第4話 炎将グレン
熱風が、野営地をのみ込んだ。
フレイムベルグから噴き上がった炎が、夕暮れの空を赤く染める。
グレンは、まだ剣を振り下ろしてすらいない。
それにもかかわらず、周囲の草は一斉に黒く焦げ、倒れている兵士たちの鎧が熱を帯び始めた。
「負傷者を下げろ!」
アルトは叫びながら、無銘の剣を横へ構えた。
グレンの背後では、ガルディア兵が槍をそろえている。
野営地へ戻り始めていたルミナス兵も、敵の本隊を前にして足を止めた。
両軍の間に取り残されているのは、負傷者と補助兵。
戦える者よりも、逃げられない者の方が多い。
「フィオナ」
「分かっているわ」
フィオナが両手を広げた。
アルトの左手首に刻まれた契約印が、淡く輝く。
アルトはそのつながりをたどり、戦場の周囲へ意識を伸ばした。
火に怯え、姿を隠している小さな精霊たちの気配がある。
土の中に残る雨水。
負傷者へ配られるはずだった革袋の水。
ぬかるみへ染み込んだ、わずかな水分。
どれもごく微かなものだ。
フレイムベルグの炎を正面から消し去れるほどの力はない。
それでも、アルトは呼びかけた。
「少しだけ、力を貸してくれ」
命令ではない。
力を奪うこともしない。
応じるかどうかは、精霊たち自身が決める。
足元の泥が、小さく震えた。
革袋の表面から、淡い青色の光が浮かび上がる。
いくつもの小さな光が無銘の剣へ集まり、鈍い銀色の刃を薄い水の膜が覆った。
「その程度の力で、フレイムベルグを防ぐつもりか」
グレンが低く言った。
「防げるかどうか、試してみる」
「百年前の勇者を名乗りながら、そのような粗末な剣を握るとは」
「俺には、これで十分だ」
「偽物が」
グレンがフレイムベルグを振り下ろした。
炎が地面を走る。
赤い奔流が大地を削り、一直線にアルトへ迫った。
アルトは無銘の剣を斜めに構える。
「正面から受けないで!」
フィオナの声が飛んだ。
「分かってる!」
炎と水が衝突した。
凄まじい蒸気が爆発する。
アルトは刃を傾け、炎の流れを横へ受け流した。
押し返そうとはしない。
わずかな水の力で巨大な炎へ逆らえば、無銘の剣も、仮初めの身体も耐えられない。
炎の向きだけを変える。
赤い奔流がアルトの横を通り過ぎ、誰もいない焼け跡へ突き刺さった。
地面が爆ぜる。
土砂と火の粉が、空へ舞い上がった。
熱が外套の端を焦がす。
刃を覆っていた水の膜は、一度の衝突でほとんど失われた。
アルトの両腕へ、重い痺れが走る。
足元が揺らいだ。
「アルト!」
「まだ動ける」
左手首の契約印が明るく輝く。
フィオナから伝わる力によって、揺らいだ足元の感覚が戻ってきた。
だが、フィオナ自身も消耗している。
長くは続かない。
グレンは、わずかに目を細めた。
「今の炎を受け流したか」
「昔、何度も使った剣だからな」
「貴様が?」
「その剣は、力を込めてから炎が放たれるまで、わずかに核が沈む」
アルトはフレイムベルグを見つめた。
刀身の中央で脈打つ、赤い核。
炎を放った直後、その輝きがわずかに弱まっている。
「正面へ放つときは、使い手の右側へ力が偏る。今の振り方なら、左へ受け流されやすい」
グレンの表情から、わずかに余裕が消えた。
「なぜ、それを知っている」
「百年前、その癖を直すのに苦労したからだ」
「黙れ」
フレイムベルグの炎が膨れ上がった。
グレンの声へ反応するように、刀身から赤黒い火が噴き出す。
アルトは眉を寄せた。
剣の形は変わっていない。
刀身の長さも。
柄に刻まれた精霊文字も。
核の位置も、百年前のままだ。
それなのに、炎だけが違っていた。
かつてアルトが使っていた頃の炎は、澄んだ赤色だった。
