第三十一話 それでも前に
「ユリウス様、本当によろしいのですね」
夜道を走る馬車の中、ユリウスに声を掛けたのは彼の隣に座る少年だった。
「何度も言っているだろうアラン、これはリット様からの命令なんだ。それに‥‥‥これは俺がやらなければならないことでもある」
「しかし、これは余りにも酷です‥‥‥」
ユリウスは悲しそうに俯くアランの頭に手を置く。
自分のためにこんなにも心を砕いてくれるとは。
「特別扱いはできないよ。それが例え自分の親であっても」
「‥‥‥出過ぎたことを申しました」
ユリウスの覚悟にアランはただ己の愚を恥じるばかりだった。
「構わないよ」
そう返事をした瞬間───
「「───ッ!?」」
目的地の方角から押し寄せる魔力の奔流に一同は警戒の態勢をとる。
「なんて圧力‥‥‥」
呟くアランの額には冷たくじっとりとした汗が流れていた。
「くっ‥‥‥」
ユリウスの心中に芽吹いた悪い予感が彼をパラディース邸へ急がせる。
その予感に従い、ユリウスは走る馬車の扉を開き身を乗り出した。
「俺は先行して向かう、お前たちは離れて待機!」
それだけ言い残すとユリウスは馬車から飛び降りた。着地の衝撃などものともせず、その瞬足にて馬をゆうに追い抜き駆ける。
魔力の発生源に着くまでそう時間はかからなかった。
予想はやはり的中してしまう。
眼前のパラディース邸からだ。
ユリウスは抜剣し突入する。
「一つ一つ呑気に探す暇なんてない。『四刃』」
『四刃』
その能力は自身を中心に円形の結界を展開し、結界内に存在する物質の位置関係を把握するというもの。
ユリウスの持つ剣の刀身が鉄色から黒へと変色し、それを床に突き刺すことで屋敷内の状況が脳に流れ込んでくる。
2階に5人。
1階に3人
そして地下に4人、もしくは5人、それ以上。
2階にいるのはおそらく雇っている使用人だろう。1階にいるのは床に座り込む妹たちと倒れている人影。そして地下にいる数名なのだが。
「これは‥‥‥」
ここでユリウスは訝しんだ。
そもそもユリウスは屋敷に地下がある事など知らなかった。加えて精度には自信があった『四刃』をもってしても人数の把握があやふやなのだ。地下に4~5人いることは確実だ。だがそれ以外の判別がうまく機能しない。
しかしこれでユリウスの願いは確信へと変わってしまった。
粛清対象であるパラディース夫妻。
捨て子だった自分を引き取り愛情深く育ててくれた最愛の両親。人を愛することが出来た人たちだ。彼らがあんな残忍な真似するはずないと、そう信じていたに。
剣を引き抜き、食間へと入る。
食事の途中だったのだろう。テーブルの上には人数分の食べかけの料理が並べられている。
テーブルに伏せるように倒れる妹たちの姿を確認する。
「二人とも怪我はないか?」
「お兄様‥‥‥私は大丈夫です。でもこの子が‥‥‥」
彼の呼びかけに長女のレイラは震えながらも気丈に振る舞うが、次女のマリアは魔力にあてられたのかぐったりとして力ない様子だ。
おそらくこの症状は魔力酔いだ。耐性のない者が高濃度の魔力にあてられたときに起こる一種のショック症状みたいなもの。
危害を加えられたわけではないようで、ユリウスはホッと胸を撫で下ろす。
「もう大丈夫だ。俺がなんとかするから」
ユリウスの言葉をレイラは笑顔で返すと緊張の糸が切れたかのようにそのまま気を失ってしまう。
妹たちの頭を撫でる。
たぶんもう彼女たちは二度と親の顔を見ることが出来ない。彼らはやり過ぎたのだ。
何も知らない妹たちが可哀想でしかたない。
しかしいつまでも憐みに浸っているわけにもいかない。
思考を切り替える。
食間と隣接するキッチンの奥にある扉。
開くとそこは魔道具によって年中温度が一定に保たれている食糧保管庫だった。
一度も入ったことのない部屋の端に地下へと続く階段が伸びていた。
黒剣を探索の『四刃』から術式分解の『二刃へ変更し、地下へ急いで降りていく。
他の邸宅でもよく見た重く分厚い鉄の扉。大抵この先は拷問部屋となっていて、発せられる悲鳴を外に伝わらないように用いられている。
ユリウスはそれを易々と黒剣で切り裂く。
「父上、母上ご無事ですか!?───ッ!!」
ユリウスが目にした光景は惨状そのものだった。
漂う鮮血の臭い、拷問の跡が見える少年の亡骸と積まれた子供の死体、何かに怯える母、切り落とされた右腕と傷口を押えている父、そして──血の滴る剣を父に向けているトーマの姿。
「な、何をしているユリウス!!早くこいつを殺せ!!」
パラディース家当主ハンス・パラディースはユリウスの登場により絶望の中に大きな光明を見出した。自分の息子は強い。異名を持つほどだ。宰相家当主の側近とされるまで実力がある。
これで自分は助かる、と。
しかしユリウスは行動に出ない。
ハンスは「何をしている!」と騒ぎ立てるが今重要なのはそこではない。
