第三十四話 若造と老兵
トーマが黄金宮殿に侵入した頃。
それと時を同じくして別行動をしていたアルヴィにも変化があった。
盗賊クラン『風狼』のアジトを強襲していたアルヴィと騎士隊の仕事はもう少しで完了するところ。
アルヴィが待機している後方部隊の下へ前線で暴れていたはずの騎士長がやってきた。
「お疲れ様です騎士長。戦闘は終了しましたか?」
俺と同じく待機組の一人が騎士長へ挨拶する。
「いんや、まだ終わっとらんよ」
「ではなぜお一人で?」
「俺みたいなジジイがいつまでも前で張り切ってちゃ、若いもんが育たんじゃろ。後進育成のため首魁の相手は任せてきた」
「ええっ!?任せてきたって相手は特A級の実力者ですよ!この前だってA級冒険者が二人もやられてますし、危険ですって!」
慌てふためく若い騎士に騎士長はうんざりした顔で返す。
「危険がなきゃ人は成長せん。数はこちらの方が上なんじゃからなんとかなる!大体お前は心配し過ぎなんじゃ。そんなんだから女のひとりもできないんじゃ」
「私、この前結婚しましたよ。招待状送ったのに来なかったじゃないですか」
‥‥‥何を見せられてるんだろうか。
そんな視線に気付いてか騎士長が俺の方に歩いてきた。
「お見苦しいところを見せてしまったのぅ、冒険者殿。
挨拶が遅れてしもうて申し訳ない。俺はラトガトで騎士長をやっているロージャンだ。短い付き合いだとは思うがよろしく頼む」
初老ほどの見た目のロージャンという男は右目から頬まで深い傷跡があり目が開いていなかった。
俺は出された手を握り返す。
「アルヴィだ。こちらこそよろしく」
「‥‥‥ほぅ」
「‥‥‥あの」
握手を交わしたはいいが、なかなか手を放してもらえないことに困惑するアルヴィ。
対してロージャンは握る手に加える力を強くしたり弱くしたり。
「騎士長、戻りましたよ」
「む?おう、今行く」
先程の若い騎士が前線部隊の帰還を告げるとようやく手が解放される。
帰ってきた部隊の一人が何か毛むくじゃらのものを持っており、よく見てみるとそれは生首だった。それもその顔は事前に手配書で確認した『風狼』のリーダー、スコベルベティーのものだ。
特A級とか言われても騎士数人に囲まれたらどうしようもないのか。
なんて感想を抱きつつ帰還の準備を整え、出発する。
行きで使った馬車の荷台には保護された人や接収した財宝やらが乗せられており、必然的に俺たちは街まで歩かなければならない。
やがて見晴らしのいい平野に出る。
ここらでいいか。
俺の役割はトーマたちがそれぞれの役目を果たすまでの間、この騎士連中を街に近寄らせないこと。
こんなところで暴れたりすれば騎士たちから袋叩きに遭うだろうが、幸いにもこの場所は森からも近く、逃げるには好都合。加えて騎士らは『風狼』潰しの直後で消耗している。
散々暴れてたっぷり時間を稼がせてもらうぜ。
と、最後尾に位置していたアルヴィが手始めに前を歩く騎士を倒そうと剣に手をかけた時だった。
背後から肩にポンと手を置かれたのは。
「そうだよな、元々はあんたの仕事だ。横から掻っ攫った俺らが悪い。暴れ足りねぇよなぁ?」
「ロージャン‥‥‥ッ!」
こいつ、前にいたはずじゃ。
いや、今はそんなことよりここからどうするかだ。
こいつの目、俺が何しようとしてたか判っているな?