熱く、激しく、それでも力の流れは整っていた。
今の炎は濁っている。
赤の中へ、黒いものが混じっていた。
フレイムベルグは、グレンの怒りへ反応している。
今の使い手の感情と、戦場に満ちる憎しみに呼応し、炎を強めているように見えた。
「グレン」
「将軍を呼び捨てにするな!」
ガルディア兵の一人が怒鳴った。
グレンは左手を上げ、兵士を黙らせる。
「何だ」
「その剣を使うたび、怒りが強くなっていないか」
グレンの目が鋭くなる。
「何を言っている」
「フレイムベルグは、あんたの怒りへ反応している」
「だからどうした」
「今のあんたは剣を使っているんじゃない。剣にも使われている」
グレンが地面を蹴った。
一瞬で距離が縮まる。
フレイムベルグが横薙ぎに振るわれた。
アルトは無銘の剣で受ける。
金属同士がぶつかり、激しい火花が散った。
腕へ衝撃が突き抜ける。
力では、グレンが上だった。
鍛え上げられた大柄な身体から放たれる剣撃へ、聖剣の力が重なっている。
アルトの足が、泥の上を滑った。
「剣に使われているだと?」
グレンがさらに力を込める。
「この力によって、帝国は救われた!」
「国境の町を焼くことが?」
「敵を早く屈服させれば、戦争は終わる!」
「焼かれた人間にとっては、そこで全部終わりだ」
「それが戦争だ!」
炎が膨らんだ。
無銘の剣を覆っていた水の膜が、完全に蒸発する。
刀身が赤く熱を持った。
「アルト、離れて!」
フィオナの声に従い、アルトは力を抜いた。
押し合うのをやめ、身体を横へ滑らせる。
グレンの剣が空を切った。
アルトは、その懐へ踏み込む。
無銘の剣を返し、フレイムベルグの柄を狙った。
グレンが腕を引く。
切っ先が籠手の表面を擦り、浅い傷を刻んだ。
「浅いか」
「それほど消耗しながら、私へ届くとはな」
グレンが距離を取り直す。
アルトも追わなかった。
荒くなりかけた呼吸を整える。
身体が重い。
蘇ってから、まだ半日も経っていない。
頭と記憶は、百年前の動きを覚えている。
だが、仮初めの身体は、その動きについてこられない。
剣を受けるたび、腕の感覚が薄れていく。
無銘の剣にも、細かな傷が増えていた。
それに対して、フレイムベルグには傷一つない。
「フィオナ」
「何?」
「水の精霊たちは?」
「これ以上は危険よ。周囲の水が少なすぎる」
「そうか」
無理に呼べば、残っている精霊たちまで消耗させる。
それだけはできない。
アルトは無銘の剣を構え直した。
「もう降伏しろ」
グレンが言う。
「貴様が何者であれ、私の兵を殺さなかったことだけは認めよう。今なら捕虜として扱う」
「それは助かる」
「ならば剣を捨てろ」
「その前に、フレイムベルグを返してくれ」
「話にならんな」
「こっちも同じことを思っていた」
グレンの背後で、ガルディア兵たちが武器を構える。
アルトの後方では、戻ってきたルミナス兵が負傷者を避難させていた。
リナも短弓を肩へかけ、先ほど助けた兵士を支えている。
アルトと目が合った。
「早くそいつを倒して!」
リナが叫ぶ。
「そいつがフェルナを焼いた!」
「分かっている」
「だったら!」
「まずは、剣を手放させる」
「話して手放すような人に見える?」
答える前に、グレンが地面を蹴った。
今度の剣撃は速い。
先ほどまでより、明らかに勢いが増している。
フレイムベルグの炎がグレンの怒りへ呼応し、剣撃の速度と勢いをさらに増していた。
アルトは一撃目をかわした。
二撃目を受け流す。
三撃目が外套を裂いた。
熱い刃が肩をかすめる。
痛みとともに、焦げた臭いが上がった。
グレンは止まらない。
振り下ろし。
