第7話 英雄の後始末
フレイムベルグと無銘の剣が激突した。
赤い炎と、淡い風。
二つの力がぶつかり合い、焼けた街道へ熱風が吹き荒れる。
アルトは右足を後ろへ滑らせた。
グレンの剣は重い。
純粋な腕力だけではない。
フレイムベルグに蓄えられた精霊力が、一撃ごとに刀身へ流れ込んでいる。
受け止め続ければ、無銘の剣の方が先に耐えられなくなる。
「退け!」
グレンが剣を押し込む。
炎が刀身を伝い、アルトの右肩へ迫った。
アルトは力を抜き、剣を斜めへ傾ける。
正面から受けるのではなく、横へ流す。
フレイムベルグの切っ先が街道へ落ちた。
地面が爆ぜる。
赤い亀裂が走り、土の中から炎が噴き上がった。
アルトはその熱を避けながら、グレンの懐へ入る。
無銘の剣を返し、胴へ打ち込む。
グレンは柄で受けた。
鈍い金属音。
二人は同時に距離を取る。
「やはり、その剣ではフレイムベルグに届かない」
グレンが言った。
赤い刀身を包む炎は、先ほどよりも強くなっている。
「剣の性能だけで決まるなら、苦労はしない」
アルトは息を整えながら答えた。
「強がりを」
「そう聞こえたか?」
無銘の剣には、すでに細い亀裂が入っていた。
フィオナが森の大樹と古い鉄剣から作り直した剣。
周囲の精霊たちへ呼びかけ、その力を借りることができる。
だが、フレイムベルグのように、膨大な精霊力を内部へ蓄えているわけではない。
長く打ち合えば不利になる。
アルトは周囲へ意識を伸ばした。
焼け残った麦畑。
街道脇の枯れた草。
石造りの倉庫。
その屋根の隙間に、フレイムベルグの炎を恐れて身を潜める、小さな精霊の気配がある。
無理に呼び寄せることはできない。
力を貸すかどうかは、彼らが決めることだ。
「少しだけ、頼む」
アルトが呼びかける。
左手首の契約印が淡く光った。
フィオナが背後で両手を広げる。
街道を横切った風が、わずかに流れを変えた。
目には見えないほど小さな精霊たちが、無銘の剣へ集まってくる。
薄い風の膜が刀身を包んだ。
「また精霊の力か」
グレンの目が細くなる。
「フレイムベルグと同じだと思うな」
フィオナが答えた。
「私たちは、力を奪っていない」
「結果は同じだ。力を使い、敵を倒す」
「同じではないわ」
フィオナの声は静かだった。
「あなたの剣は、応じる意思のない精霊からも力を吸い上げる」
「聖剣へ力を与えるために存在するのではないのか」
フィオナの表情が冷えた。
「誰からそう教わったの?」
「帝国の封印記録に、そう記されていた」
「人間が、自分たちに都合よく残した記録でしょう」
「剣が帝国を救うなら、それで構わない」
「精霊がどれだけ失われても?」
「帝国の民が生きるために必要な力だ」
グレンが剣を振り上げる。
「ならば、使わない理由はない!」
炎が膨れ上がった。
グレンの背後で、帝国兵たちが後退する。
先ほど味方まで巻き込みかけたことを警戒しているのだろう。
それでもグレンは止まらない。
フレイムベルグを振り下ろす。
炎の斬撃が街道を走った。
「リナ、下がれ!」
アルトは叫び、無銘の剣を横へ振るう。
風の刃が炎へぶつかった。
正面から消すことはできない。
風を斜めに当て、炎の進路をそらす。
赤い奔流が街道の脇へ曲がった。
焼け残っていた麦畑が、一瞬で炎に包まれる。
「また……」
リナの声が震えた。
フェルナを焼いたのと同じ炎。
弓を握る指へ力が入る。
矢先がグレンへ向いた。
それでも彼女は放たなかった。
アルトとの約束を守り、その背後に踏みとどまっている。
グレンが再び踏み込む。
アルトも前へ出た。
炎と風がぶつかる。
一撃。
二撃。
三撃。
フレイムベルグの熱が、無銘の剣を覆う風の膜を削っていく。
