第三十二話 黒と灰
やつれた顔で宿に戻ったトーマはベッドに腰を下ろすと両手で顔を覆う。
パラディース邸を後にしたトーマはこの街の奴隷商をあたり子供たちの捜索をするが、誰一人として見つけられらなかった。
すでに買われたか他の街に運ばれたか。手掛かりのない状態でトーマに打てる手はもうなかった。
「本当に‥‥‥腐っている‥‥‥」
なぜこんな酷いことを平然と出来るのか、なぜそれを娯楽としているのか。
彼らの行動は既にトーマの理解の範疇から逸脱していた。
だからこそ理解できた。
彼らに言葉は通じないのだと。
やる事は決まっていた。
言葉で変えられないなら力で変えるしかない。
「アルヴィ、アリア。俺に協力してくれ」
俺は二人に先刻起きたこと、そしてこれから起こすことを伝えた。
思い付きの作戦だったのだが、思考がまとまっていなかった頭とは対照的に舌の回りは良かった。
「急な話だが‥‥‥了解した。話を聞く限り俺の仕事はあまり変わってないしな」
「私もいいわよ」
二人は了承してくれた。
でも、とアリアは続ける。
「その作戦、トーマ、あなたが一番大変よ。あなたがミスすれば全てがおじゃんになる。運よく逃げおおせても次はない。正真正銘、一度きりの機会よ」
「理解している。だから‥‥‥精々、踊ってみせる」
ーーー
それから二日後の夜。
決行当日。
アルヴィは既に特A級賞金首スコベルベティが率いる犯罪クラン『風狼』の壊滅のため、騎士団と共に街を出ている。
半端な距離だとせっかく出て行った騎士共が街に戻ってくる可能性があるため、多めに時間を空けての作戦決行だ。
アリアは街を一望できる高所に身を隠しながらトーマに指定された邸宅に魔術で火を放っていく。
『鷹の目』という視力を強化する魔術を使用して街の状況を観察する。
貴族街は貧民街のように家が隣接しているわけではないため、他の家に火が燃え移る心配はないがそれでも人々は逃げ惑っていた。
そんな騒ぎを聞きつけてか、騎士団や魔術師団から人員が大量に投入され消火にあたっている。
私の火がそんなので消えるわけないでしょ。
そう心で呟くとアリアは小さな光球を雲よりも高く打ち出した。
トーマの行動が開始したのは、空が赤みがかり兵士が慌ただしく流れ始めた頃だ。
灰のくたびれたローブに身を包み、そのフードが彼の顔を隠している。
念には念を。
トーマは自身の顔に認識阻害の効果を持つ闇属性魔術をかけている。顔がモザイク画のようになってるわけではなく、あくまで自然に。人からはフードの影が濃くて顔がよく見えない程度に見えている。
気配を抑え、魔力を抑える。
慌ただしく流れる人海をするりと抜けて目的地である黄金宮殿へ歩もうとしたとき。
「君、そんな物騒な気配をまき散らせて、どこに行くつもりだい?」
物陰から現れたのは純白の騎士服に身を包んだ黒髪の青年──ユリウスだった。
「‥‥‥」
領主を倒しに行こうとするのだ。警護に阻まれることは予想していたが‥‥‥やはりこいつと当たるか。
しかし見る限りユリウス一人だけ。
ならば無理にでも押し通るまでだ。
「返事はなしか。知っているとは思うがこの先は領主ダリル様の居城となる。部外者を立ち入らせるわけにはいかなくてね。どういった用向きなのか、話を聞かせてほしいのだが‥‥‥ご同行願おうか」
ユリウスは剣に手をかけてトーマへと歩み寄る。
「ふん、お前に話すことなどない」
トーマは宙に現れた黒い穴から一本の槍を取り出すと、ユリウスへと突貫する。
問答など無用。
高速のスピードに強化された膂力から放たれる横薙ぎはユリウスの咄嗟の防御を無視して彼の身体を後方へと弾き飛ばした。
「こ、この威力は‥‥‥ッ!?」
驚愕から立ちなおそうと剣を構えるユリウスに追い打ちするように彼の脳天を狙った槍が振り下ろされる。
しかしトーマの槍は空を斬る。
視線を横にやりユリウスが飛びのいた方角へ手を突き出すとトーマは火弾を三発同時に放った。
手加減なしの超高速の火弾。
速度・威力ともに自身のある魔術だったのだが、それはユリウスにあたることなく、彼の黒剣に両断された。
いや違う。
正しくは両断ではなく、黒剣に触れた瞬間に火弾が消失したのだ。
あれが術式分解か。
