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グレイ  作者: 家端独
第二章
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第三十三話 最速の騎士

 トーマは『門』で城門を抜け、黄金宮殿の扉の前に立つ。

 魔力を含んだ金を素材とした重々しい様相の扉。

 しかしそんな印象とは裏腹に扉は軽く押しただけで容易に開かれた。


「兵は‥‥‥いない」


 隙間から覗き込むように周囲を確認し、慎重に中へと進んでいく。

 流石に、入るといきなり本命とぶつかるなんてことはないようだ。

 白亜の壁と天井、床には赤のカーペットが敷かれている。

 豪華絢爛、荘厳華麗。こんな言葉だけで説明できてしまう。


 構造は判らないがどこに領主ダリルが居るのかは大体予想はできる。

 こういう場合はとにかく奥だ。奥へ進んでいけば必ず辿り着くのだ。

 

 その考えの下、どのくらいか歩みを進めてトーマはひとつ疑問を抱く。


「誰もいない」


 自分の足音だけが無人の宮殿で反響している。

 これだけ巨大な宮殿、いや、宮殿だけじゃないか。『門』で移動したためすっ飛ばしたが、大規模な整地された庭園もあった。管理する者がいないはずないのだが。


 こちらとしては誰にも見つからずに済むため嬉しいが、いささか不気味でもある。

 しかし、今はその答えは必要ない。

 

 トーマは大きく重厚な扉に触れる。


「ふぅ、この先に、か」


 こんな扉越しにでもわかる圧倒的存在感や威圧感。

 これが竜騎士。

 頬から床へ零れる汗。正直すでに十分血の気が引けた状態であるが今更逃げ出せやしない。


 ゴゴゴ、と低音を響かせて扉を開き、大広間へ進んでいく。


 全てが黄金色の空間の中、赤のカーペットだけが奥の玉座へと続いている。

 宙に浮遊する光球から放たれる光は空間を満遍なく照らしているのだが、よく手入れが行き届いている黄金空間の中では目障りな程に反射している。


「闖入者が、私に一体何の用だ」


 玉座で足を組み読書している男───ダリル・サリヴァンはページめくりながら一瞥もくれず呟いた。

 金髪で長身痩躯、胸の刺繍は徽章と同じ紋様をしているため正真正銘、十二将の一人であることが窺える。

 

「答えずとも理解しているだろうが。敵将であるお前の首を獲りに来た」


「敵、か。我々をそう呼ぶのはレジスタンスか西のミラスガルドくらいだ。ミラスガルドの人間なら単独で挑むような馬鹿な真似はせん。レジスタンス、それもスレイズとかいう組織だな」


 結構知られているな。


「よく知っているな」


「この辺りではもうそこしか残ってないからな、それに貴様らには多少の借りがある。

 故に警告する。今立ち去るというならば、見逃してやる。失せろ」


 その目は本の文字を追っていながらも噴き出した圧力は空間ごと押し潰さんとする勢いだ。これが全てこちらに向くと想像すると、それだけで足がすくみそうだ。


 それでもやるしかない。街に火を放ち、友を倒した。

 もう後には退けない。


「‥‥‥断るっ!!」


 身体強化と同時に放たれる何本もの聖光(レイ)

 一見、無造作に拡散されたかに思えるそれはダリルに目掛けて収束し炸裂する。

 もうもうと広がる煙が散るとそこには無傷のダリルが変わらずに読書を続けていた。


「ちっ、この程度じゃダメージにもならんか」


「どうせ貴様は退かぬだろうと一撃を許してやったというのに‥‥‥。貴様らも随分と落ちぶれたものよ。もうよい、ここで果てよ」


 はぁ、とため息をつくダリルの眼には俺は映っていない。

 しかし向けられた指先はトーマを完全に捉えており、放たれた(いかずち)はトーマの身体を貫き内側から灼く。


「ぐっ‥‥‥ぅぅ!」


 神速ともいえる速度。軽い一撃などが出していい速度ではない。

 体内では強烈な痛みや痺れが強く響いている。

 

 トーマの脳内に警鐘が鳴り響く。

 

「ほう、意識を保つか。乗り込んで来ることだけあって、そこらの雑魚とは違うというわけか」


 ダリルは愉快そうに視線だけをこちらに向ける。


「ほら、次だ。今度は避けてみせろよ?」


「ッ!?」


 トーマは咄嗟に上体を屈めてダリルの指先から再び放たれた雷を躱した。

 トーマの額にはじっとりとした汗が滲んでいる。


 休む間もなく次々と放たれる雷。


 大広間を駆ける様にして躱しつつダリルへと距離を詰める。

 しかし、近づく分だけ攻撃が苛烈になる。

 やむを得ず距離を取り状況を確認すると気付く。


 たった一連のやりとりの中、ダリルは既に十数発もの雷を放っているというのに破壊の痕跡が一つもない。


 今思いつくのは、この宮殿の材料となっている黄金が魔術を弾く又は無効化している可能性とダリル自身が部屋を傷つけないように着弾の直前に術を霧散している可能性の二つ。


 魔術を無効化する類の魔道具は高価な上、効力も範囲も限定的ではあるがなくはない。

 確かめるしかない。


「どうしたダリルッ!こんな小物一人殺せずして竜騎士を名乗ろうとは、その名が泣くというもの!」


「フッ、言ってくれる」


 パタンと本を閉じてようやく俺を見据えたダリルは三度指先をこちらへと向ける。

 収束する魔力は先程の比ではない。

 当たれば即死。

 分析する理性と感じ取る本能が同時に同じ解を弾き出す。


 こちらもありったけの魔力を限界ギリギリまで身体強化へまわす。


「死ね」


 ダリルから雷が放たれるより速く回避行動をとったことで、雷を躱すことに成功する。

 同時に急いで振り返り、伸びていく雷が壁に激突する前に掻き消されたのを確認。


 後者の可能性が当たったか。

 なるほど、あいつの性格がよく分かったよ。

 あとはどう流れを持っていくかだが‥‥‥。


「これも外れたなダリル君。君に竜騎士なんて役目、重いんじゃないのか?俺が変わってやろうか?」


 額から流れ落ちる汗。

 こんなものただの強がりだということは言わずとも明白だ。

 それでもトーマは初っ端から戦闘の主導権を握ろうと画策している。


「‥‥‥それは私が陛下から賜ったものだ。他者に譲るなんてことは絶対にあり得ん。‥‥‥クハハ、そうだな、どうやら私は想像以上に鈍っていたようだ。ちょうどいい。貴様でこの体にこびりついた錆を落とすとしよう。簡単に死んでくれるなよ」


 言い終えた瞬間、立ち上がったダリルは反応しきれぬ速度でトーマに襲い掛かった。

 その速度は今しがた倒したばかりのユリウスのトップスピードとほぼ同格だった。強化もなにもしていないただ純粋の身体能力。

 そこから繰り出される単純な前蹴り、それ自体は防御されたがその衝撃はトーマの身体を貫いた。


「ガッ‥‥‥。くぅ!!」


 明滅する視界の中、蹴りを防いだ腕の感覚からダリルの位置を予測して槍を薙いだ。


「苦し紛れにしては良い。だが──」


「クソ‥‥‥」


 槍を余裕そうに掴んだダリル。

 彼の回し蹴りが先程と同じ箇所に炸裂する。


「それが通じるのは二流までだ」


 弱者を嬲り痛める、それを悦とする強者の冷酷な眼光がトーマに注がれていた。

 



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