横薙ぎ。
突き。
軍人として鍛えられた、無駄の少ない剣技。
決して聖剣の力だけに頼っているわけではない。
それでも、アルトには違和感があった。
グレンの踏み込みと、フレイムベルグの炎が重なっていない。
剣を振るうたび、わずかに炎の出力が遅れる。
力を抑えるべき場面で炎が膨らみ、最大の力が必要な瞬間には核が不規則に揺れている。
完全には制御できていない。
いや。
フレイムベルグの方が、グレンの怒りへ勝手に反応している。
「右へ避けて!」
フィオナの声が飛ぶ。
アルトは右へ跳んだ。
直後、立っていた場所へ炎の柱が上がる。
グレン自身も一瞬驚いたように、フレイムベルグへ目を向けた。
「今の炎は、あんたが出したのか?」
「当然だ」
「違うだろ」
アルトは見逃さなかった。
「今、あんたも予想していなかった」
「黙れ!」
グレンが声を荒らげた瞬間、フレイムベルグが勝手に炎を噴き上げた。
赤い火が兵士たちの目前を横切り、隊列の端にいた兵士の外套へ燃え移る。
悲鳴が上がった。
仲間が慌てて火を消す。
グレンの顔に、一瞬だけ動揺が浮かぶ。
だが、すぐにそれを押し殺した。
「それでも制御できていると言うのか」
「この程度の力も制御できずに、帝国を守れるものか」
「今、味方を焼きかけた」
「黙れ!」
グレンがフレイムベルグを両手で握った。
核の光が、急激に強くなる。
アルトは息を止めた。
大きすぎる。
目の前の敵一人へ向ける出力ではない。
「全員、伏せろ!」
アルトが叫ぶ。
フレイムベルグが振り下ろされた。
巨大な炎の斬撃が、大地を走る。
アルトは無銘の剣を構えた。
水は、もうほとんど残っていない。
正面からは防げない。
避ければ、後ろにいる負傷者たちへ直撃する。
「フィオナ!」
「風を集めるわ!」
契約印が強く輝いた。
フィオナが両手を突き出す。
戦場を流れていた風へ、小さな光が宿る。
空気の中へ隠れていた精霊たちが、わずかな力を貸してくれた。
無銘の剣を、淡い風が包む。
アルトは炎へ向かって踏み込んだ。
刃を下から斜めに振り上げる。
風が、炎の底へ入り込んだ。
炎を消すのではない。
流れを上へ押し上げる。
「上がれ!」
炎の斬撃が、アルトの目前で割れた。
赤い奔流が二つに分かれ、空へ巻き上がる。
凄まじい熱が、身体の両側を通り抜けた。
アルトの外套が燃える。
左腕の皮膚へ、赤い火傷が走った。
腕の感覚が、さらに薄れていく。
「アルト!」
「大丈夫だ!」
大丈夫ではない。
左腕は、ほとんど言うことを聞かない。
契約印の光も、不規則に揺れている。
それでも、炎は後方の負傷者たちへ届かなかった。
空へ押し上げられた炎が、赤い雲となって広がる。
グレンが目を見開いた。
「今の動き……」
アルトは答えず、地面を蹴った。
最大出力を放った直後。
フレイムベルグの核が、一時的に弱まっている。
今なら、剣を奪える。
グレンとの距離が縮まる。
十歩。
五歩。
無銘の剣を握り直す。
グレンも反応した。
フレイムベルグを引き戻し、防御へ回そうとする。
だが、炎の出力は安定していない。
核の輝きも、まだ戻っていない。
届く。
アルトが確信した、そのときだった。
「火事だ!」
後方から叫び声が上がった。
アルトの視線が動く。
正面で受け止めていれば、炎は負傷者たちをのみ込んでいた。
上へ逃がす以外に、選べる道はなかった。
それでも、空へ押し上げた炎の一部が上空で砕け、巨大な火の塊となって東へ流されている。
戦火を逃れてきた人々が、さらに東へ向かう途中で一時的に身を寄せている小さな宿場町。
その外れにある木造の家へ、火の塊が落ちた。