アルトの左腕に巻かれた包帯が焦げ始めた。
「アルト!」
フィオナが叫ぶ。
「分かってる」
「分かっている人の動きではないわ!」
アルトはグレンの一撃を受け流し、剣の腹で手首を打った。
グレンの握りが一瞬緩む。
フレイムベルグが大きく揺れた。
今なら奪える。
アルトは痛む左腕を伸ばした。
包帯の下で火傷が引きつる。
構わず、フレイムベルグの柄をつかもうとする。
だが、触れる直前。
グレンの膝が腹へ入った。
息が詰まる。
アルトの身体が後方へ飛ばされた。
地面へ背中を打ちつける。
「アルト!」
リナが駆け寄ろうとする。
「来るな!」
アルトは倒れたまま叫んだ。
グレンがフレイムベルグを振り上げる。
炎が刀身へ集まっていく。
アルトは右手で無銘の剣を握り直した。
正面からは受けない。
踏み込んで懐へ入り、剣を振り切る前に腕を止める。
アルトが身体を起こした、そのときだった。
「将軍!」
街道の北側から、一騎の伝令が駆けてくる。
馬は口から泡を吹き、騎手の外套は泥で汚れていた。
「帝都より緊急命令です!」
「今ではない!」
グレンが怒鳴る。
「皇帝陛下からの、最優先命令です!」
その言葉に、グレンの動きが止まった。
フレイムベルグの炎は消えない。
だが、剣を振り下ろさず、伝令へ顔を向ける。
「内容は」
伝令は馬から飛び降り、片膝をついた。
「フェルナ北部に残る抵抗拠点を、直ちに焼き払えとの命令です」
街道の空気が凍った。
リナの顔から血の気が引く。
「抵抗拠点……?」
伝令は続ける。
「ルミナス軍が、フェルナ北部の町を中継地点として利用しようとしています。陛下は、フレイムベルグで町ごと焼却し、敵軍の進路を炎で断つよう命じられました」
「町には民間人がいる」
グレンの声が低くなる。
「避難していない住民も多数いると報告されています」
「なら、先に避難させろ」
「時間がありません」
伝令は顔を上げなかった。
「ルミナス軍の先遣隊が接近しています。町が敵の手へ渡れば、北部の集積所と帝国領への街道が脅かされます」
リナが一歩前へ出た。
「その町って、どこ?」
伝令は答えない。
グレンが代わりに言った。
「ノーゼンだ」
リナの表情が変わる。
「まだ人が残ってる」
「知っているのか?」
アルトが立ち上がりながら尋ねた。
「フェルナ北部で一番大きな町」
リナは答える。
「北へ抜ける街道と、ルミナスへ続く西の道が交わってる。だから軍も難民も集まってるの」
「兵士だけではないのか」
「周りの村から逃げてきた人もいる。怪我人も、子どもも」
アルトはグレンを見る。
「命令には従わないな?」
グレンは答えなかった。
フレイムベルグの炎が小さく揺れている。
伝令が顔を上げる。
「将軍。陛下は、町の被害よりもルミナス軍の進軍阻止を優先せよと」
「聞こえている」
「直ちに向かわなければ、先遣隊が町へ入ります」
「聞こえていると言った!」
グレンの声が響いた。
周囲の帝国兵が息をのむ。
フレイムベルグから熱が漏れ、足元の土が赤くなった。
アルトは黙ってグレンを見た。
先ほどまで迷いなく剣を振るっていた男が、初めて動きを止めている。
「民間人ごと焼くのか?」
アルトが尋ねた。
「町を敵へ渡せば、帝国領への道が開く」
「答えになっていない」
「敵軍を短期間で退ければ、戦争は早く終わる」
「町の人間を焼いて?」
「被害を抑えるためだ」
「誰の被害を?」
グレンの目がアルトへ向いた。
「帝国の民だ」
「フェルナの民は数に入らないのか」
「私は帝国軍人だ」
「だから、他国の民間人を焼いていいと?」
「今ここでルミナス軍を止めなければ、帝国の村が襲われる!」
グレンの声が荒くなる。
