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グレイ  作者: 家端独
第二章
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第三十五話 最強を降すとき

「ふんッ」


 優雅な舞のように繰り出される光速の蹴りはトーマを壁へと叩きつける。


「ぐっ‥‥‥ッ!?」


 衝撃が肺を圧迫し呼吸を阻害する。

 容赦なく迫る追撃の雷光を転がって回避し、体勢を立て直す。

 

「‥‥‥まだ立つか。貴様に打ち込んだ攻撃、そのどれも本気でなくとも手を抜いたつもりはなかった。常人なら既に事切れているはずなのだが。‥‥‥何者だ貴様?」


 ダリルの鋭い視線がトーマを射抜く。


「さっき自分で言ってたじゃないか。俺はレジスタンス。お前を倒しに来たんだよ」


「‥‥‥ふっ、答える気はないようだ。しかし、私を倒すか。そう言う割にお前からの攻撃がないような気がするのだが、それは達成できるのか?」


 ダリルは嘲りの口調で言う。


 だが、言っていることは事実。正しいのだ。

 トーマは初撃以降、奴に一撃も与えることが出来ておらず防戦一方。

 正面からと思えば背後に回られ、数発に一度の頻度に放たれる防御を貫通する雷光。

 それを見極めて対応する正しい選択肢を選ばなければ一気に不利に陥ってしまう。

 だから防御に徹していた。


 だがそれもここまでだ。

 十分に()()()()()()

 

 ここからは持ってるもの全部使ってこいつを討つ。


 手始めに三発の聖光(レイ)を時間差で着弾するように放つ。

 ダリルはそれを当然のように躱すが、


「ちっ!」


 黄金の壁が破壊されるのを見て直線的にトーマへ迫る。

 が、トーマはそれを予測していた。


 『門』を開き、いつか回収していたアリアの技、『光星爆撃(スターマイン)』を放出する。

 一つ一つが上級魔術に匹敵する威力を有する光線郡。

 

「ッ!?」


 すると次の瞬間、ダリルの輪郭がぼやけたかと思うと大きく距離をとっていた。

 その顔は驚愕に染まっていた。

 大きく抉れた壁には目もくれない。


「ど、どういう事だ、今のは竜の気配!? まさか、最近この街で感じていた気配は聖女ではなくお前だったのか!?‥‥‥では聖女はどうした?あの小娘が持つ加護は生半可な攻撃は通さないはずじゃ──」


「俺がやったよ」


 俺は言葉を遮り言った。

 するとダリルは合点がいったように吠えた。 


「そうか、そういう事かッ!貴様があ奴の力を継承したというのか!なるほど道理でしぶとい訳だ。

 人によって発現する権能は様々、お前はあの厄介な加護を受け継がなかったということか。

 どんな手を使ったかは知らんが貴様はあの女の加護を打ち破ったのだ。その一撃は俺を殺しうる。いいだろう、ならばこちらも全力を出させてもらおう!」


 ダリルは歓喜の表情で腰の剣を抜く。

 その刀身は茶色く木目のようなものが確認でき、それはまるで────


「木剣?」


「そうだ。だがこれは中央大陸の深部にある世界樹から削り出した一振り。アダマンタイトだとかミスリルだとかそこらに転がるものとは格が違う」


 自慢気に答えるダリルが持つそれは彼が言うようにただの木剣ではないようだ。

 見た目はただの木剣なのだが、不思議と警戒を誘う妙な圧を放っていた。


 『門』から、柄から穂先にかけて刻印が彫られている槍を取り出し構える。

 

 その瞬間、ダリルの姿が掻き消え、気付いた時にはその木剣がトーマの首筋へ迫っていた。


「ッ!!!!」


 心臓が跳ねる。

 体では反応しきれない。動くより速く発動できる魔術を選択。

 咄嗟に全方向に向け無数の聖光(レイ)を発射する。


「おっと」


 ダリルはトンッと軽い跳躍でそれらを躱していく。

 トーマは追撃の一手に槍に魔力を込めて刺突を放つと、余裕ありげにそれを受けたダリルは不意の衝撃に飛ばされてしまう。


「くっ、何だ今のは‥‥‥」


 立ち上がった隙を捉え続けざまに奴の心臓目掛け刺突を突きつけるが、空振りだった。


 最小限の動き──左足を軸とし90度回転することで刺突を躱し、その勢いを乗せてトーマのガラ空きの横っ面に拳を振り抜いたのだ。


 ベゴッ、と嫌な音が響き、襲い掛かる衝撃は体ごとトーマは端にまで吹き飛ばす。


「あ、うぁ‥‥‥」


 痛みが思考を掻き乱し、衝撃が呼吸を妨げる。


 威力が違いすぎる‥‥‥。



 ゆっくりと歩み寄るダリルに焦りを覚える。

 静かに呼吸を続け、感覚を取り戻していく。


「立ち上がるか。そうでなくては面白くない」


 両者とも高速の剣閃を繰り広げる。


 