屋根が、一瞬で炎に包まれる。
乾いた風が吹き、火は隣の建物へ燃え移った。
「中に人がいる!」
「子どもが出ていない!」
避難民たちの悲鳴が聞こえる。
アルトの足が止まった。
グレンは、目の前にいる。
あと一歩踏み込めば、フレイムベルグを奪えるかもしれない。
ここで剣を奪えば、これ以上炎は増えない。
だが、今燃えている家の中にいる人間は待ってくれない。
「行って!」
フィオナが叫んだ。
「でも、あいつが――」
リナの声が重なる。
アルトは無銘の剣を下げた。
グレンへ背を向ける。
「何をしている!」
リナが叫ぶ。
「今なら、あいつを討てるのに!」
アルトは燃える町へ走り出した。
「今は、燃えている人を助ける方が先だ!」
「逃げるのか!」
グレンの声が追ってくる。
アルトは振り返らない。
「そう見えるなら、それでいい!」
フィオナがアルトを追う。
「リナ、負傷者を安全な場所へ!」
「私は――」
「早く!」
リナはグレンと燃える町を交互に見た。
手にした短弓へ力が入る。
グレンを殺したい。
今すぐ矢を放ちたい。
それでも、肩を貸している兵士をここで放せば、この人は死ぬ。
リナは短弓から手を離し、負傷兵の身体を支え直した。
「……分かった!」
歯を食いしばり、負傷兵を連れて後退を始める。
左腕をかばいながら、アルトは町へ続く道を走った。
「走るなと言ったでしょう!」
隣を進むフィオナが言う。
「今は歩いてる場合じゃない!」
「身体がもたなければ、誰も助けられないわ!」
「もたせる!」
「百年前から何も変わっていない!」
燃える家が近づく。
屋根の一部が崩れ、火の粉が舞った。
入口は、炎に塞がれている。
窓の奥から、子どもの泣き声が聞こえた。
「水は?」
「ほとんど残っていない」
「風は?」
「強く使えば、炎が広がる」
「なら、入口だけ開ける」
アルトは無銘の剣を抜いた。
周囲の風へ呼びかける。
「中の火を外へ出さない。炎を上へ押し上げてくれ」
淡い光が、刃へ集まった。
今度は戦うためではない。
閉ざされた道を開くため。
小さな風の精霊たちが応じる。
アルトは、燃える入口へ剣を振るった。
風が炎を左右へ分ける。
わずかな道が開いた。
「長くはもたないわ!」
「十分だ!」
アルトは炎の中へ飛び込んだ。
煙が視界を奪う。
熱で喉が焼ける。
「どこだ!」
「こっち……!」
弱い声。
奥の部屋。
倒れた棚の向こうに、小さな少年がうずくまっていた。
その隣には、意識を失った女性が倒れている。
感覚の薄い左腕は使えない。
アルトは右肩と背中を棚へ押しつけ、両脚へ力を込めた。
重い棚が、わずかに持ち上がる。
「先に外へ行け!」
「お母さんが……」
「俺が連れていく!」
少年が炎の隙間へ向かって走る。
入口では、フィオナが風の流れを維持していた。
少年が外へ走り出した、その瞬間。
天井から燃えた梁が落ちてきた。
アルトは右手の無銘の剣を掲げる。
刃が梁を受けた。
衝撃が、右腕から全身へ走る。
刃の根元に、髪の毛ほどの細い亀裂が一本走った。
「まだ壊れるなよ」
アルトは梁を押しのける。
無銘の剣を鞘へ戻し、倒れている女性のそばへ膝をついた。
女性の腕を右肩へ回す。
左手は添えることしかできない。
右腕と背中を使い、女性を担ぎ上げた。
風の道が、狭くなっている。
「アルト、急いで!」
最後の一歩を踏み出す。
外へ出た直後、背後で屋根が崩れ落ちた。
炎と煙が、空へ噴き上がる。
アルトは女性を地面へ寝かせた。
フィオナが胸元へ手を当てる。
「息はある。煙を吸っているけれど、まだ助かるわ」
「そうか」
安堵した途端、アルトの膝が落ちた。