「武器を下ろしてくれないか?」
語りかける相手はトーマだ。しかし彼はこちらに見向きもしない。その目はジッとハンスと妻セレナに向けられている。
「残りの3人はどこへやった?」
トーマの低く冷たい声はハンスに向けられたものだ。
未だ出血の止まらない肩を押えてハンスは叫ぶ。
「ユリウス!早く、早くこいつを殺せ!このままでは私が殺されてしまうではないか!!」
トーマへの答えは無視し、あくまでも保身に回るその態度。
身内ながらに恥じていると、トーマの剣の切っ先がハンスの両足の膝から下を切り飛ばした。
「ぁあぁああああああああ!ぎゃあああああああああああ!!」
「トーマ、これ以上はよせ!貴族殺しは重罪だ。君も罪を背負うことになるぞ!」
「何が重罪だ」
ポツリと呟かれた声。小さく短い一言だったがはっきりと聞こえた。
トーマからの反応があったと思えば彼は怒りに染まった目でこちらを睨んでいた。
「何が重罪だ!!ふざけるな!この惨状を見てまだそんなこと言えんのかお前は!こんなにも、こんなにも罪のない子供が弄ばれていたというのに‥‥‥どれほど辛かったことか‥‥‥」
トーマは消え入りそうな声で心から彼らを悼む様子を見せる。
ユリウスとてこんな光景は何度も目の当たりにしてきた。その度、自分の不甲斐なさ、情けなさを痛感してきた。何も感じていないわけではない。むしろその気持ちがよく理解できるからこそユリウスたちは行動している。
トーマはハンスやセレナへと振り向き、再び同じ質問をする。ただ違ったのは、
「これが最後だ。他の子をどこへやった」
先程までより濃い明確な殺気。
我が身大事のハンスはトーマの望む答えを言わないと殺されることを理解できていた。
「し、知らない!使用人が贔屓にしている奴隷商に売ったのだ、何日も前に!それからは知らない本当だ!どこかに買われたかもしれんしもう街を出たかもしれん。答えたぞ‥‥‥だから私を解ほ───ガッ‥‥‥」
「なっ‥‥‥」
用済みと判断されたハンスの心臓に剣が突き刺さり、引き抜かれると同時に鮮血が飛び散りる。
ハンスの隣で震えていたセレナの顔に付着すると彼女は気絶してしまうがトーマはそれを許さない。大腿に刃を突き立てセレナを意識を強引に引き戻す。
「お前の旦那が言っていた奴隷商のことを話せ」
コクコクと頷くセレナが話し出そうと口を開いた瞬間。
「───ッ!!」
ユリウスの拳が小気味良い音を放ちながらトーマの顔面を捉えた。小さい地下室の壁に叩きつけられたトーマだったが、拳の感触よりもダメージは軽いようだ。
「何をするんだ」
「これ以上好きにはさせない。俺は警告したぞ、殺しは重罪だと。今のは父を殺された息子としての復讐だ。だからここで手を引け、今ならすべて見逃してやる。でもまだ続けるというのなら‥‥‥」
「ふん、お前に俺を裁く資格なんてない。どうせお前もこの部屋の存在を知っていたんだろう。初めて見たような白々しい演技までして。この嘘つきがッ!!」
「それはッ誤解だ!」
「‥‥‥これ以上の会話は無意味か。いいだろう。俺はお前の言う通り帰るよ。だが最後に聞きたい。子供たちをどこに売った?贔屓にしている奴隷商とはどこだ?」
トーマの問いにセレナはフルフルと首を横に振る。
「し、知らない」
「そうか」
それだけを言い残すとトーマは部屋を出て行った。既にトーマから溢れる魔力は落ち着いており、彼も冷静さを取り戻したのだろう。
ユリウスは父の亡骸を担ぎ、母と共に地下室を後にした。幸い、妹らはまだ目を覚ましていない。
母を連れて外まで出るとそこには待機させてあった馬車が停まっていた。
「母上、こちらにお乗りください」
「え、ええ。これはどこに向かうのかしら?」
その答えをユリウスは口にせず、代わりの言葉を贈る。
「母上、私を家族として迎えてくれたこと本当に感謝しています。後のことはすべて私に任せてください」
「なんなの、いきなり?でもそうね、あなたに任せるわ」
セレナは何のことか理解できてないだろうが、その声色は母親としての愛を含んでいた。それが判るのだからユリウスの胸は張り裂けそうなくらいに痛む。欲を言えばどこか遠い地で静かに生きていてほしかった。しかし彼女の所業を知っているからこそ罰さなければならない。これは自分にとってもケジメなのだ。
父を殺そうとする友人を止めれず、自分は母を死地へ追いやる。
最悪の息子だよ、本当に。
「アラン、後は頼んだ」
かしこまりましたと返事するとセレナを乗せた馬車はゆっくりと遠ざかっていった。
「さて‥‥‥」
ユリウスにはまだ仕事が残っている。妹たちが起きる前に拷問部屋の片付けや子供の拉致に関わった使用人のあぶり出しなどだ。
地獄の中で理不尽を叫んでも意味はない。
少しずつでも行動すれば世界はきっと変えられる。
ユリウスはそう信じている。