「敵の進軍を許せば、奪った食料も、守った村も、すべて失う!」
「それは、町を焼く理由にはならない」
「なら、どうしろと言う!」
フレイムベルグが燃え上がった。
「力を失えば、帝国の民はまた飢える! 敵を止めなければ、今度は我々が奪われる!」
「だから先に奪うのか?」
「守るためだ!」
「同じことだ」
アルトの言葉に、グレンの顔が歪んだ。
「同じではない」
「奪われるのが怖いから、先に相手から奪う」
「黙れ」
「それを続ければ、終わらない」
「黙れ!」
炎が大きく膨らむ。
だが、グレンはアルトへ斬りかからなかった。
剣を握ったまま、苦しげに息をしている。
伝令が再び口を開く。
「将軍。命令への返答を」
沈黙が落ちた。
遠くで、麦畑が燃える音だけが聞こえる。
グレンは目を閉じた。
アルトには、その表情の意味が分かった。
迷っている。
町に民間人がいることを知っている。
焼けば何が起きるのかも理解している。
それでも、帝国の民を守るという言葉が、グレンを前へ押している。
かつての自分と同じだった。
正しい選択などないと言い聞かせ。
より多くを救うためだと理由をつけ。
目の前で失われる命を、必要な犠牲と呼ぶ。
百年前。
アルトたちも、何度も同じ判断をした。
戦線を維持するため、救援を諦めた町があった。
魔王を追うため、戻れなかった場所もあった。
救えない者を残し、先へ進んだこともある。
その度に、他に方法はなかったと自分へ言い聞かせた。
だが、方法がなかったことと、失われた命が軽くなることは同じではない。
「命令に従う」
グレンが目を開いた。
リナの身体が強張る。
「将軍?」
副官が尋ねる。
「ノーゼンへ向かう」
グレンは剣を鞘へ納めた。
「接近するルミナス軍へ撤退を勧告する」
「陛下の命令は即時焼却です」
「一度だけ勧告する」
伝令が立ち上がる。
「拒絶された場合は?」
グレンは一瞬だけ答えをためらった。
だが、すぐに表情を消す。
「町を焼く」
「やめろ」
アルトが言った。
グレンは振り返らない。
「短期間で敵を屈服させた方が、犠牲は少ない」
「それは、あなたが信じたいだけだ」
「帝国の民を守るために必要なことだ」
「町の人間を逃がす時間を作れ」
「その間にルミナス軍が入る」
「なら、俺たちが止める」
グレンが振り返った。
「何?」
「ルミナス軍が町を利用しようとしているなら、俺たちが話す」
「敵軍がお前の言葉を聞くと思うのか?」
「聞かないかもしれない」
「なら無意味だ」
「だからといって、最初から焼くことを選ぶな」
グレンはアルトを睨んだ。
「拘束命令が出ているお前の言葉を、私が信じると思うか?」
「信じなくていい」
「なら、退け」
「退かない」
アルトは無銘の剣を下ろさない。
帝国兵たちが再び武器を構えた。
「ここで奪って、また封印するつもり?」
フィオナが静かに尋ねた。
アルトは横目で彼女を見る。
「ああ」
「百年前も、そうしたわ」
責めるような声ではなかった。
だからこそ、その言葉は深く刺さった。
グレンが馬へ向かう。
副官たちも出発の準備を始めた。
「誰にも見つからない場所へ封印するつもり?」
フィオナが重ねて尋ねる。
「今度は、誰にも解けないようにする」
「あなたがいなくなったあとも?」
アルトは答えられなかった。
「百年あれば、どんな封印も調べられる」
フィオナはフレイムベルグを見る。
「グレンから奪っても、帝国は次の使い手を探すわ」
その言葉を否定できなかった。
グレンが死んでも。
皇帝が代わっても。
帝国が滅びても。
フレイムベルグそのものが残れば、誰かがまた手を伸ばす。
「将軍」
副官がグレンへ近づく。
「アルトたちの拘束は、どうしますか?」
グレンは三人を見た。
