを真っ直ぐに見つめるアリア。
ユリウスはこの眼差しに覚えがある。主人であるリットや志を同じくする仲間も、トーマや灰の男も同様の目をしていた。
誰もが本当に誰かを救おうとしている。おそらく目指す地点は同じなのだろう。
それがわかるからこそ互いに相容れない。
『その手段の結果がこれですか?』
『帝国の差別意識は根深い。歪みの酷いものには強い衝撃で矯正するのが一番よ』
『平行線ですね。わかりました、今日のところは退きます。しかし‥‥‥次は‥‥‥』
そこでユリウスは目が覚める。
未だ馬車は走り続けている。




