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婚約を解かれた星縫い令嬢は、消えた街の灯をつなぐ  作者: 銀細工ナギ


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11/20

王都へ戻る、証拠を抱いて

 眠り街を出る朝、空は薄い灰色をしていた。


 けれど、通りの角に並ぶ街灯には、ひとつずつ淡い光がともっている。昨夜、灯祭りの最後に修復した灯路は、夜明けまで消えなかった。窓を開けた人々が手を振り、パン屋の女主人が焼きたての包みを馬車へ押し込んでくる。


「道中で食べて。王都の人たちにも、ここの灯りの味を教えてやっておくれ」


 味は変わらないはずなのに、その言葉がうれしくて、リセラは何度も頭を下げた。


 荷台には、封蝋を施した木箱が積まれている。光脈の流れを記した旧台帳の写し。母が残した修復記録。王都へ運ばれた光の量と、地方へ戻された量を照らし合わせたレオンの測図。そして、灯守だった老人たちの証言を綴じた冊子。


 どれも一枚で商会を追い詰められるようなものではない。だが、重ねれば、偶然では片づけられない形になる。


「本当に、これを王立灯路局へ提出するのですか」


 リセラが尋ねると、御者席の隣に座ったレオンが振り返った。彼はいつもの濃紺の外套を着ている。眠り街の泥が裾に残り、手には地図を巻いた筒が抱えられていた。


「提出する。記録の改ざんを疑うなら、記録を持っている者が声を上げるしかない」


「私の母の名前も、そこには書かれています」


「書かれている事実を消す必要はない」


 迷いのない答えだった。


 母の記録には、光脈を王都へ集めるために地方の分岐を細らせる計画が、何年も前から続いていたことが示されている。そして最後の頁には、母の筆跡でこう記されていた。


 ――灯りは、強い場所へ集めるためにあるのではない。必要な場所へ、同じように届くためにある。


 その一文を見つけたとき、リセラは泣いた。母が技術を捨てなかった理由を、初めて知った気がしたからだ。


 馬車が街道を進む。窓の外で、眠り街の人々が小さくなっていく。ミナは最後まで追いかけてきて、門のところで両手を口に添えた。


「リセラさん! 王都の灯りが変だったら、合図を思い出して!」


 古い灯守から教わった、三つの短い点灯と、一つの長い点灯。街灯同士で異常を伝えるための合図だという。


 リセラは胸元の針入れに触れた。ミナがくれた小さな青い糸玉が入っている。


「必ず戻ってくるわ!」


 そう叫ぶと、ミナは笑った。戻る場所がある。そのことが、王都へ向かう胸の奥を少しだけ軽くした。


 王都の城壁が見えたのは、夕暮れ前だった。


 以前なら、空から降る光を受けて金色に輝く尖塔に、リセラは誇らしさを覚えただろう。だが今は、城壁の内側へ伸びる光脈の束が、まるで細い川を無理にせき止めているように見えた。


 門をくぐると、街路の灯りは明るい。明るすぎるほどだった。白い光が石畳を照らし、店先の飾りまで昼間のように浮かび上がらせている。その一方で、外縁区へ向かう道には、灯りの途切れた場所がいくつもあった。


「戻ってきたな」


 灯路局の前で馬車を降りたレオンが言った。


「はい。でも、王都は眠り街より明るいのに、暗く感じます」


「見えるようになったからだ」


 その言葉に、リセラは彼を見た。レオンは箱をひとつ持ち上げる。彼女が運ぼうとした箱には、先に手をかけていた。


「それは私の証拠です」


「だから落とすな」


「自分で持てます」


「知っている。だが、二人で運んだほうが早い」


 仕事の話なのに、耳が熱くなった。


 局内へ入った途端、受付の職員たちがざわめいた。眠り街から帰還する予定は伝えてあったが、リセラがここへ来たときとは空気が違う。廊下の奥から、ギルベルトの声が響いた。


「その箱を、勝手に開けるつもりか?」


 商会の徽章をつけた彼が、数人の従者を連れて立っていた。かつて婚約者だった男の顔には、怒りよりも計算が浮かんでいる。


「勝手ではありません。王立灯路局の調査資料として提出します」


 リセラは箱の前に立った。


「地方の灯路に関する記録は、ローデン商会の管理下にある。君が持ち出せるものではない」


「では、なぜ商会の帳簿にない分岐まで、あなたが管理しているのですか」


 レオンが静かに問うた。彼の手から、測図の写しが一枚差し出される。


 廊下の空気が止まった。


 ギルベルトの視線が紙へ落ちる。そこには王都へ流れ込む光脈の流量と、眠り街の灯が消えた日付が、正確に重ねられていた。


「測図官ごときが、商会の業務に口を出すのか」


「業務ではなく、街の安全の話です」


 レオンは一歩も退かなかった。


 リセラは箱の封蝋を見つめる。赤い蝋の中央には、彼女自身の印が押されている。誰かに許されるためではなく、自分が確かめたものを、自分の責任で差し出すための印だ。


「この記録は、明日の朝、局長立ち会いのもとで開封します」


 声は震えなかった。


「そして、王都の職人と市民が見られる場所で、光脈の実演修復を行います。暗い街を明るくする方法を、商会の奥に隠したままにはしません」


 誰かが息をのんだ。窓の外では、夕暮れの街灯が一斉にともり始めている。


 その光の下で、ギルベルトは初めて言葉を失った。


 リセラは隣のレオンを見上げた。彼は頷いただけだったが、その目には、眠り街で見たのと同じ信頼があった。


 明日、門をひらく。


 王都の人々の前で、針を持つ。


 母から受け継いだ技術を、誰かの所有物ではなく、自分の仕事として示すために。


 そして今度は、消えた灯りの数を、誰にも隠させないために。

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