 ダリルの暴風雨が如き連撃に対し、トーマは流麗な剣をなんとか流し、確実な一手を探り放つ。

 剣と雷、槍と多様な魔術。

 

 縦横無尽に駆けて近づいては距離を取り、何とか一撃入れようと奮闘する。


 しかし、光速を操るダリルにはトーマの速度は脅威ではない。むしろ遅いまである。

 であるにもかかわらずトーマが五体満足に動けているのは、ひとえに彼の潜在的な並外れたセンスによるものだろう。


 未だ余裕を見せるダリルにトーマは荒い息を落ち着けてひとつの純粋な疑問をぶつける。


「なぁお前、何のためにこの宮殿を立てたんだ?」


 ラトガトの街並みを見てきて感じた違和感。

 貴族商人の邸宅や商館などはよく手入れされているのにも関わらずそれ以外の荒廃具合があまりにも酷かった。少なくとも王国や教会領では見られなかった光景だ。


「ふむ?私という存在を知らしめるために決まっていよう」


 何を当たり前なことを、といった表情だ。


 黄金宮殿建築はダリルが竜騎士に就任した翌日から始まり、15年の歳月をかけ二か月前に終了した。

 協力者によればその間に何千何万の犠牲を出しながらもダリルの意向により強引に継続された事業だったとか。

 街中の建築士を招集したため、民家は整備されず荒んでいくばかり。集められた人たちは昼夜問わず働かされたために過労で死ぬ者が後を絶たなかったという。

 

 そこまでして黄金宮殿(これ)を造りたかった理由は知らんがこんな負の遺産はない方がいいんではないだろうか。


 そんな思考を巡らせていると(とき)が来た。

 はるか上空に膨大な魔力を感知する。

 ダリルはまだ気付いていない。


 俺はハァ~と大きく嘆息をつき言い放った。


「結局は見栄のためか。所詮は小物だな。なぁ、()()()()ダリル君?」


 瞬間、荒れ狂う魔力の奔流が一帯を包み込んだ。

 ダリルの過去に触れることは貴族の間では禁忌とされていたことだ。


「出涸らし。確かに今、そう言ったな」


 俺を射殺さんとする熱烈な視線。


 こいつはその過去から自身の経歴を消し、竜という圧倒的な力で他を従えてきた。それが出来ただけに過去と向き合うこともせず自分を守るプライドという殻を作り出した。

 だがそんなものは脆く簡単に壊れてしまう。

 事実、今俺が言った『出涸らし』なんて一言で簡単に激情に支配されてしまっている。


 今までは時間を稼がねばならなかったため、ちまちまと激戦を演じたがもうそんな必要はない。

 あとはこいつの身動きさえ封じてしまえば───


「ああ、他にも知っているぞ。才に乏しかったお前を虐めた親兄弟を竜騎士に選ばれた途端に殺したり、自分の過去を知る者を次々に粛清と銘打って消していったりな。どこまで小さいんだよお前は」


「黙れ」


「それで竜騎士になって初めての仕事がこの趣味の悪い宮殿建築とか(笑)。昼間とか日光反射してめっちゃ迷惑なの予測できなかったのか?今日だってお前が雷出す度に反射してピカピカ光って見づらいのなんの」


「黙れッ!!」


 よし、効いてる。

 

 額に青筋を浮かべてこちらを睨んでいる。


 あと一押し。


 と、続きを言おうとすると。


「ガァッ!?」


 超光速、神速の蹴りがトーマの腹へと深々と突き刺さる。

 その威力は先程までの比ではない。


「ふぅ‥‥‥ふぅ‥‥‥もう充分だっ!雑魚だと思って遊んでやったら調子に乗りやがって!そんなに死にたいのなら望み通り殺してくれてやるわッ!!」


 だいぶ頭に来ているようだ。肩で息をするダリルは顔を真っ赤に染めて正気に欠けている。

 

 明滅する意識を途切れないように保つ。

 

 あいつの意識は完全に俺に向けられている。

 あと少し。あと少しで範囲内に入るから‥‥‥。

 ここが踏ん張り時!