「ノーゼンでの進軍阻止が最優先だ」
「ですが、陛下の命令は――」
「奴らも町へ向かう」
グレンは馬へ乗った。
「現地でまとめて拘束する」
アルトへ視線を向ける。
「好きにしろ。どのみち、ノーゼンでお前たちを拘束する」
「町を焼かせるつもりはない」
「止められるものなら止めてみろ」
グレンは手綱を引く。
「そこで、どちらが正しいか決める」
「正しさを決めるために戦うつもりはない」
「ならば何のために戦う?」
アルトはノーゼンの方角を見る。
「町を焼かせないためだ」
グレンは答えず、馬を走らせた。
帝国兵たちが続く。
蹄の音が街道へ響き、北へ遠ざかっていく。
◇
残された麦畑では、炎が広がり続けていた。
フィオナが両手を伸ばす。
風の流れが変わり、炎をすでに焼けた地面の方へ押し戻した。
赤い火が黒い土の上で小さくなっていく。
「これ以上は広がらないわ」
「助かった」
アルトは無銘の剣を収めた。
「急がないと」
リナが言った。
「ああ」
「でも、街道を走っても追いつけない」
騎馬隊はすでに見えなくなっている。
アルトが北へ続く道を見る。
「別の道はないのか?」
「ある」
リナは街道の東側を指さした。
焼け残った畑の向こうに、草へ覆われた細い道が続いている。
「昔使われていた農道。馬車が通れなくなってから、ほとんど使われてないけど」
「ノーゼンまで続いているの?」
フィオナが尋ねる。
「南門の近くまで抜けられる」
「馬は?」
「道幅が狭いし、途中に崩れた水路がある。馬じゃ通れない」
「徒歩なら街道より早い?」
「かなり短い。でも、走らないと間に合わない」
フィオナが三人の足元へ風を集めた。
衣服の裾が、下から吹き上げる風に揺れる。
「移動を助けるわ」
「そんなこともできるの?」
「身体を運ぶほど強い風は出せない。でも、走る足を少し軽くすることはできる」
「どれくらい続けられる?」
「ノーゼンまで持たせるつもりよ」
アルトがフィオナを見る。
「無理はするな」
「あなたにだけは言われたくないわ」
「それはそうだな」
「納得しないで」
リナが農道へ足を踏み入れる。
「行こう。話してる時間もない」
「ああ」
アルトも続こうとした。
「待って」
フィオナが呼び止める。
「さっきの話が終わっていないわ」
アルトは足を止めた。
遠くでは、グレンたちの馬が街道を進んでいる。
ここで長く話す時間はない。
それでも、決めなければならないことだった。
「剣に罪はない」
アルトは言った。
「そうね」
「使う人間の問題だ」
「そうとも言えるわ」
「なら、人間が正しく使えば――」
「百年前のあなたも、そう考えて残したのでしょう?」
アルトは黙った。
正しく使える者が現れるかもしれない。
危機のときだけ使えばいい。
力そのものに罪はない。
百年前。
三本の聖剣を封印するとき、仲間たちと何度も話し合った。
破壊すべきだという意見もあった。
だが、魔王を倒した直後の世界は荒れていた。
各地には強大な魔物が残り、精霊の循環も乱れていた。
再び大きな脅威が現れたとき、聖剣が必要になるかもしれない。
そう判断した。
間違いではなかった。
あの時点では。
残すことには理由があった。
封印することにも意味があった。
だが、百年後。
フレイムベルグは町を焼いている。
アクアレギアとエアリアルも、それぞれ別の国が保有している。
三本すべてが、魔王ではなく人間へ向けられている。
過去の判断が合理的だったとしても。
今起きている結果から、目をそらすことはできない。
「また封印するの?」
リナが尋ねた。
その声には、怒りだけではなく不安が混じっていた。
「いつかまた、誰かが見つけるかもしれないのに?」
「……そうだな」