大賢者オーギュスト・オーウェン曰く、魔術は魔力の立体構造物。魔力が適切な配列で組み編まれたとき、初めて魔術は魔術としての形を得るそうだ。
大賢者の言が正しいとするならば、黒剣の能力は黒剣が触れた箇所の魔力を消失、あるいは魔力配列の変化をもたらすものだと推測できる。
それを知ったところでどうこう出来るわけではないのだが‥‥‥。
ならば、聖光のような放射し続けるような魔術だったら。
と、再度ユリウスに照準を合わせようとしたとき───。
シュンと闇夜と同化する黒の軌跡がわずかにトーマの指先を掠めた。
疾い──。
ユリウスの二撃目を回避でも防御でもなく距離を詰めることで阻止し、至近距離から火弾を撃ち込む。
「ぐっ‥‥‥強い。加減なんてしてる余裕はないか」
火弾を直撃しながらも後方へと退いたユリウスは、そう呟くと全身に魔力を巡らせ身体を強化する。
トーマは明らかに膨れ上がった圧力にユリウスが本気を出したことを理解した。
それでいい。
トーマが内心ほくそ笑んでいると、次の瞬間にはそこにユリウスの姿はなかった。
周囲に視線を向けるが見当らない。
そのため目に見えるものではなく、不可視のものを探った。
トーマは気配や殺気というものに比較的鈍感だ。
しかしその分、魔力への感覚が突出している。
トーマはユリウスの残す魔力の残滓を辿り、見つける。
背後を斬り捨てんとする剣を半身を翻して躱し、カウンターに彼の頬を裏拳で叩き、続けて回し蹴りを放った。
我ながら今のは綺麗に決まったと手ごたえを感じていたのだが、受けたユリウスはピンピンしていた。
なんなら、蹴りの方は防がれていたようだ。
「あくまで拘束するため、全力ではなかったとはいえ今のを避ける?視界は不良、気配も殺気も抑えた。風貌から考えれば魔力を辿ったのだろうが、それにしても異常な速度。並じゃない」
ユリウスはトーマを睨みつけながら呟いた。
ユリウスから見ればトーマは闇夜に現れた正体不明の魔術師。
高速・高威力の魔術に加え、その剛腕から振るわれる槍の一撃は防御することすら躊躇われるほど。
それほどの使い手であるのにも関わらず強者の気迫を感じさせない。
顔には常に濃い影が差しており素顔を見ることは出来ない。
得体の知れない不気味さを放つ存在だった。
貴族街で火が放たれ、その騒ぎに乗じるように現れた魔術師。何らかの関係がある事は想像に難くない。
だからこそ、拘束し情報を引き出す必要があったのだが、予想以上に魔術師は強かった。
「仕方ない‥‥‥」
ユリウスは魔術師の拘束を第一としながらも殺害を視野に入れた。
ユリウスの眼光の僅かの変化から彼の心情の機微を察したトーマは先手を打つ。
トーマが念じると地面から生えたツタがユリウスの足に絡みついた。
反応が遅れたユリウスが黒剣で強靭なツタを斬った僅かな隙にトーマは彼の頭上に雨雲を生成すると──。
「『キラースコール』」
強弓から放たれる一撃の如き破壊力をもつ雨粒がユリウスへと降り注がれた。
地面に無数の穴ができるほどの威力。
これだけで倒せるとは思ってはいないが、幾分かのダメージは入るはずだった。
しかし──ユリウスを囲うドーム状の膜が雨弾を全て弾いていた。
「‥‥‥チッ、面倒な」
どうやらこの状態だとユリウスも動けないようなので、このまま先に進んでもよかったのだが、それでは不安が残る。
俺が雷の騎士とやり合っている途中に挟撃でもされたら作戦失敗は必然。
だからこそ、今この場でこいつの意識を刈り取るくらいはしておきたいんだが‥‥‥。
「我、再現するは神の使いたる火竜の息吹。その赫灼業火をもって万物を灰燼とせよ。収束せよ『ドラゴンブレス』」
気付けば『キラースコール』は止んでいた。
それでもユリウスは膜を解いたりはしなかった。
なぜか。
魔術師が発する詠唱に聞き覚えがなく、かつ一度も魔力の揺らぎを感じさせなかった奴の魔力が今は不安定になっていたからだ。
勘と経験から次に大魔術が飛んでくると予想したのだ。
自身を包む対魔術では無敵の結界も、おそらくこれから放たれる魔術と同程度の威力は経験したことがないだろう。
避けれるのか?仮に避けれたとしても街にどれほどの被害が出るのか?