なら俺のすべきことはひとつ。
「あんたが相手してくれんのか?」
俺はロージャンの手を払いのけると剣の柄頭に手をかけた。
「おぉ、若ぇのになんて迫力だよ。いいぜ、全隊停止!一時休憩とする!!」
老将の号令で全部隊は進行を停止した。
よし、これでいいだろ。全力でかかってきな」
「じゃあ遠慮なく!」
まずは6割程度の力で切り込む。
初撃の上段はあっさりと防がれる。しかしロージャンはその一撃を感心したように受け止めていた。
「ほう、よく鍛錬された技だ。うちの若ぇのもこんくらいできりゃ文句も無ぇってもんなのによ?」
「こんなもんじゃねぇぞッ!」
瞬間的に全力を出し、ロージャンの防御を崩し、斬り返す。しかしその剣筋は見切られており容易く躱されてしまう。
「おお~怖い怖い。ヒヤッとしたぜ‥‥‥っておん?」
ロージャンは頬を撫でる仕草をして自分の手に血がついていることに気付く。
いつの間にか自分たちを囲んでいた騎士たちがざわつく。
「躱したと思ったんだけど‥‥‥。こりゃ完全に見誤ってたわ。
すまんの。こっからは俺もやらせてもらうぜッ!」
一瞬にして距離を詰めるロージャンは眼前の若造を両断せんと正確無比の剣を振り下ろす。
アルヴィはこれを半歩後ろへ下がり回避する。
アルヴィにとってロージャンの剣は速いだけ正確なだけの一撃なのだ。
そんな素直なもの、避けるのは易いことだ。
師であるクロウやイザノバの技は放たれる度に回避、防御、相殺などの的確な対処法の選択を強いる。
それと比べてしまうとやはり今の一閃はどの選択も正解となる。それはあまりにヌルい。
躱され地に向かった剣先は突如として斬り返され、アルヴィの首筋へと走る。
アルヴィはこれを右手に持つ剣で受け止め、空いている左を大きく振りかぶり魔力を纏った拳を放つとロージャンは数メートル吹っ飛んだ。
「くぅあぁぁ‥‥‥ッ。完璧に喰らっちまったぜ‥‥‥」
口元の血を拭い立ち上がるロージャンからは先程までのおちゃらけた雰囲気は既になく、まっすぐにこちらを見据えている。
「その戦い方、実に冒険者らしいと言えばそうなんだが、見覚えがある。
お主、『剣狼』の二つ名を持つ男を知っているか?」
イザノバさんの二つ名が確かそうだったはず。
正直に答える必要もない。
「知らんな」
「嘘をつかなくてもよい。『剣狼』は15年前に俺のこの目を奪った男なんじゃよ。そんでさっきの貴殿の技。完全に関係者じゃろ。言い逃れできんわい」
ロージャンは右目の古傷を懐かしむように触れる。
ちっ、これでバレんのかよ。
魔力を込めたパンチなんてどこの流派でもあるだろうに。
「だったらどうする?周りの連中に手伝ってもらって俺を捕まえるか?」
「そんなことせん、かっこ悪いじゃろ。お前は俺が捕まえる。もし俺を倒せたのならこの場では見逃してやる。これでどうじゃ?」
「俺が捕まらんためにも三時間くらいここで留まってくれると助かるんだが」
「ええじゃろ。ほんじゃ、いくぞッ!!」
アルヴィは足元に浅い三本線を入れると突撃してくるロージャンを迎え撃つ。
ーーー
それを遠方から眺めていたアリアは次の行動に出る。
アルヴィが足元に切り込みを入れた。これは手出し無用のサインだ。
ロージャンは過去には皇帝近衛を務めたほどの実力者。どのようなやりとりの中、彼が何故そう判断したのかは知らないが信じるのみ。
外の騎士たちも、街の住民も、誰の意識もアリアへと向いていない。
誰の視線も空へと向いていない。
決着は近く。
夜の暗黒の中、アリアは打ち上げた光球に星々の光を吸収させていく。
黒の雲を突き抜けはるか上空に上った光球はそこで核だけを残しバラバラに砕け散る。
誰にも気取られずコレを完成させるには深い集中が必要となり、もう誰の援護もできなくなる。
誰か一人でも与えられた役割を完遂できなければこの作戦は失敗に終わる。
本当の勝負はここからなのだ。
ーーー
鳴り止まぬ剣戟。
飛び散る火花。
両者には無数の切り傷が刻まれている。
アルヴィと騎士長ロージャンは一歩も引かぬ互角の戦いを繰り広げ、それを囲んで見守る騎士たちは固唾を呑んでいた。
「クハハッ!まだついてこれんのかよッ!