「がふっ‥‥そ、それでここに住んでるのお前一人だけとか‥‥‥ククッ、存在を知らしめるためとか言ってたけど、誰も居ねぇじゃん」


 トーマの嘲り笑う態度がダリルの逆鱗に触れた。


「死ね。───雷身合一(らいしんごういつ)


 ダリルの輪郭が指先、足先から体の中心に向かって淡い黄金色の微弱な光を放つ。

 

 次の瞬間にはもう姿がなかった。



 同時にトーマの頭の中にとある映像が流れる。


 ダリルの姿が視界から消えた瞬間、咄嗟に防御をとった自分。一瞬後、自分を守るはずの槍が両断されて左右の視界が徐々に離れていき、やがて途切れるといったものだ。


 それが何を意味するのかは解らなかった。だが体は反射的に回避を選択した。


 受け身なんて考えてない回避。しかしそれは正解だった。

 自分が立っていた場所にはダリルが剣を振り下ろしており、床に深い斬撃の痕跡が残されていた。


 さっきの映像が幻視などではなく、回避しなかった世界の自分の末路だとようやく理解する。


「ちっ、次は逃がさん」


 ダリルは再び姿を消した。


 今までにも同じことは何度もあった。圧倒的な速度によって視認が出来なかった時だ。

 しかしそれは気配──存在感まで消えることはなかった。だから俺は反応することが出来た。 

 だがこれは違う。気配を全く感じない。どこから来るのか分からない。わかったとしてもこの速度についていけない。


 だから察した。


 ────ああ、終わった。


 その時、どこからか声が聞こえた。


『手伝ってあげる』


 その瞬間────世界は、止まった。


 何が起きたのか理解が追い付かない。


 目の前の光景に大きく息をのむ。


 体に迅雷を纏わせたダリルが必殺の形相で俺を両断しようとしており、奴の剣はすでに俺の額の薄皮を裂いている。

 しかし両断には至っていない。

 

 つまり俺はまだ生きているというわけだ。

 

 この事実が混乱する状況下にあっても俺を冷静に保ってくれた。


 あと一瞬遅れていたら、とか、なぜ俺だけが停止した世界を知覚できるのか、とかあらゆる思考が脳内を駆け巡る。


 だが、


『急いで!!』


 脳内で大反響する声。まるで耳元で叫ばれたような感覚だ。

 顔を顰めながらも助力に感謝して、


「『聖樹結界(グレイト・ツリー)』」


 俺はこの攻防の中、密かに広間全体に仕込んでおいた魔法陣を展開する。


 冷静のダリルだったならばこんな仕掛けなぞ、とっくに看破して馬鹿正直に突っ込んでくることもなかっただろう。


 陣から伸びる巨大なツタは動かぬダリルの四肢にきつく絡みつき確実に身動きを封じていき、そして。


 そして(とき)は動き出す。


「何っ!?こ、これは!?」


 ダリルは自分の体を縛る巨大植物や確実に殺したと確信したはずのトーマは生きていることに驚愕する。

 加えて───


「なッ‥‥‥!?き、貴様は誰‥‥‥だ?」


 斬撃の余波により断ち切られたローブがトーマの素顔を露わにする。

 灰の色をした髪と瞳。

 トーマの宿す竜が光聖竜だと推測していただけにその衝撃は大きい。


 竜の力を手にした人間は体毛や瞳の色が対応する色彩に変化する。竜騎士であるのならその位は常識だ。

 ダリルの雷霆竜なら金または山吹色。

 アリアの光聖(こうせい)竜なら白か薄黄色など。

 

 しかしダリルの知る限り帝国史上、灰の竜騎士など存在しない。


「わ、私は一体何と戦っていたのだ‥‥‥!?くッ、動け!」


 固定された体勢を立て直そうと必死にもがくが聖樹結界はビクともしない。

 

 そろそろアレが落ちてくる頃合いか。


 トーマはダリルに背を向け大広間から退出するため『門』を開くと。


「待てッ!貴様は一体‥‥‥名を名乗れッ!」

 

 ダリルが叫ぶ。

 名前か、って、うん?


 目に入るのは破れたローブの一片。


「そうだな、俺のことは『グレイ』とでも呼ぶといい。では、さらばだ」


 トーマは『門』をくぐり外へ脱した────。

 一人残されたダリルは小さく呟く。


「十三番目の竜。知らせねば。

 『目覚めよ、血に眠りし太祖の因子。この身を依り代にすべてを蹂躙せ───』」


 詠唱の途中、外に聞こえたのはダリルの記憶にある声だった。

 それは短く一言だけ。


「墜ちろ『連星光収束砲(バイナリースター)』」


 高所からラトガトを見下ろすアリアは天に集められたエネルギーをラトガトへと降ろす。

 暗雲のさらに天上から降り注ぐ星降りが如き光が黄金宮殿を包み消却した。

 大陸全土から確認されたその光は帝国の一つの時代の終幕の始まりを告げる。



ーーー



 ラトガトを照らした光が収まった後、集まった兵が見たのは、黄金宮殿が建てられていた丘ごと何もかもが消失しているその中で唯一残っていた輝きを放つ1つの球体。


「た、隊長、あれは何ですか?」


 震え声で尋ねる若い兵士。答える老兵の顔は険しく全てを察した様子だ。


「あれは竜騎士様の力の根源、それが解き放たれるのは力を譲渡するときか───命尽きた時だ」

 

 

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