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婚約を解かれた星縫い令嬢は、消えた街の灯をつなぐ  作者: 銀細工ナギ


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2/20

役立たず令嬢に届いた修復依頼

 朝になっても、王都には灯りが戻らなかった。


 窓の外では、夜明けの薄青い空に、消えた街灯の柱だけが並んでいる。普段なら光脈の余熱が淡く残る時刻なのに、通りは冷えた灰色をしていた。人々は家の前に出て、声をひそめている。昨夜の騒ぎが夢ではなかったと確かめるように、誰もが空を見上げていた。


 リセラはセルディ家の小さな工房で、母の針を布に並べていた。


 銀、藍、透明。三本の針先に、それぞれ違う色の星糸を通す。星糸は光を含むほど細くなり、指先の熱だけでも切れてしまう。けれど、光脈の流れを読みながら綻びへ通せば、遠く離れた灯りにも力を分けられる。


 昨夜、王都から流れ出していた光は、北西へ向かっていた。


 母の手帳を開くと、古い地図の端に、何度も消された町の名が残っている。


 ――ベルナード。


 王都から星脈をたどった先にある、鉱山跡の町。十年前の記録では、街路灯の修繕費が打ち切られたことになっていた。今も人が住んでいるのかさえ、王都の台帳には記されていない。


「お嬢様、灯路局から使いの方が」


 工房の戸口から、家令のオルドが呼びかけた。


 リセラは針を置き、手を洗った。婚約を解かれた翌朝に、王立灯路局から使いが来る理由などひとつしか思いつかない。


 応接間に入ると、濃紺の外套を着た若い男が立っていた。胸元には灯路局の銀章がある。男は封蝋のついた書状を差し出し、形式ばった礼をした。


「リセラ・セルディ嬢ですね。王立灯路局、臨時修復案件の通知をお届けします」


「私に、ですか」


「はい。昨夜の異常流出を受け、北西辺境ベルナードの灯路を緊急に確認することになりました」


 書状には、依頼内容と報酬が簡潔に記されていた。ベルナードの地下光脈を調査し、主要街路の灯りを三本以上復旧させること。期限は七日。成功すれば、王立灯路局の認可職人として登録する――。


 最後の一文に、リセラの指が止まった。


 星縫いとして仕事を得るには、資材商会の推薦か、灯路局の認可が必要だった。昨日までのリセラには、そのどちらもなかった。ローデン商会の後ろ盾を失った今、王都で工房を続けることすら難しい。


「なぜ、私を?」


 使いの男は、ほんの少し目を伏せた。


「局の記録に、セルディ家の星縫いなら古い光脈にも対応できる、とあります」


「記録にあるのなら、もっと早く依頼をくださればよかったのに」


 思わず口にすると、男は答えなかった。


 代わりに、書状の裏面に添えられた小さな地図が目に入った。ベルナードへ続く光脈は、王都から北西へ伸び、途中で二つに分かれている。その片方は町へ、もう片方は地図にない施設へ向かっていた。


 昨夜、空へ流れた銀の光は、まさにその方向だった。


「この依頼は、ベルナードの灯りを直すだけではありませんね」


 リセラが尋ねると、使いの男は沈黙した。


「流用された光脈の行き先を、確かめたいのではありませんか」


「私は伝令です。詳しい事情は、現地で担当官にお尋ねください」


 担当官。その言葉に、書状の隅にある署名が目に留まった。


 測図官、レオン・ハルツ。


 母の手帳に残る地図と同じように、ベルナードへの線だけが何度も引き直されている。誰かが長いあいだ、この町の灯りを見ようとして、見せてもらえなかったのだ。


「お父様には、私から話します」


 リセラは書状を受け取った。


 使いが帰ると、オルドが心配そうに眉を寄せた。


「北西辺境へおひとりで行かれるおつもりですか。ローデン商会との婚約がなくなったばかりです。先方が、今回の依頼を快く思うとは……」


「快く思うかどうかは、私の仕事ではありません」


 言ってから、胸の内に残っていた昨日の痛みが、少しだけ形を変えた。


 役立たずだと言われた。だからといって、針まで役立たずになるわけではない。必要としている灯りがあるなら、そこへ行けばいい。


 父の寝室を訪ねると、病床の子爵は書状を読み、長い息を吐いた。


「ベルナードか。あそこは、王都が見捨てた町だ」


「だからこそ、行きます」


「セルディ家には馬車を出す余裕がない。旅費も、失敗すれば返ってこないぞ」


「報酬の前払いを求めます。針と糸は私が持っています。足りないものは、現地で調達します」


 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。


 父はしばらく黙り、それから机の引き出しを開けた。中から、母の工房印が押された古い木箱を取り出す。


「お前の母が、最後まで手放さなかったものだ。私には使い道が分からなかったが、持っていけ」


 箱の中には、星糸を巻く小さな枠と、見覚えのない黒い針が一本入っていた。針の柄には、ベルナードの古い街章が刻まれている。


 リセラはそれを手に取り、窓の外を見た。


 消えた王都の灯りの向こう、北西の空には、まだかすかな銀の筋が残っている。


「行ってきます。ベルナードの灯りを、取り戻してきます」


 婚約を失った令嬢としてではなく、星縫いとして。


 その日の夕刻、リセラは修復依頼の書状と母の木箱を鞄に収めた。翌朝、王立灯路局の測図官と合流するために。

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