騎士団連中は所属やら階級やらにうるさくてまともな斬り合いしてくれねぇからよ、俺ぁ今最高に楽しいぜ!」
ロージャンの剣筋は打ち合うたびに、より速くより正確にと冴えていく。
「はしゃぎ過ぎだ。おじいちゃん?」
場数、経験、修練の歴史の差だろうか、剣を重ねるごとに劣勢を強いられる。
「老い先短いジジイの相手は若者がするもんじゃろうが。ほれ、隙あり」
ロージャンは剣戟のタイミングをずらし、俺の剣が空を斬ったところにカウンターの突きを放つ。
しかしアルヴィはこれを間合いを詰め相手に密着することで避け、超至近距離から再度拳を放ちロージャンを吹き飛ばす。
「ぐふっ‥‥‥」
口から血を吐き、満身創痍に見えるがロージャンの眼は未だ生きている。
ボロボロに見えるだけで実際には大したダメージになっていないのだろう。
相手がトーマならとっくにダウンしてるのに、などと心の中で呟く。
「ふぅ、まだ倒れないのか。ちょっとしぶとすぎるぞ」
「‥‥‥数百年前に完了した大陸統一戦争」
「なんの話だ?」
ロージャンは寂しさを感じさせる目をして、大陸統一戦争などという聞いたことのない単語を口にする。
「この東大陸に乱立していた諸王国を我らがオルグス帝国がすべて併合したっていう戦争だ。その後のオルグスは実に平和だった。内戦などなく、あったとしてもレジスタンスとか西のミラスガルドとの小競り合いとか小規模紛争ばかり。まったく刺激のない時代だぜ。何回、統一戦争時代に生まれていればと思ったことか。そんなとき、お前らが現れた。先代の雷の騎士を打ち破り、俺の眼を奪ったスレイズとかいう組織」
「何が言いたいんだ?」
「これは神が俺に与えてくださった最後の機会なんだ。俺ももう歳。全盛期はとうに過ぎ、最近じゃ体がいう事を聞かなくなってきている。
これが最後なんだ。俺の人生最後の全力だ。だから‥‥‥よく味わってくれよ?」
言い終わるとロージャンから発せられていた魔力の質が変異した。
いうなればそれは獣だ。
それを感じて俺はようやくロージャンの本質を理解できた。
理性によって頑丈に封じられていた野性が解き放たれたのだ。
俺が剣を構えた時には既にロージャンは目の前で片手で剣を大きく振りかぶっていた。
全身の汗が噴き出るほどの殺気。
本能がそれを受けてはならないと警告する。
「くッ‥‥‥」
後ろへ大きく跳躍するとロージャンの剣は大地にクレーターを形成していた。
斬撃ではなく打撃に近い攻撃。
「ハァァアアアアアァァ!!!」
逃げるアルヴィにロージャンは追撃の一手として横薙ぎの斬撃を飛ばす。
避けられないことを悟ると回避を諦め、打ち返すことを選択する。
「フンッッ!!」
それは型も何もないただの大振りの力任せな一閃。それだけに威力は絶大なのだが、
「しまっ───」
うまく相殺しきれず剣が跳ね上がってしまう。
ロージャンはその隙を見逃さず距離を詰める。
剣を引き戻すことを止めて手放すと懐から二本の短刀を取り出し、ロージャンの烈火の如き連撃を捌いていく。
「くぅぅうう‥‥‥これにもついてくるか!─────ブフッッ!?」
連撃の合間を縫って拳と同じ要領で顔面に魔力の宿った飛び膝蹴りを繰り出し、そのまま体を捻り回し蹴りを放つ。
よろめくロージャンを確認してから後ろに飛んだ剣を回収する。
「「ハァハァ‥‥‥」」
両者とも息も絶え絶えな状態だ。
アルヴィは一撃も受けてはいけないという極限の制限下のストレスで。
ロージャンはアルヴィからの少なくも重たい攻撃の積み重ねによって。
100%の身体強化がどれほど身体に負担をかけるかは戦士なら皆知っている。
状況は拮抗しているように見えて、アルヴィの方がやや有利であるのだ。
しかしアルヴィも少しでも集中を切らしてロージャンから一撃でも貰うことがあればその状況は変わりかねない。
決着が近いことは二人とも理解しているのだ。
アルヴィは息を整え、勝利の光景から方法を逆算する。
カウンターか。いやダメだ。さっきので警戒されている。
体力切れまで粘るのは?俺が嫌だな。
結局は正面からぶつかる他ない。
互いに剣を構えたまま動かない。
そんな固着した時を動かしたのは、どこから聞こえたキンッ、という金属音だった。
駆ける両者。
一足で間合いを詰めるロージャンは自分の勝利を確信した。
技術、力、速度、その全てが自分の方が勝っていると思ったからだ。
だが、
「何ッッ!!」
一歩目で大きく進んだアルヴィが二歩目にて急激な加速を見せたのだ。
今まで見せなかった緩急。
ほんの一瞬の動揺が剣を鈍らせた。
アルヴィはロージャンの懐に入り、彼の剣が追い付く間もない速度で、この勝負で初めての全力でその身に一閃を放った。
「‥‥‥見事だ、若人よ」
その一閃は老将の鎧を肩から袈裟斬りのように断った。
噴き出す鮮血から重傷である事は確実だが、アルヴィの手には命まで断ち切った感触はなかった。
殺すつもりなどは毛頭ないのだが、これは勝負だ。何があるか最後までわからない。
今の一撃は現時点の全力だった。並の相手なら、いや、高ランクの魔獣だって殺せたはずの一撃だった。なのにその手応えがない。
アルヴィは倒れ伏すロージャンを一瞥する。
「───ッ!?‥‥‥あんた、強かったよ。じゃあな、俺は行く」
一線を退いた老将でさえこれほどなのかと帝国の大きさに戦々恐々するアルヴィだが、とりあえず目先の目標へと思考を切り替える。
最後の攻撃の際に二歩目に踏み込んだ左足が激しい痛みを訴える。
だが急いで街へ戻らなければならない。
アルヴィは状況を飲み込めず固まる騎士を押しのけ平原を駆けた。