「次に使う人が、グレンよりひどくない保証はある?」
「ない」
「じゃあ、どうするの?」
アルトは無銘の剣を見る。
鈍い刀身。
その奥に、細い亀裂が走っている。
フレイムベルグと打ち合っただけで、この剣は傷ついた。
三本すべてを相手にすれば、最後までもたないかもしれない。
「壊す方法はあるか?」
フィオナは少し考えてから答える。
「聖剣の核を露出させられれば、可能性はあるわ」
「周囲への被害は?」
「内部には、百年間吸い上げられた精霊力が蓄えられている」
フィオナは遠ざかったフレイムベルグの気配を追うように、北を見た。
「壊し方を誤れば、一つの町では済まないかもしれない」
「なら、被害を出さずに壊す方法を探す」
「簡単ではないわよ」
「分かってる」
「三本とも性質が違う。一つ壊せても、次に同じ方法が使えるとは限らない」
「それでもやる」
フィオナはしばらくアルトを見つめた。
やがて、小さく息を吐く。
「そう言うと思ったわ」
破壊した際に、蓄えられた精霊力がどうなるのか。
周囲へどれほどの影響が出るのか。
無銘の剣が、その力に耐えられるのか。
何も分からない。
それでも。
奪い、隠し、未来へ押しつけることだけは、もうできなかった。
「百年前、俺たちは聖剣を残した」
アルトは言った。
「必要になる日が来ると思った」
「世界を守る力を、失うべきではないと考えた」
「その判断が全部間違っていたとは思わない」
アルトは北を見た。
その先には、百年前に何度も握ったフレイムベルグがある。
魔王軍と戦い。
仲間を守り。
世界を救った力。
思い出の多くが、あの炎とともにある。
壊したくない。
そう思う気持ちは、確かに残っていた。
それでも、思い出を理由に未来へ残すことはできない。
「百年前、残すことを選んだのは俺だ」
アルトは言った。
「なら、終わらせるのも俺の役目だ」
「終わらせるって?」
リナが尋ねる。
「フレイムベルグを破壊する」
アルトは腰の無銘の剣へ手を置いた。
「その剣だけじゃない」
「アクアレギアも、エアリアルも」
三本の聖剣。
かつて世界を救った力。
今は三つの国が所有し、人間同士の戦争へ使っている兵器。
「すべて破壊する」
言葉にした瞬間、胸の奥へ決意が沈んだ。
口にしてしまえば、後戻りはできない。
かつての仲間たちが聞けば、反対するかもしれない。
聖剣を作った者たちなら、愚かだと責めるかもしれない。
それでも構わなかった。
「それが、英雄の後始末?」
リナが尋ねた。
「ああ」
アルトは答えた。
「俺が残したものだからな」
「一人で背負うつもり?」
「そのつもりだった」
「だった?」
「今は三人だからな」
リナが少しだけ目を見開いた。
フィオナは呆れたように息を吐く。
「勝手に私たちまで巻き込まないで」
「嫌なら残ってもいいぞ」
「あなた一人に任せる方が危険でしょう」
「じゃあ、一緒に来るのか?」
「最初からそのつもりよ」
リナも弓を背負い直した。
「私も行く」
「危険だぞ」
「今さら?」
「そうだな」
「また納得した」
三人の足元を風が包む。
身体がわずかに軽くなった。
「行くわよ」
フィオナが言った。
「長くは続けられないから、止まらないで」
「分かった」
リナが細い農道を走り始める。
アルトとフィオナも続いた。
風に押され、一歩ごとの距離が伸びる。
街道を走る騎馬隊よりも道は険しい。
崩れた柵。
草に隠れた石。
乾いた水路。
それでも、進む距離は短い。
「間に合うの?」
走りながら、フィオナが尋ねる。
「間に合わせる」
リナが答えた。
アルトは前を向いた。
目指す先では、まだ多くの人々が、自分たちの町が焼かれようとしていることを知らなかった。