無銘の剣を地面へ突き立て、倒れるのをこらえる。
「アルト」
「少し休めば動ける」
「その台詞は信用しないことにしたわ」
アルトの目の前で、フィオナの輪郭が一瞬だけ揺れた。
森から離れた影響か。
それとも、力を使いすぎたためか。
今のアルトには判断できなかった。
すぐに元へ戻ったが、左手首にある契約印の光も、先ほどより弱くなっている。
フィオナも膝をついた。
彼女の顔色も悪い。
遠くでは、避難民とルミナス兵が消火を始めている。
アルトは振り返った。
戦場の向こうに、グレンの姿がある。
追ってきてはいない。
フレイムベルグを下げたまま、こちらを見つめていた。
◇
グレンは、燃える町へ駆けていった青年の背中を見ていた。
「将軍、追撃の命令を」
副官が問いかける。
グレンは、すぐには答えなかった。
追えば討てる。
青年は明らかに消耗している。
身体は傷つき、剣にも亀裂が入っていた。
今なら、確実に排除できる。
だが、フレイムベルグの出力はまだ安定していない。
負傷した部下を残し、市街地へ踏み込めば、次は敵だけでなく住民や味方まで焼く可能性がある。
ルミナス軍も、後方で隊列を整え始めていた。
それでも、普段のグレンなら追撃を命じていただろう。
足を止めた本当の理由は、別にあった。
視線を、倒れている部下たちへ向ける。
誰も斬られていない。
武器は壊され、意識を失っている者はいる。
だが、致命傷を負った者はいなかった。
馬から落ちて頭を打った兵士には、最低限の手当てまで施されている。
「勇者の名を騙る者が、戦場でそのような情けをかけるものか」
そう考えながら、グレンは幼い頃に聞いた、別の伝承を思い出していた。
百年前の勇者アルト。
三本の聖剣を操り、魔王を討ち果たした英雄。
圧倒的な力で敵を倒した、最強の戦士。
幼い頃から聞かされてきた伝説では、そう語られていた。
だが、別の話もある。
勇者は、敵味方を問わず負傷者を助けた。
勝利を目前にしても、民間人が危険にさらされれば戦場を離れた。
戦いを終わらせることよりも、目の前の命を優先した。
グレンは、勇者が敵兵を助けたという伝承を、弱者が作った美談にすぎないと切り捨ててきた。
強者が敵を生かせば、戦争は長引く。
一人を救うために勝機を捨てれば、さらに多くの者が死ぬ。
そんな甘い戦い方で、魔王を倒せるはずがない。
それなのに。
先ほどの青年は、フレイムベルグの癖も、核の動きも知っていた。
そして、自分を討てる機会を捨てて、燃える家へ走った。
「将軍?」
副官が、もう一度呼ぶ。
グレンはフレイムベルグを見下ろした。
赤い核が、不規則に脈打っている。
先ほど、自分の意思に反して炎が膨れ上がった。
味方の兵士まで焼きかけた。
だが、それを認めることはできない。
自分がこの剣を制御できていないなどと。
「負傷者を回収しろ」
グレンは命じた。
「追撃は?」
「ルミナス軍も態勢を整えつつある。ここで市街地まで追えば、こちらの損害も増える」
「しかし、アルトを名乗る者を放置すれば――」
「偽物だ」
即座に言い切る。
だが、その言葉は自分へ言い聞かせるためのものだった。
「勇者は百年前に死んだ」
「では、次に見つけた際は?」
グレンは、燃える町を見る。
青年が子どもと女性を救い出し、地面へ膝をついている。
隣では、銀白色の髪をした少女が彼を支えていた。
戦い方。
聖剣への理解。
敵を殺さない選択。
そして、勝利より住民の命を優先した背中。
グレンはフレイムベルグを鞘へ納めた。
「次は、私が確かめる」
何を確かめるのか。
副官は尋ねなかった。
グレン自身にも、まだ分からなかった。