そのような思考が巡る。
つまりは、不安になったのだ。だから反射的に防御を選んだ。
結界の前面を厚くして魔術を受ける。
トーマの指先から放たれた熱線は、そのあまりの出力から正面から受けるユリウスをジリジリと後方へ押し退けていく。
『ドラゴンブレス』
元は広範囲に広がり敵を焼き払うという魔術だが、トーマはそこに「収束」という指示を加えたことで強引に一方向に放出させた。
強引が故、制御しきれていないエネルギーは保有する膨大な熱で地面や周囲の建物を溶かしていく。
しかしそれほどの高火力をもってしてもユリウスの結界に揺らぎはなかった。
「チッ‥‥‥これでもダメか」
トーマは忌々し気に舌打ちすると、『ドラゴンブレス』を撃ち止めて一気にユリウスへと駆けた。
おそらく、あの結界はどんな魔術をも弾いてしまうのだろう。
『黒色兵器』ユリウス・パラディース。
想像以上に厄介な相手だ。
ユリウスも迫るトーマに素早く気付くと剣で迎え撃つ。
的確に急所へ伸びる穂先を躱し、流す。
槍の乱打をすべて紙一重で捌く圧倒的技術、実戦経験の差。
こと武において、ユリウスはトーマよりはるか高みに立っていた。
故に、ユリウスの剣がトーマを斬り捨てることなど容易なわけで。
大きく弾かれた槍は防御に間に合わない。
その無防備な格好のトーマへ剣が振り下ろされようとしたそのとき───。
「──ッ!?誰だ!!」
突如、ユリウスは大きく飛び退くと、視線を上げて虚空へと声を荒げた。
ほんの一瞬だが、何が奴を退かせたのか、その原因をトーマは視認していた。
一条の光線だ。
それは先程までユリウスが立っていた地面を大きく抉るほどの威力を持っていた。
俺は槍を頭上で軽く振って光線の主に感謝を伝えた。
というか、アリアだ。光線の主ってのは。
彼女は俺がそんなに強くないことを知っている。
だから待機している高所から俺の戦闘を見ていて手助けしてくれたのだ。
「やはり共犯者がいるわけか。長引かせるのは得策じゃないな」
トーマのアリアへの反応から状況を理解したユリウスは今度こそ決着をつけようと全身を限界ギリギリまで強化すると、一気に距離を詰めた。
しかし──。
「ッ!?これは──ッ!?」
距離を詰めるため力強く蹴られた地面はユリウスが踏み込んだ瞬間に、一瞬淡い光を放って彼をさらに強化したのだ。
突然の加速。
その速度は現段階のユリウスの制御可能限度を大きく超えており、制御不能のその身体は無防備を晒したままトーマへと向かって行き。
腰を落とし魔力で強化された拳は突っ込んできたユリウスの腹部へと深く刺しこまれた。
弓のようにしなったユリウスは来た道を戻るように高速で弾き飛ばされ、さらにその奥の建物へと衝突した。
その威力は彼の意識を刈り取るには十分すぎるほど。
トーマは彼が起き上がってこないことを確認すると先へと歩みを進めていく。




